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悪神の嗤い

 真っ暗な世界に転移しました。しかし、神様達に光なんて必要ないのでしょう。魔力の量や動きで、周囲の様子なんてよく分かるでしょうから。


 いきなりの衝撃。いや、風か。自分の長い髪が乱れるのを押さえながら、辺りの魔力を読む。

 2度目の強風に襲われて、状況を把握します。


「でっかい竜かな」


 違います、フィンレーさん。私達を纏めて切り裂こうとする爪は竜のように立派ですが、その腕には毛が生えております。恐らくはドラゴンくらいの大きさの猫、若しくは虎。


 なるほど。

 転移魔法の弱点は魔力変動で転移先が事前に察知されることです。そこに先回りされて、待ち構えられるのです。しかし、ダンの転移魔法は先に防御結界を転移させて安全を確保していますね。

 フィンレーさんの転移魔法も鮮やかでしたが、こんな工夫はされていませんでした。


「メリナさん」


 ティナがその汚い口で私に話し掛ける。


「どうしましたか?」


 それでも、私は丁寧に受け答えをします。


「踏んでるわ、私の足」


「あっ、すみません。わざとです」


 気付かれてしまったので、グリグリと力を込めて踏みつけてやります。


「せこい。そして、陰湿」


「アンジェもそう思うでしょ?」


「せこくない! お前が頭脳明晰な私をバカにした罰です!」


 と言いつつ、更に力を込める。足の甲がグチャグチャに割れて欲しいなぁ。


「まぁ、なんだ。ここはひとまず、この暴れているヤツを倒すか」


「そう、こいつは無礼」


 決して私のことではない。結界の外の獣の話です。

 こんな会話をしている最中にも、獣は両腕で私達を襲ってきます。しかし、ダンの結界は強固で全く揺るぐことはない。


「私が行くわ。少しだけストレスが溜まってるから」


「胃に穴が開いて死ねば良いのに」


「神は死なないから。貴女と違って」


「じゃあ、口から赤い水を出し続ける噴水の像になれば良いのに」


「あはは、私も並んで2人で噴水でも良いよ」


 どんな噴水ですか。フィンレーさんは像になりたがってますね。


「ふぅ、じゃあ、行くわよ」


 ティナの雰囲気が変わる。

 急に空気が冷たくなったような感じがして、気付けば彼女の姿が消える。



「暗くてよく見えないですね」


 ティナの魔力も分からなくなって、私はフィンレーさんに尋ねる。何とかしろって意味です。


「光明神ジャグヌハット様が倒されたか、他の派に引き抜かれたのかも。あの方も私と同じ修行中の身で、シルフォル様の為に1000年経つまで途切れずに照明魔法を使用し続けるお仕事だったから」


「神様なのに、まるで奴隷ですね」


「うん。私の仕事より辛かったかも」


「照らす」


 そう短く言ったアンジェが指を鳴らすと一気に周囲が明るくなる。

 眩しさに目が慣れて私は把握します。


 ここはシルフォルの宮殿の前。雲の上まで続いていた建物は無惨に破壊され、途中で瓦礫と化していました。また、誰も住んでいないとは聞きましたが、大変に綺麗だった街並みは見る影もなく踏み潰され、または焼け落ちています。


「広めに走査する」


「分かった。ティナが暴れている内に終わるか?」


「たぶん」


 アンジェとダンが簡潔な会話を交わす。サビアシースによると、この2柱の神は1000年以上も戦った過去があるとのことでしたが、何だか息は合っているように思えます。



 さて、眼前の獣は狂ったように爪を叩き下ろし続けています。こいつも恐らくは神でしょうに知能を一切感じさせません。

 なお、明るくなって初めて後方でも神同士が戦っているのが見えました。翼を生やした2匹が空中で激しくぶつかり合っています。



 ぞわっと、突然、寒気に襲われる。


「ひゃっ。フィンレーは久々に恐怖を感じたかも」


「シルフォルとかサビアシースとか四天王にも感じておられましたよ?」


「そうだった。でも、これはもっと異質なヤツ」


 でも、フィンレーさんの感覚は分かります。歯が浮き上がるみたいな、何だか凄く気持ち悪い感覚……。ダンの転移魔法の付属である紫の籠に捕らわれていなければ、私は隠れられる場所へと避難していたでしょう。


