神の最期
地面に激しく叩き付けられてもシルフォルはすぐに立ち上がります。
でも、戦闘態勢は取ることはなく、むしろ、またもや両手を挙げて戦意が無いことを示しました。
「貴女の勝ちよ。降参するってもう一度言わないといけないの?」
まだ戦えそうなのに不思議で、困った私はサビアシースを見る。
『どういうつもりだい、シルフォル?』
こっちの神様もシルフォルの意図を図りかねているようですね。
「どうもね、魔力が剥がれたのよ。私は神じゃなくなった」
『アァン!? ンな訳ネーだろ!! 神は不滅で不変ってテメーで言ったばかりだろーが! 舐めた事を抜かしてっと、お前が死ぬかどうかあたいが試してやろうか!!』
サビアシースは長い尾で地面をぶん殴り、その振動と音であらゆる物が震えました。
全くどうしようないくらいに短気です。血の気が多いんでしょうね。今のシルフォルの言葉の何に引っ掛かったんだろう。真っ当な人間には理解できません。
「構わないわ。竜王が何を言おうと、何をしようと、私がメリナさんを認め、後を任せることには変わらないもの」
サビアシースには目もくれず、私を見てくるシルフォル。頬は紫に腫れたままで簡単な回復魔法さえ使っていない。
「あそこまで強烈な濃度の魔力で貫かれたのが原因なんでしょうね。うふふ、あはは。ごめんなさい。くだらなくて嬉しくて、つい笑いが込み上げてきたの。魔力の固着は思考の硬直をもたらす。あぁ、あの娘が言っていたことが真実だと、やっと分かった」
ご機嫌なのでしょうが、ちょっと怖いなぁ。フィンレーさんが私に掛けてくれた魔法の効力もいつまで保たれるのか分からないから、早めに殺しておくか。
『……あの娘とは?』
「名はティナカレードナータヤだったわ」
ティナか!?
「若い神よ。自分の領域に住む全ての人間のあらゆる欲望に応え続ける実験をしていた気味の悪いヤツ。飽きたら世話を止めて魔物に蹂躙させて笑っていたわ」
『ンなヤツ、知らねーぞ』
「若いって言ったし、貴女は眠り過ぎなのよ。会ってみれば人当たりの良い性格だったのだけどね。あれは興味を優先する種類ね」
『狂ってんのか?』
「いいえ。常識は十分に備えていて、自分の行動がどう思われるかも正確に予想できている。その上でやりたいことをしているわね。だから、質が悪い」
ティナっぽいなぁ。
サビアシースも気付いたみたいで、私に少し視線を移してから、またシルフォルを向く。
『そいつの話はもういーや。ンで、これからテメーはどうすんだ?』
「古い者は去った方が良いのかもよ。余計なお世話だけど、貴女も去ったら?」
シルフォルの軽い挑発にサビアシースは乗らずに無言で通しました。
「さてと、メリナさん。時間が無さそうだからお伝えしておくわ。蘇生魔法は使えても使わないこと。怖い神様がやって来るわよ」
また突然ですね。
「使った本人に言われたくない」
「理由は魔力の固着が起きることがあるから。神と違って能力の足りない不死者は本人にとっても他者にとっても不幸なの。大昔に不死者しかいない地域が出来て、周囲をイナゴのように襲うこともあったの」
どうして、こいつは私に話し掛けてくるんだろう。私の返しには答えないし。
「その当時、人に蘇生魔法を教えた冥王は他の神に責任を詰められて、太陽を大地に落として解決させた。姿形は無いだろうけど、今も不死者達は太陽の中で復活の日を待っているはず」
『あはは、懐かしーじゃんか。ダンシュリードとアンジェディールが本気で1000年は殴り合っていたんだぜ。あれは見応えがあった!』
シルフォルはサビアシースのおどけじみた言葉を無視する。
「蘇生魔法を使いそうな者は殺しなさい。それは神の役目の1つ。不死者は封印する。それも神の役目」
『……テメー、本当に何のつもりだ?』
「1度だけアンジェディールが神を殺すのを見たことがあるの。それもあって、今の私は長くないって未来予知が言っているわ」
なるほど。死期を悟ったのかな。
うん、そういう表情ですね。
「メリナさん、質問があれば答えるわ。時間が許す限りだけど」
いや、そう言われても特にないんだよねぇ。
「あっ、アデリーナ様を元に戻してくれませんか?」
「私は何もしていないわよ? 貴女が自分の記憶を封じたように、彼女の性格を改竄したのではないかしら」
……絶対に本人には言えないな……。殺される。
「困っているのなら教えるわ。魔法を防御させないように、深い傷を負わせて内部からの精神魔法で元に戻るでしょう」
私は黙って頷く。そして、間を置いてから問う。
「2000年前に何をしたんですか?」
「貴女の地方での話かしら。休暇を取ったのだけど、何もしないのも退屈だから、効率的な魔力の使い方の研究をしていたのね。それで新しい術式を低級の魔物相手に試している時に、偶然、蘇生魔法が発動したの。本当に運悪く対象が不死者となってね。彼はやがて力を付けて魔王となった」
シルフォルが大魔王の産みの親と言うことか。偶然かどうかは怪しいですが、そこを問うのを止めておきましょう。
「不死者の封印ができる者を育てるのも一興かと思って、弟子を取ったりして遊んでいたのだけど、才能溢れる人間を見つけたのよね。それがスーサ君。そう言えば、彼は事故で死んだ時があったわね。魔王が気紛れで蘇生魔法を使った時は驚いたわ。不死の蘇生魔法使い、それも魔力暴走で我を失くすのが確定している魔王だなんて、最悪の部類だもの」
色々と悪さをしていた、お前の方が最悪な存在ですけどね。
「その後はスーサ君の成長を促しつつ、神への勧誘を優先。仲間の死を神になるモチベーションに利用させてもらったわ」
カレンとマイアさんのことかな。
「他に質問はない?」
「ないです。早く滅んでください」
「冷たいわねぇ。ふぅ、メリナさん、貴女の守護精霊にサビアシースがいるのを不思議だと思ったことがない?」
「いいえ」
「私の予想だと、スーサ君の仕業よ。騎竜を通じて、竜王の鱗か何かを入手。彼の管理する土地にそれを置き、竜王の魔力を帯びる者の誕生を願った。竜王の魔力を持った者なら、確率高めで、かなりの強者になるもの。それが貴女」
「何の為に?」
「スーサ君は後継者を探していたんでしょうね。仲間が復活することはないと知って」
ふーん。まぁ、どうでも良いです。
「シルフォル、介錯は要ります? 死ぬのなら、早めに死んで欲しいんですけど」
「容赦ないわね」
「えぇ。結局、お前は罪人なんです。蘇生魔法の件を隠蔽するために、過去を調べる者を殺していましたよね。お前がスーサと呼ぶフォビを引き留める為に、大魔王を復活させて王国全体を消し去ろうともしていました」
「認めましょう」
シルフォルはにっこり笑い、それから、手刀を前から鋭く深く入れ、自分の首を落としました。頭が地面を転がる。
「この程度では死ねないか」
首だけで喋ってる……。生命力、虫並み。
『任せな、シルフォル。テメーといがみ合うのも楽しかったぜ』
サビアシースが前肢で勢い良く踏みつける。危うく私も殺されそうになってジャンプで避けたのですが、その空中でシルフォルが持っていた膨大な魔力がこの空間の至るところに発散していくのを、くるくる回転しながら感じました。




