のんびりと探索
朝のご飯も蟹でした。よく焼いたのでほくほくでしたし、素材が良いからしっかりとした旨味を噛み締めることご出来ました。
ミーナちゃん、凄いなぁ。毎日、蟹が食べ放題です。羨ましい。
そんな彼女は私のだいぶ前を歩いています。大剣を振り回して草を刈ってくれているのです。
森を歩くのは慣れていますが、それでも繁った草むらを突っ切るのは面倒なんですよね。クモの巣なんかも頭に引っ掛かったりしますし。
遂に森に入っているのです。蟻猿なる魔物を倒す為です。
昨夕から更に森の前にやって来る人は増え続け、ガインさん達後方支援する方々も含みますが、総勢50名くらいの冒険者が集結しました。
森を探索するにあたって、特に指示はなく、思い思いの道程で森を進んで良いことになっています。
パウスさんは私達とは別行動です。デンジャラスさんも離れていきました。
2人とも強そうだから、私たちの移動速度では満足できないのかもしれません。
近くにいるのは、ノエミさん、ミーナちゃんの親子でして、ミーナちゃんは十分な強さを持っていますが、ノエミさんを守るために私は同行しています。森を進む速度が遅いのもノエミさんがゆっくりだからです。
また少し私の記憶は戻っております。昨日、膝蹴りをくらって鼻血を流したミーナちゃんを治療するように言われ、私は回復魔法を唱えました。
折れた鼻は治ったのですが、斬られた腕が回復しませんでした。ミーナちゃんの腕は蟹さん、いえ、ガインさんが言うにはザリガニさんの腕だったのですが、全く修復する様子がありませんでした。
パウスさんに「魔剣で斬ったからもしれんが、お前は俺に斬られた後も回復していた」と指摘されて、思い出したのです。
魔剣で斬られると魔法での回復ができなくなります。それは傷口に剣からの魔力が貼り付き邪魔をするという経験からの知識を思い出しました。また、魔力は目に見えないものですが、第6感と言うのでしょうか、別の感覚で捉えることは可能ということも思い出しています。
だから、今の私、ビンビンに色んな魔力を感じ取っている状態です。
万物に魔力は宿るものですから、目を瞑っていても物の配置は分かりますし、何なら、遠い物や隠れた物も把握できるので、視力よりも高性能な感覚を取り戻しました。
ただ、傷口に貼り付く魔力を思い出すことによって復活した記憶は、それだけではありません。
私、パウスさん以外からも殺されかけた経験がありました。
耳元で叫んで私の体内の魔力を乱して転倒させ、魔剣でもって私の頭を突き刺そうとしたヤツがいました。腕で防ごうにも、既に魔剣で斬られていて絶体絶命の危機だった記憶が甦ったのです。
相手の名は剣王。鼻より上を黒い仮面で覆っていましたので顔は分かりません。
今、私は生きていますので、その時に死ぬことはなかったのでしょう。ただ、剣王、そいつは殺してやりたいです。私を殺そうとしたのですから、殺される覚悟はできているでしょう。
急に血飛沫が上がりました。
「メリナお姉ちゃん、ごめんなさい。また獣が潜んでたみたい」
暴風の様に大剣を振り回すミーナちゃんです。だから、草や木だけでなく潜む獣も巻き添えにしてしまうのです。
「気にしないで、ミーナちゃん。ドンドン進んでいこうね」
「うん!」
ミーナちゃんは道を作ってくれる、とても優秀な子供です。止めるはずが御座いません。
「メリナ様、蟻猿をご存じですか?」
ノエミさんから今回の獲物について訊かれます。
「いいえ、全く。ガインさんが言うには、蟻みたいに働き蟻とか女王蟻とかの役目に分かれる社会性動物らしいですよ」
「社会性動物……」
なお、ノエミさんは針子として働いた経験くらいしかなく、余り勉強は得意ではないそうです。だから、難しい言葉を知りませんし、算術的な計算もできません。
しばらく歩き続けると開けた場所に出ました。私の身長なら2人分くらいの幅を持った川です。
よく増水するのでしょう。石がゴロゴロで草が生えていない川原もあります。
「お昼ごはんにしませんか」
「はい、メリナ様。ご用意致します」
ノエミさんが背負っている大きなバッグから食器や食材を用意している間、私とミーナちゃんは適当な石を選んで座っています。
