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神殿の朝

 白い磁器製のポットからこれまた白いカップへお茶を淹れてから持っていく。カップをテーブルへ置く際に、古びた木目が目に止まり懐かしい気持ちがしました。

 隙間風も入ってくるボロ小屋なのに、落ち着いてしまうなぁ。私は1口だけお茶を喉に通した後に軽く息を吐き出します。

 ここは竜神殿の奥にある魔物駆除殲滅部の小屋。朝早かったせいか、まだ誰も来ていません。


 入り口の扉から一番遠い所には、巫女を引退したアシュリンさんの机がまだ置いてあり、私はお菓子が引き出しに入っていないか探してみたくなりました。

 最近、甘いものを採ってなかったんですよね。あー、シルフォルの宮殿の食堂で頼んでおけば良かった。



「あれ? おはよう、メリナ。今日は早いね」


「あっ、フランジェスカ先輩、おはようございます。薬師処の助っ人は終わりですか?」


 この人は私が最も敬愛する竜の巫女で、この神殿唯一の良心と言っても過言ではない方です。


「うん、終わり」


「そうなんですね。あっ、すみません。お茶を淹れますので座ってください」


「ありがとう」


 フランジェスカ先輩は物腰が柔らかいし、頑張り屋さんだし、私の理想の方です。そして、何より、聖竜様が守護精霊だし!



 他愛もない、ほんわかとした会話をフランジェスカ先輩と楽しんだ一時は、乱暴に開く扉の音で破壊されました。


「化け物! いきなり人を殴っておいて、様子も見に来ないとかどんな了見よ!」


 魔族フロンです。日記にまで書いたのに寝たら忘れていました。そんな事故もありましたね。


「私のプライベートタイムを邪魔した上で、おもんない不遜な冗談を言った罪です」


「労いに行ってやったのに、なんて言い種!」


 桃色の髪が逆立ちそうになるくらいに怒っていますね。ふーみゃんだったら、それはそれで可愛いのに残念です。

 あっ、フィンレーさんなら神様のお力でフロンを永遠に猫状態で維持してくれるかもしれない。帰ったら相談しようかな。

 巫女さん業務領域に巫女でないフィンレーさんは立ち入ることはできないから連れて来れなかったんですよね。


「化け物、お茶」


「は?」


「昨日さ、あんた、周りの被害とかガン無視で敵を討とうと魔法を準備してたじゃん」


 うん?


「そ、そんなことはないです」


 とりあえず否定。


「いんや、化け物のことだから、『敵を討つには必要な犠牲です。御愁傷様』とか思ってたでしょ?」


 既に席に着いたフロンの眼は私を鋭く刺す。


「まぁ……それはそうでしょうね。戦うなら当然だし……」


「やっぱり。街中全体に死相が出てたの、あんたの魔法が原因だって結論だよね」


「黙れ」


「黙っていてやるから、茶を淹れな」


 アデリーナに知られたら酷い脅迫のネタになるか……。


「……はい」


 私は出涸らしの茶を注ぐことで、小さな復讐を遂げます。


「メリナ、私も黙っておくね」


「お願いします……」



 一転して不愉快な空間となった小屋の中ですが、更に空気が淀む事件が発生しました。


「ふぅ、昨日は疲れましたね」


 アデリーナ様がやって来たのです。手には酒の瓶が握られています。


「ねぇ、アディちゃん。私も化け物が無茶をするから本気を出し尽くしたんだよ。あー、アディちゃんに肩とか胸を揉んでもらいたいかな」


「フランジェスカ、不浄な音が聞こえますが無視なさい。今日までの我慢です」


「だねぇ」


 ん?


「今日まで?」


 浮かんだ疑問を訊く。


「掲示板くらい読みなさいな。新人寮の再建に伴い、私は元の新人担当で総務課に戻らせて頂きます。フランジェスカもマリールの強い要望により薬師処に異動で御座います」


「えー、アディちゃん。私も寮でお手伝いするよ」


「わ、私は!?」


「メリナさん、貴女、こんな所で何をしているんです? 貴女は数日前から総務部秘書課の巫女長担当課長で御座いましょ?」


 っ!?

