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竜王の襲名

 魔力はシルフォルが踏みつけられた付近からとめどもなく空へと噴き上がっていました。そして、上空で雲のように広がった一部がゆっくりとヒラヒラと舞い降りては消えていくのでした。

 それが輝く花びらのようで、純白の雪のようで。

 元はシルフォルの魔力であるはずなのに私は美しさに目を奪われます。



『チッ。マジかよ。シルフォルのヤツ、逝きやがった。最後までクソじゃネーかよ』


 サビアシースの声に乗せられた、彼女の苦々しさは何となく理解できます。恐らく長年に渡り衝突や和解を繰り返す中で友情みたいなものを感じ合う仲だったのでしょう。


「サビアシース」


「アァン? なんだよ」


「もう帰って良いですよ。私も、もう王国に戻ろうかと思いますから」


「テ、テメー!! 本当に勝手なヤツだなッ!!」


 さてと、どうやって帰ろうかな。ここに来る時はティナに――って、あっ! 違う!! 忘れてた!


「サビアシース」


「アァン!? ウッセーな! 分かってるって、もう帰りゃいーんだろ!」


「戻ってはなりません」


「テメー!! マジで舐めてやがんなッ!!」


 全く短気で粗雑なヤツなんだから。

 神様の世界にマナー講習的なものはないのでしょうか。是非とも受けて欲しいです。


「ンで、なんだよ。早く言えよ」


「ティナって神について、私は話しましたよね」


「それがどーした?」


「そいつは神界をぐちゃぐちゃに混乱させたいって言ってました」


「目的は知らねーが、シルフォルが逝ったんだ。これからシルフォルに付いていたヤツは大変――」


 サビアシースが喋っている最中でした。急に私の真横に他者の気配を感じます。



「こんのクソドラゴンめ! メリナ様の鉄拳で挽き肉の山になりやがれってんです!!」


 フィンレーさんです。サビアシースの一撃で消されたはずなのに、出現したと同時にチャレンジングな発言をぶちかまします。


『ンだ、テメー?』


「メリナ様、ぶっ殺してやりましょう! 神様だから死なないけど、石化封印で山にしてやるんです! そして、登山して頂上に旗を突き立てましょう! いい気味です!」


 フィンレーさんは早口で捲し立てます。破れかぶれなんでしょう。


「だから、うぅ、永遠に拷問とか痛いのは勘弁してくださいぃ。私も石化封印でお願いします。噴水の真ん中で股間から水を出す石像でも良いですからぁ。うぅぅ」


 いや、ダメでしょ。フィンレーさんは成人女性の姿なんですから、そこから水をだしている噴水とか失笑も頂けませんよ……。


「今です! メリナ様、私が油断を誘いました! ゴー!!」


 ビシッとフィンレーさんは指を差して、サビアシースの胸を貫けと命じてきたのですが、呆気に取られたままの私は動けません。


「いや、フィンレーさん、えーと、顛末書とかはどうしたんですか?」


「自動筆記魔法で1万枚書きました! 要は精霊に書かせたんです! さぁ、細かい話は置いて、あのクソドラの頭をかち割るのです!」


 書いたんだ……。まじめ。

 でも、それにしても、フィンレーさんの精霊、優秀だなぁ。うちのガランガドーさんなんてそんな命令しても無視しそう。


『チッ。いー加減にしておけよ。勝負はメリナの勝ちで終わってんだ』


「ヒイィ! 目が怖いー! でも、メリナ様は出来る子ですからね! って、えぇ!! メリナ様、勝ってるのー!?」


 私は頷きます。


『あたしが敗けを認めてんだよ。シルフォルにも見られてる』


「そ、そうだ! シルフォル様! いえ、あのド淫乱クソババァも倒さなきゃ! メリナ様、知ってます? あのババァ、権力を利用して若くて逞しい感じの男神と肌を重ねたりしてるんですよ! 羨まけしからんヤツです!!」


 フィンレーさんの夢は、神界から地上に降りて恋をするという似たような欲望なので、正直な気持ちを打ち明けられたのでしょう。


「さぁ、どっからでも掛かってきなさい! できればメリナ様を狙うんですよ! もしかしたらフィンレーはシルフォル様に忠誠をまだ誓っていて、敵を騙すには味方から的に、不遜なドラゴンとおつむの弱いクソ女を罠に嵌めるためのスパイを買って出ている可能性を考慮してくれたら、フィンレーはとても嬉しいです!!」


 忙しなく周囲を警戒するフィンレーさんに私は伝えます。


「すみません、シルフォルも倒しました。ほら、この周りの魔力がシルフォルの残骸です」


「えぇ!? メリナ様、えぇ!? 私、助かったんですか!?」


「はい。フィンレー派の立ち上げ、見事に成功させました」


「イヤッホー! フィンレー派とかスッゴい迷惑だけど、奴隷みたいな勧誘作業から解放されたんだー! イェーイ! メリナ様、サイコー!」


 歓喜を体全体で表現するフィンレーさん。

 サビアシースはそれに呆れたのか、巣に帰ると言い出しました。


『メリナ、竜王の座をくれてやらァ』


「要らないです」


『貰っときな。シルフォルがいなくなったら、シルフォルの手下どもは他の神に駆逐されんだろうさ。竜王の関係者となれば、そこの変に陽気なヤツを守る盾くらいにはなるさ』


「メリナ様! 問答無用で貰いましょう! 竜王メリナ! うわー、凄い!」


「いや、私は竜でもないしおかしいでしょ」


「聖竜様が今よりもメリナ様を愛しちゃう! ぞっこん! 交尾三昧!」


 …………ふむ……ふむ?


「いや、やっぱり聖竜様より上位っぽいのは良くないかな。私は竜の巫女だし」


『あたしが譲るってんだ。メリナの意思は関係ネーよ。それから、フィンレーだったか? メリナは神じゃネーぞ。寿命が来たら普通に死ぬからな』


「えぇ!? 神じゃないのにこんなに強いのー!?」


『んじゃな、後はお前自身が何とかしな』


 そう言うと、サビアシースは姿を消しました。巨体ですので転位魔法を一瞬で終えることは難しいのでしょう。色がじわじわと薄くなって消えていく感じの術式でした。


「ほい、メリナ様!」


 フィンレーさんがすぐさまに私へ何らかの魔法を掛ける。彼女に悪意はないでしょうから、私は素直に受けてやりました。


「何の魔法でした?」


「今のでメリナ様は不死じゃないけど不老になりました! うぅ、サビアシース様、大きな助言を感謝いたします」


 不老? うーん、実感ないなぁ。


「それじゃ、フィンレーさんが地の界って呼ぶ所にある竜神殿へ、私を転送して貰えます?」


「えぇ!? メリナ様から離れたら、私、磔獄門3億年とかにされちゃう!!」


 私に両手両足で抱き付くフィンレーさん。

 そして、サビアシースが居なくなって緊張が緩み、今になってシルフォルに斬られた尾の痛みに転げ回るガランガドーさん。

 そんな彼らの醜態を私とミミちゃん姿の邪神は冷たい目で見続けるのでした。

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