 獣の背後の空に浮かぶ無機的な微笑み。

 それは眼球のない顔で微笑む物。そんなのが見えました。


 それに気付いた瞬間、不気味な静寂が私を襲う。不可解な存在感が、背筋に寒気を走らせる。不定形に輪郭が揺れ、妖しく震えるように舞う。

 ただ顔だけなのに、深淵の恐怖を感じさせる。


 獣は本能的に後ずさりました。が、恐怖に負けるのを良しとしなかったのか、大きく吠えてから四肢を縮み込ませる。跳ねて攻撃をする気なのでしょう。


 無謀。あの物体はダメなヤツ。

 私なら逃げる。


 獣の後ろ足が伸びようとした瞬間、顔の化け物も攻める。


 輝いていない光線。なんと表現して良いのか、そんな灰色の線が何束も四方八方に放射される。

 ダンの結界のお陰で私達は無事でしたが、それが消えた後、獣は全身の毛穴から血を噴き出して倒れた。


『クフフフ、まぁだよ』


 ティナの声!


『死ねないの、辛いよね。だから、もっと辛くしてあげる』


 何度も灰色の光線が走り、獣を突き刺す。厚い毛皮どころか石造りの建物を軽々と貫く威力に、回避不可能な程の全方位攻撃。

 大きく笑った口の中は、吸い込まれそうに思うくらいに暗黒でした。


「ティナ様、ヤバ過ぎかも」


「最初から私は分かっていましたよ」


「さっすがー。メリナ様は凄いなぁ。私なんて完全に騙されてたよ」


「そう言うな。ティナの根本は良いヤツだ。趣味として苦しんでいる者を見るのを好むだけだ」


「その趣味だけで、全て帳消しじゃないですか」


「わはは! そうか?」


 この大男もズレてるんだよなぁ。


「ダン、こっちは終わった。結構、酷い」


「なら、一旦戻るか?」


「あぁ。痴れ者も拾ってしまったから」


「ティナを呼び戻すぞ」


「任せた」


「うむ」


 応えたダンが剣を持つように上段に構え、一気に振り下ろす。


「すごっ」


 強く目を瞑らないといけないくらいの風圧に対してフィンレーさんは驚いたのではなく、ダンの振り下ろしに遅れて、天まで届く火柱が顔の化け物を巻き込みながら地中に埋もれる程に倒れる。

 土煙の変わりに蒸気が立ち込め、それに触れた街路樹が燃え上がる。が、すぐに私の視野は蒸気で覆われて外の様子は分からなくなる。

 この紫の枠の中は平穏なのだけど、外は灼熱地獄になったようです。だって、すぐ傍の地面までグツグツに溶けているのですから。



「メリナ、ティナに勝ちたいなら心を強く持つ修行をしろ」


 想像を絶する光景に呆然とする私にアンジェが話し掛けてきた。


「はぁ……」


「本気のティナは他者に絶対的な恐怖を与える」


 さっきの顔の化け物の話か。あれでも本気じゃなさそうだったけど。



「んもぉ、ひどいじゃない。いきなり殴ってくるなんて」


「うわはは! 隙だらけだったぞ」


「もぉ、謝りなさいよ」


 いつの間にか戻っていたティナがダンに食って掛かるのかと思ったけど、雰囲気的には許す感じでした。


「ダン、戻る」


「そうか。分かった」


 その返事で再度の転移魔法が起動しました。



「ちょっと謝りなさいよ」


 ティナは私を見ている。真顔ですね。


「踏んでるわ。また、私の足を踏んでるわよ」


 私は聞こえない振りをして転移が完了するのを待ちました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「本気のティナは他者に絶対的な恐怖を与える」 「そう言うな。ティナの根本はは良いヤツだ。趣味として苦しんでいる者を見るのを好むだけだ」 [一言] ティナはクトゥルフ系の邪神かな。これはメリ…
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