闇に洗われて
断罪の白夜とかいう輝く魔力の塊は完全に落下する前に霧散する。シルフォルが倒れたことで、魔法の発動が止まったのだと理解しています。
さっきまで目が眩むくらいの光に溢れていた世界は元の夜に戻っており、地上は真っ暗で何も見えない。
『主よ! 気合いを入れるのであるっ!』
魔力ブロックに乗ったまま上空から様子を伺っていた私の耳に、ガランガドーさんの気合いの入った声が届く。
止まっていた彼が動きを再開した。それで私の体感時間が元に戻っていることを知る。
『敵は主に化けたようである!』
そんな事を言って私に向かって放たれたのは、ガランガドーさんご自慢のデスブレス。中々の威力ですが、今の私には脅威ではない。
断罪の白夜への対応を応用して、体の前に魔力の膜を作り、直線で襲ってくる魔力を防ぐ。魔力の粒子がその膜にぶつかり、岩を避ける川の流れのように私の後方へと逸らしたのです。
『あれ? 主……なの?』
ブレスを追うように突進して来たガランガドーさんが、ようやく私に気付く。
「シルフォルは叩き落としました」
『我の背に乗っていたはずでは……?』
長い首を回して自分の背中を見るガランガドーさん。
『えっ? 本当に主?』
「背中に居ないでしょ。ってか、振り落としても気付かないくらいの勢いで迫ってくるんじゃありません。しかも、誤って主人に攻撃するなんて言語道断ですよ」
『いや……。えっ? 本当におかしいくらい主が強くなってない?』
「おかしいとか言わない」
シルフォルがどうなっているのか分からず、話を打ち切って、私はガランガドーさんの背を借りる形で地上へと戻る。
『もう本当にぃ手を付けれないわねぇ』
顔のない邪神はどこから声を出しているのだろう。不思議です。
『私は神にも勝ると思っていたのにぃ、何をやってもぉ、貴女には届きそうにないわぁ』
四天王の一匹とは互角程度に戦っていた邪神なので、本当に神に勝てると考えていたんでしょうね。
ただ、正直、彼女では私どころかサビアシースやシルフォルのレベルには敵わない。なのに、悔しそうでないのは戦い以外に生きる目的が彼女には出来ているからかな。
『めりゅな、みじゅ、のみゅ?』
邪神は人化して、久しぶりに見るミミちゃんと成ります。
剣王め、いくら外見だけとは言え、こんな幼女を手篭めにするとは本当にクズですね。改めて思う。サブリナでなくても怒りで震えますよ。
コップで渡された水を飲む。冷え具合が丁度良くて、戦闘の熱を取り除いてくれます。
シルフォルを叩いた私の魔力の球は、神殿の中庭にある池くらいの大きさの大穴を床に作っていて、その底は全く分からない。シルフォルの気配は感じなくて、精霊たちも戦闘の緊張感から解放されているみたいですし、あいつは私の魔法により消滅したと考えて良いのか。
『メリナ、油断はいけねーな。シルフォルはしぶといぜ』
サビアシースの助言には同意します。神は死なない。フォビの頭部を時間にして3刻ほどに渡って殴り続けたことがありますが、ヤツは息絶えなかったのです。フォビの上位の存在であるシルフォルならば、尚更でしょう。
「脅かせようとしたのに、先に言うなんて反則ね」
チッ、やはりか。
シルフォルの声は近かったのに、その方向を見ると、私が作った大穴の向こう側でした。星々の明かりではその姿は輪郭しか分からない。
両手を軽く挙げているように見える。
「メリナさん、降伏します」
近くに聞こえる声は魔法か。私の攻撃を恐れて離れているのですね。遠距離攻撃好きの軟弱野郎め。
「嘘つきを信じられるとでも?」
「信頼されてないわね。でも、神に逆らうなんて、本当に愚か者。勝てるだなんて本気で思っていたの?」
私の声も届いた。アデリーナ様並の地獄耳と褒めてやりましょう。
しかし、本当にしぶとい。どうやったら、こいつは滅ぶのか。
「神はね、魔力配列が固着した存在なの」
あー、難しく、また興味の持てない話になりそう。
「手短にお願いします」
「砂山に例えるなら、崩しても崩しても、やがて一つ粒の砂さえ寸分違わずに元の砂山に戻るような存在なの。何をしても、どれだけ時間が掛かっても本当に元に戻るのよ」
ルッカさんやフロンみたいな魔族も驚異的な回復力を持っているけど、それとは別なのか。
「魔族との差を考えたでしょう? 別に思考を読んだ訳じゃないから安心して良いわ。魔族は魔法的存在。対して、神は世界そのものみたいなものよ。空間と時間がそこにあるように、神はそこにある。魔力の固着により空間の1部として繋げられているの」
くぅ、私を混乱、若しくは睡眠欲に嵌める作戦ですか!? 小賢しいです!!
「小賢しいとか思ってない?」
思った!!
「小賢しいんじゃなくて、貴女のおつむが足りないのよ」
「そんなことないです!」
「普通は、次に精霊との違いについて疑問を持つのだけど、貴女は考えることを停止したでしょ。眠くなりそうとか、別のことを考えた」
こいつ、私の思考を読んでやがる!!
「精霊は砂山じゃないの。コップに入った水。注ぐ度に同じ形になるけども、蒸発させて消し去ることも、中身を入れ換えることも、コップを割って2度と元の形にさせないこともできる。決して不滅じゃないし、何より不変じゃない。とは言え、そこの竜王のように精霊上がりの神もいるのだけど」
クソ。私は罠に嵌まりつつある! だって、この場から逃げ出したいもの! 学校の授業が唐突に始まりだした気分です!
「でも、これから学んで行けば良いと思う。ねぇ、サビアシース?」
学ぶだと!? 私に最も不要なものです!
『あん? 強ければ、それでいーンだよ。強いからずっと存在する。単純な話だ、メリナ』
そうです! 私はサビアシースに強く同意しますよ! さすが聖竜様のお婆様ですね!
「強ければ良いねぇ。同意してあげましょうか。今日は気分が良いのよ」
『アン? テメー、まだ何かを隠していやがるだろ。これ以上はあたしもメリナに付くからな。お前の見苦しさを止めてやらァ』
シルフォルは返事の変わりに転移魔法で私達の近くへと現れた。フィンレーさんよりも雑な転移で、転移前の魔力ブレが明らかでして私は逆に罠だと思って動けませんでした。
「うふふ。メリナさん、感謝します。神ではない貴女は神を倒した」
シルフォルに感謝される意味が分からない。こいつは、いつも言葉に含みを持たせるんですよね。性格の悪さの証拠です。
でも、近付いて見えたシルフォルの笑みはとても柔らかくて善良で、殴り付けてはいけないのではと感じてしまいました。
実際には拳が止まらなくて、打ち抜いてしまいましたが。シルフォルが無抵抗だったのが悪いんです。




