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怒り猛る竜

 戦闘慣れしていると言うか、対神様戦のコツを掴んでいるのか、聖母竜サビアシースは圧倒的でした。見えないくらい遠くだったのに尾を振るって攻撃した際には、それで生じた暴風で吹き飛ばされそうになるくらいでした。凄まじい力です。

 四天王とかいう者達はサビアシースの牙に砕かれ、今は腹の中と聞きました。


 そんな強者が私と正面から対峙しています。頭を確認しようとすると、高い塔のように見上げる必要があって、そんな事をしたら視野から外れた凶悪な爪を持つ前肢が襲って来そうな雰囲気です。


『メリナァッ! 覚悟できてんだろうなッ!!』


 殺気立っているんです。

 原因はティナと戦うための予行演習で、肉体を傷付けたことが彼女のプライドに障っているみたい。神様なのに器が小さい。


「覚悟って、お前こそ出来ているのですか?」


「変わらぬメリナ様の態度が心配かな」


 すかさずの突っ込み。下っ端といえど神にまでなった者だけあって、フィンレーさんはもう物怖じしていない。

 ガランガドーさんなんて、地に伏せて完全にボスに怯える犬っころですよ。


『ハン。調子に乗りやがって、アン? 本気で潰してやらァ!!』


「情けない。なんて情けないヤツなんでしょう」


『アァン!?』


「まだ昨日の敗北を引きずってるんですか? 敗けを認めないと強くなれませんよ」


 聖母竜の体内で激しく渦巻く魔力が、その怒りの程を感じさせる。


「昨日? えっ、メリナは昨日に神界に来たんだけど」


『おかしいでしょぉ、その子ぉ。戦闘尽くしなのよぉ』


 フィンレーさんに反応する邪神。なお、ガランガドーさんと違い、こちらはサビアシースに頭を垂れることはしていません。足が震えていたのは目にしなかったことにします。


『メリナァ! 今度は本気だからなッ!!』


「まあ待ちなさい。私は貴女に恨みはありません」


『こっちはあるんだよッ!!』


「逆恨みです。『精々がんばりな』って余裕ぶってたお前が悪いのです」


『アァン!?』


 何回も聞くと、獣の叫び声みたいな威嚇ですね。脳味噌も小さいのか?


「そんな事よりも、お前はティナ達に見覚えはないんですか?」


『そんな事だァア!? あたいは人間に半殺しされた神として笑い者になったんだぞッ!?』


 ティナには触れずか。こいつ、あの3人組の神様を私を通して確認していないのか。


「知りませんよ。ってか、フィンレーさん、そうなんですか?」


「シルフォル派では聞かないかな。サビアシース様の怪我の件も半年前くらいの噂だし」


 ん? 半年前? 昨日じゃないのか。


『神界も時の流れが違うのねぇ』


 邪神の気付きに私は驚愕します。


「えぇ、じゃあ、昨日からここに居るから、あっちの世界だともっと時間が進んでるんですか!? 私、裸だったんですけど!!」


『主よ、逆である、逆。あっちに戻っても時間が進んでない方』


 ガランガドーさんに間違いを指摘されるとは思わなかった。かなりの屈辱。



『ナァ、メリナッ!! 逃げんなよ!!』


 こいつも荒れ狂ってますね。

 仕方ない。相手をしてやりますか。本当はシルフォルに会うまでは体力と魔力を温存しておきたかったのですが。


 サビアシースの魔力がグンっと3段階くらい引き上がる。迸る魔力が私の体内にまで突き刺さるようです。気持ち悪い。


『お……おぐぁ…。主……よ……』

『竜を支配する竜……。貴女がぁ、私達を解放するのを待ってるわぁ』


 ガランガドーさんが立ち上がる。私に牙を向いて。

 邪神の尾が私を打とうとするのをバックステップで躱す。



「操られました?」


「サビアシース様は全ての竜を束ねる方だから、滾った魔力が竜に作用して勝手にそうさせたのかな」


 なるほどねぇ。

 私も足の裏が竜とかアデリーナ様に誹謗されたことがあるので、念のために体内で暴れるヤツの魔力を封じて自分の物へと変換する。


『あぁ、雑魚なんざ味方にする必要もネーからな!! んじゃ、やろうぜッ! テメーら、殺してやるからさ!!』


「メリナ様、もしかしてサビアシース様は私も敵だと思っているのかな?」


『竜以外の存在は好かねーンだよ!!』


「ですって」


「ひー。メリナ様を捧げたら私は助かるのかな」


「元聖女らしくない発想に驚きました」


「メリナ様もだよ」


『ごちゃごちゃうるせーンだよ!!』


 サビアシースの一撃は目に見えず、それでもギリギリ避けたと思ったのですが、気付いた時には私は姿勢を崩して、回転しながら宙を舞っていました。

 でも、時間の流れは止まったよう。集中した時に思考が加速するのと同じように、今は危機に体が勝手に反応したのでしょうか。

 何はともあれ、状況把握。


 私の下半身は既に消失しておりました。背を反らしながら後ろへジャンプしたお陰で、幸運にも上半身は何とか守れたと表現すべきか。

 爪に裂かれたのかな。


 このまま床に叩き付けられたら、その衝撃だけで死んでしまいそう。ってか、内臓がぐちゃぐちゃだから普通に致命傷ですね。

 ふむぅ。回復魔法……いや、それだとさっきの不可視の攻撃をまた受けて再び回復とか、無駄な繰り返しになりそう。


 そんなことを考えている間にサビアシースの体が私を覆う。時間としては一瞬だと思う。物凄い巨体なのにスピードも尋常じゃないんですね。

 本当に反則的な存在です。このまま私を踏み潰すつもりなのでしょう。


 回復と攻撃、発動時間を考慮したらどちらか一回分の余裕しかなさそう。なら、私の選択肢はアレですね。


 目を瞑り、体内の魔力構成を変化させる。

 膨張する体。サビアシースの圧し潰しを、優先して作った翼を羽ばたかせ、美しい滑空で回避する。失った下半身も分厚い鱗で被われた形で復活ですし、長い尾を生やすと空中での姿勢制御が楽になりました。

 私は星空の中でも一際輝く金竜に変貌したのです。大きさもサビアシースに匹敵させてます。


『殺してヤルッ!!』


 なんと愚かしい。あんなヤツが聖竜を名乗っていたのは何故だったのでしょうか。


 ガランガドーさんと邪神が同時に放ったブレスを華麗に宙返りして、あっさりと凌ぐ。

 その間に詰めて来たサビアシースが前肢で私の胸を斜めに切り裂こうとします。

 こいつ、本当に速い。


 私はそれを正面から受ける。鮮血が飛び散ります。

 しかし、それは私の血でもあり、サビアシースのものでもある。


 私は首を伸ばし大きく口を開けて、サビアシースの首に噛みついていたのでした。

 巨竜は醜く暴れて逃れようとしますが、しっかりと食い込んでいる私の牙は外れない。翼に力を入れる。


『クソがァァア!!』


 サビアシースは私の意図を理解していたのでしょう。そう叫びはしましたが、急所を噛まれている状態でろくな抵抗はできず、床に背中から激突します。

 大変な地響き。そして、自らの質量に負けて折れるサビアシースの背骨の音。

 落下地点にいたせいで潰されたガランガドーさんと邪神の仇を絶対に取ってやる。


 私はまだ噛んだ首を離さない。

 こいつが負けを認めるまで噛み続けるのです。

 様々な魔法も受けましたが、怒りに狂う私は無視します。噛んだまま首の力でサビアシースを高々と持ち上げて、床に何回も叩き付けました。

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