高笑い
階段を上って2階へと向かう。
魔力感知的には誰も居ないと思ったのに、ガヤガヤとしていて意表を突かれました。お城の外みたいに自動転移型の仕掛けでしょうか。
「フィンレーさん、ここは?」
私の名前をぼそぼそと言うだけで足を進める気配がなかったので、手を引っ張って強引に連れてきた彼女に尋ねます。
「……しょ、食堂」
多くの人達、いえ、神様なのでしょう。彼らは私に敵意を見せていない。ロビーで起きた事件を把握していないのか。
しかし、食堂かぁ。気になります。
「食べて行きましょうか」
「……あれだけしたのに、凄い大物感。体が震える」
白い大理石のテーブルが何列も並んでいます。様子を窺っていると、他の神様達は思い思いの場所に着席している感じですね。そして、同時に目の前へ料理が何もない所から出現しています。
感心します。色んな料理が現れていて、それぞれが希望するメニューが出てきているのですね。神界に来て初めて神様の凄さを知る機会となりました。
誰も座っていないテーブルに、横並びにフィンレーさんと椅子に着きます。
「うー、お腹痛くなりそう。アッサリ系ドレッシングの野菜サラダ小盛り。あと、氷抜きのミネラル少なめの水」
そう呟いたフィンレーさんの前に用意されたのは、ミックスサラダと透明ガラスのコップに入った水。うわ、凄い。
そして、様子的に危ないと感じていましたが、フィンレーさんがちゃんと注文できるくらいに回復していて安心しました。
さて、私もオーダーです。
「脂多めの牛肉大盛り。太い腸詰め肉、血液多め。家鴨の全身ぶつ切り、味濃いめ。肉包みパン大盛り。甘い葡萄ジュース1杯。お酒様、樽1本」
溢れんばかりの料理がデンと私の前に出現しました。特に酒樽の存在感が凄い!! 丈夫な石材のテーブルでなければ脚が折れてたかも!
くぅ、シルフォル派、ちょっと良いかも!! この食堂にベッドを持ち込めば、永遠にここで怠惰な生活ができそうです!
「お酒まで……。私も飲もっかな。やってられない。メリナ様、分けて貰って良い?」
「良いですけど、ご自分でお出ししても良いのでは」
「下っ端は野菜だけかな……。メリナ様のは初回特典とゲスト特典の合わせ技」
「そんな制限、意味あるんですか。神様だったら自力の魔法でご飯を出すとかも出来そうだし」
「うん。意味はないけど格差は必要ってことかな……。多様性を本当に維持するには多様な立場が必要で、習慣の均質化が一番の敵とか教わった」
ふーん。興味ないや。
私は食事を開始します。
「美味しいですね」
「笑顔が眩しい。うぅ、あんな暴虐を働いた後の表情とは思えないよぉ」
「暴虐って……。あれ、誰も死んでないですよね。転送されてたもん」
「うん……。家に戻って復活してるよ。倒されたペナルティとして、上層部に提出する顛末書を必死に書いてると思う……」
「あはは。家でお仕事って、本当の意味でアットホームな職場ですね」
お酒様は最後のお楽しみに取っておいて、私はお肉を頬張ります。うん、ジューシー。脂を多めと言いましたが、脂身多めなのは少し不満。
「誰も襲って来ないですねぇ」
「うん……。おかしいなぁ……」
フィンレーさんは葉野菜にフォークを突き刺して口へと運んでいきます。音で分かる。その野菜はとても上質な物です。
「魔槍鬼ウォルックキルト、救世の夢詠みヤーマンソリッシュ、雷王神ザンハダムダ、幻影シュルビアスニュルン、破滅の軍神メモリアヌスミューア――」
突然に呟き始めるフィンレーさん。
お食事を終えたようだから、食後のお祈りをされているのでしょうか。
怖い。
「――全てを見通す千眼アボラングニッサ、氷の乙女神サラニースノルース」
「……どうしました?」
「メリナ様がロビーで打ち倒した方々の名前を順番に上げただけだよ」
何の為に……?
「あっ! フィンレーさん、盗聴を前提に誰かに状況報告したんですか!? ってか、この食堂の神々に伝えようとしている!?」
「え? まさか。まさかねぇ」
こいつ!?
ならば、こっちもやってやりましょう。
「作戦通りですね、フィンレー様! ご命令通りに全てを抹殺してやりましょう!」
「ちょっ!」
椅子を引き摺る大きな音をさせてまで大袈裟に立ち上がったフィンレーさんがそのまま何処かに逃げる予感がしたので、ガッシリと彼女の手首を掴んでおります。
…………。
他の神様は一切関心を見せていない。
「あー、これ……もしかして……」
神様達の動きは素早い。会話をする訳でもなく、食事を瞬時に取って去っていきます。
料理を味わうとか、そんな感覚を失っているのでしょうか。もう直接に食べ物を胃袋に出現させた方が良いのではと思ってしまう程の早業です。
「触れぬ神に祟り無しの状況……? 自分以外の誰かが何とかするだろうって思ってない!? イヤー! 助けてー!!」
フィンレーさんの叫びは食堂に響き渡りましたが、誰も反応しない。
「助け――モガモガ、モガ?」
それどころか消音魔法を使ったヤツまで出る始末。
口をモゴモゴしていたフィンレーさんですが、諦めて静かに着席します。
そして、唇に手をやります。魔力の動き的に解呪の術かな。
「メリナ様」
「はい?」
「皆、私に全責任を負わせるつもりなのかな」
「うーん。私達はフィンレー派ですから、そうなるでしょうね」
「そっかぁ。じゃあ、メリナ様、ゴー。やっちゃえ」
「いえすまむ!」
派閥長の命を受け、私は全方位に氷の槍を放出します。
あくまで牽制のつもりだったのですが、何人かはそれで絶命と言うか転送によりご帰宅なさいました。事務特化の神様達がお勤めと聞いていましたので、戦闘力は低いのかもしれない。
転移で逃げようとした者もフィンレーさんが魔法で邪魔をします。下っ端のクセに的確な判断は神様になっただけはあります。
私達は難なく食堂も制したのでした。
「あはは。皆、顛末書大変だなぁ。あは、あはははは」
フィンレーさんの大笑いを聞いて、笑顔の絶えない職場ってのも本当になって良かったと思いました。
なお、酒樽の中身は水でした。職場で酒とかは許されない文化だそうです。樽を壁に向かって全力投球してやりました。