「火と水は私が用意しますからね。あっ、ミーナちゃん、蟹の腕になってくれます? 切って食べましょう」
「……メリナお姉ちゃん、ミーナね、自分の体を食べてるみたいで嫌なんだよ」
「え?」
「ごめんね、お姉ちゃん」
「えぇ?」
私は気にしないですよ。
「……ご、ごめんなさい」
あっ、ミーナちゃんが泣き出しそうです。
これは良くないです。信頼関係にヒビが入り、将来、蟹の腕を食べられなくなる可能性があります。
「いいよ、ミーナちゃん。私も期待し過ぎたんだね。うん、じゃあ、とってもお腹が空くような状況になったら、お願いするね」
「……うん」
楽しみだったランチが残念な結果になりました。メインディッシュが突然に変更されたのです。
なので、私は川に入って魚がいないか探すことにします。でも、これくらいの小さい川だと良いのは少ないんですよねぇ。
ひゃぁ、水が冷たい。
ビチャビチャと裸足でゆっくりと動きます。ズボンはたくし上げて濡れないようにしています。
むぅ、やはり小魚しかいません。岩の影とか、川が曲がって深くなったところなら、何かいるかなぁ。
うーん、小さな虫くらいしか――って、これ! 岩みたいに見えたけど、この黒っぽいのはナールランマ! ニラさん達に居酒屋で奢ってもらった大きめの水棲蜥蜴! 塩を付けて焼いたら美味しいヤツ!!
即座に私は拳を水面下に突き入れます。そして、水棲蜥蜴の頭部を破壊し、動けなくしました。
「ノエミさん! ミーナちゃん! 凄いの、ゲットしたよ!」
私は両手でぐったりとした蜥蜴の死体を持ち上げて自慢します。
「わっ、メリナお姉ちゃん、凄い!」
ミーナちゃんも元気を取り戻して喜んでくれました。とても嬉しいです。
調理はノエミさんに任せます。彼女、腰の剣を包丁代わりに器用に使っていました。
腕くらいの長さのある片刃の剣なのに扱いが上手です。スッスッとナールランマの四肢や尻尾を切断しましたし、鞄に入っていた岩塩も柄で粉砕していました。
「「いたーだきます」」
私が出した炎にくべて作った焼きナールランマを皆で美味しく食べました。ガインさんから配布してもらった硬くてどっしりしたパンもあります。
「メリナお姉ちゃん、美味しいね」
「そうだね、ミーナちゃん」
でも、どうしても私の視線は彼女の腕に行ってしまいます。そこもご馳走なんですよねぇ。
「メリナ様、こちらもどうぞ」
干し肉を煮込んだスープでした。水面に浮かんでいる油滴が食欲をそそります。
いっぱい食べて満足して、お昼寝もしたいなぁと思った時です。ミーナちゃんが声を上げました。
「メリナお姉ちゃん、お母さん! あれ! 色の付いた煙が見える!」
あー、確かに赤色の煙が見えますね。
「メリナ様、ガインさんは赤色は『助けて』の印って言ってましたよね……。行きますか?」
えっ、そんな事を言ってましたっけ?
次に、青色の煙が違うところから上がりました。
「他の方も気付かれたようです。青は『援護する』の合図ですよね」
全然知らないです。もしかして、私、また記憶を失ってしまったのでしょうか。不安です。
「知らないよ、ミーナ」
「あなたは寝ておりましたもの。……あっ、メリナ様も熟睡されていらっしゃいましたね。すみません」
良かった。少し心配になりましたよ。経験して実感しましたが、記憶っていうのは凄くあやふやなものでして、今みたいな些細な事でも、疑いだすと何が正しくて何が誤りなのか分からなくなってしまいます。気持ち悪いです。
うん、早く完全に記憶を取り戻した方が良いですね。アデリーナ様が仰るように、もしも犯人がいるのなら、そいつは万死に値します。
「行くね!」
「ミーナ、待ちなさい!」
血を見るのが趣味なのかなと思うくらいにミーナちゃんは血気盛んです。大剣を前に構えて駆けて行きました。
「メリナ様、片付けをしてから向かいますので、どうかミーナをお願い致します」
「分かりました。お任せください」
ノエミさんのお願いを聞いて、ミーナちゃんの後を追うのでした。その先から甲高い獣の鳴き声が幾つも聞こえて来るのでした。




