敗北を認める竜神
サビアシースが転移で逃げそうになったのを防いでからは完全に一方的でした。
首の骨も4ヵ所ほど折ってやり、修復の為の魔力の動きも封じています。完全に殺したら、ロビーや食堂で倒した神々の様に霧みたいに消えて別の場所で復活する可能性も考えられまして、その辺りにも配慮しております。
『……テンメェ!! 離せよッ!!』
今の私は喋れないので無視です。
しかし、聖母竜もだいぶ気弱になってきたようですね。殺すとか潰すとか叫んでいたのに今は「離せ」ですから。自力で対処できなくなって、私に頼んでくるとは実に情けない。
私は首を押さえ込む前肢に力を込めてから肉を食い破る。
『グァァア!!』
神を名乗っているヤツなのに、巫女長の様に鎮痛魔法で対処することくらいできないのでしょうか。愉快な気分にさえして攻撃意欲も増す鎮痛魔法。……いや、そんな気分にさせるのは鎮痛魔法じゃないでしょ。
「メリナ様、そろそろ勘弁してあげようか」
無事でしたか、フィンレーさん!
小さな体が視野の端っこに見えました。
『アァン!? 何様のつもり――アガァァア!!』
喋ろうとしたサビアシースの首を再び噛む。絶叫とともに血がドクドクと溢れてきます。
……血? 神様なのに? 今更気付きました。
昨日、私の成長を試すために殴った時には血なんて出なかったと思う。
「サビアシース様の敗北は誰にも言わないから。私は何も見なかった。メリナ様も言わない。だから、この辺りで和解しないかな」
『するはずがネーだろ!!』
「滅びたいのかな? 今は幻影じゃないんだよ? サビアシース様は魔力を攻撃に振るために、肉体の魔力化を解いているんじゃないかな」
『アァン!?』
フィンレーさんの言った意味を私なりに解釈すると、神は魔族のように体内の組織を魔力で置き換えることもできるけど、それを維持する魔力を戦闘に用いる為に普通の生物の体内に戻すことも出来るのでしょう。だから、今は血を流している。
「自分の鱗の堅さに自信があったのかな? それとも、一撃で仕留める自信があったのかな?」
フィンレーさんが煽りを続ける。頑張ってるなぁ。
「でも、もう詰んでると思うかな。メリナ様は魔力を上手に操るから、今からの体内の魔力化は不可能だもの」
『……グッ……』
図星でしたか。
しかし、フィンレーさん、サビアシースの初撃を躱していたのですね。あれだけ大きい爪ですから、私と一緒に吹き飛びそうなものなのに。意外に結構やりますね。
「負けを認めようか。失血死だなんて、本当に笑い者になっちゃうかな」
『グヌヌヌ……』
サビアシースの魔力が高まるのが分かって、私はそれを阻止する。具体的にはサビアシースの体内から魔力を奪い、それで邪神とガランガドーの体を構築しました。
『勝っちゃうのねぇ……。感心しちゃうわぁ』
『2年前は我と互角であったのに、主の成長はおかしいのである』
良かった。2匹ともサビアシースの魔力の影響から抜けています。
「サビアシース様、もう終わりにしない? 私、誰にもこの敗北を言わないし、メリナ様にも言わせないって約束するかな」
『分かった……。チッ! 分かったよ!! あたいの負けだ……』
サビアシースが力を緩めたのが分かり、私も突き立てた牙を外す。それから、黒い巫女服に身を包む元の人間へと戻ります。
『シルフォルも黙らせておけよ!』
「うん、任せて」
彼らにとってはシルフォルはこの戦いを把握している前提なんですね。うーん、監視されている気配とか全然分からないや。
私が邪魔をしなかったので、サビアシースは自分の怪我を癒す。それは神様らしくとても鮮やかであっという間に修復が終わりました。
『もうヤンネーよ。ったく、あたしのスピードとパワーに負けないヤツが地の界で育つなんてな……』
言葉通りにサビアシースから敵意は感じられませんでした。初めて神様に打ち勝ったようです。嬉しい。
「フィンレーさん、さあ、シルフォルの所へと向かいましょう」
「戦いを終えたばかりなのに凄い戦意ー。バトルジャンキーっぷりにドン引きー」
この勢いのままで行きたいんですよね。
「サビアシース様、ティナって神を知らない?」
『メリナにも答えたけど、知らねーよ。誰だ、そいつ』
「私が住んでいる王国に突然、現れた神様なんです。他にアンジェとダンって神様も連れてます。あと、魔力を全く持たないナベってのも仲間」
私の言葉にサビアシースは少し考える。
『アンジェとダンって、もしかして最近見ないアンジェディールとダンシュリードかよ……。いや、 あいつらが手を組むはずネーか』
「そんな感じの名前でしたよ?」
私は情報を追加する。
『ワハハ! 何だよ、仲良くやってンのかよ! 一時期は本気で殺しあっていたのにな!』
今は仲良さそうなのにそんな過去があったんですね。
「サビアシース様はメリナ様を通して見てなかったのかな?」
『あぁ、知らねーな。シルフォルの化身を喰ってから気持ち良く眠っていたからな』
あれか。最強決定戦後にシルフォルに異空間で襲われて助けてもらった時の話ですね。
「そっかぁ」
ん? フィンレーさんに違和感。化身と謂えど、サビアシースがシルフォルを喰ったと聞いたら、いつもの大袈裟な驚きを見せるはずなのに。
「メリナ様、彼らは何をしに来たのかな?」
「さぁ、こっちが聞きたいくらいですよ。ティナは暇潰しだって言ってましたが、どこまで本当なのか。大魔王とかも復活させてダンの子守り役にしたとかも言ってましたけど」
『ガハハ!』
サビアシースが笑う。
『それはシルフォルには痛手じゃネーか! その大魔王はシルフォルが蘇生魔法を使用した証拠だっただろ!』
蘇生魔法は神々の間ではタブーみたいなんですよね。前にも聞きました。何でだろう。
「フィンレーさん、それでシルフォルを脅しましょうか?」
「それは良くないかな」
「脅したら逆に私達の口を封じようと、シルフォルを本気にさせてしまいますか?」
「うん。そうだね。サビアシース様もシルフォル様の為に黙っていてくれるかな?」
チッ。ここに及んでフィンレーさんはまだシルフォルを恐れているのか。
『あ? あたしにはカンケーねーじゃ――ん? お前、まさか――』
サビアシースが先に気付く。
次に邪神とガランガドーさん。
邪神が動く前にガランガドーさんが素早く尾を振って、私を吹き飛ばす。
何を血迷ったのかと思いましたが、切断されたガランガドーさんの黒い尾を見て、私は再び臨戦態勢に入ります。
フィンレーさんが私を見詰めていました。朗らかな笑顔に見えて、その目は冷たい。
『お前、シルフォルかよ……?』
「サビアシース、借りは返したわよ。敗北の事は黙っていてあげる」
フィンレーさんはその姿をゆっくりと変えます。茶色い髪は金髪に、三つ編みはロングストレートに、顔は少し年増になったのです。
「で、黙り続けて欲しければ私の言うことを聞いて」
『テ、テメーッ!!』