 そ、そうだった!!


「サボってんじゃないわよ、化け物」


「次期巫女長最有力候補様、早く修行に行ってらっしゃい。理不尽なことがあっても、きっと貴女の将来の糧になりますよ」


「ゆ、譲ります! 巫女長にはアデリーナ様が相応しいですから!」


「メリナさんより相応しいのは当然です。が、私は王の役目が有りますし、選ぶのは私では御座いませんからね。至極残念で御座います。うふふ」


 言い終えて、グビッと酒を飲む女王。底を押し込んで喉に突き刺したい気分になりました。


「化け物さぁ、部外者なんだから出て行ったら?」


「ダメよ。そんな冷たいことを言っては。メリナ、何か用があったのよね?」


 用がないと来てはならないとフランジェスカ先輩でさえ言うのですか……。


「み、巫女服。巫女服が失くなったので替えがないか見に来ました……」


 お茶を飲んでから取り組む予定だった用事を私は口に出す。皆の冷たさに声が震えていました。


「今、着ている黒いのは何なのよ」


「魔力で作った巫女服っぽい物です。昨日、ティナに焼かれたから……」


「聖竜様から貰った紫の服で作った巫女服は? フェリスが仕立ててくれていたでしょう?」


「あっ! あれはどうなったんだっけ……? あっ、どこかで竜化した時に破れてそのまま放置してしまった気が……」


 なんて迂闊……。聖竜様からの贈り物だったのに……。


「もうそろそろ巫女長が動き始める頃で御座います。代わりの服は私どもで見繕っておきますから、お行きなさい」


「すみません、ありがとうございます。でも、行きたくないです……」


「アディちゃん、優し過ぎない?」


「誤ってアンチマジックの魔法陣を踏んだら、メリナさんは裸になりそうで御座います。八つ当たりで周囲を殲滅されたら堪ったものでは御座いませんので」


 おぉ、想像しただけで恐ろしい。私はトンでもない状態で街中を歩いていたのですね。


「ありがとうございます。裸になるのが怖いので、今日はこの小屋で引きこもりを……」



 両手を肩に回して身を縮め恐怖に耐えている演技をしていた私ですが、実際にぶるぶると強烈に震え上がります。


「あらあら、メリナさん、ここにいたのね」


 中途半端に開いた扉の向こうから、ひょっこりと小屋を覗く巫女長の顔が現れたのです。


「今日は聖竜様へのお祈りの儀式の練習をしましょうか」


「はい……」



 夕刻になり、地獄からようやく解放されます。精神的にヘトヘトになった体で宿に辿り着くのは大変でした。

 ロビーに入ると、食堂からフィンレーさんの声が聞こえます。あいつ、幸せそうだなぁ。憎い。


「えぇ!? そう思うのは本当になんでかな?」

「だからー。心から悪い人間ってのは存在しないんだよ。笑顔と好意。これで人は変われるんだって」

「怖いなー。それって良くないと思うんだよねー」


 フィンレーさんの声は元気で良く響く。そのせいで、相手の話は聴こえてきませんでした。誰と話してんだろう。


 私は不思議に思いながら、食堂へと進みます。昼ご飯も取れずにいたので、既に唾が分泌され始めています。


「あっ、メリナ様ー。お帰りー」


 フィンレーさんが声を掛けてくれ、また、ベセリン爺がすぐに私をエスコートする為に寄ってきてくれます。


「お嬢様、本日はお客様が多いで御座いますね。爺は嬉しいで御座います」


「……あっ、はい」


 ベセリン爺の手前、私は実力行使を我慢しましたが、フィンレーさんの前に座っているティナを私は鋭く殺気を込めて睨み付けながら、ベセリンが誘導してくれた席に着くのでした。

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