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地稽古 パウスvsミーナ

☆パウス・パウサニアスさん視点

 衝撃的な恐怖だった。これ程のものは人生で2度目。

 何とか剣を抜いて初撃を防げたが、遅れていたら死んでいた。



 アデリーナが国に反逆して、王都に攻め込んだ二年前。俺は軍人として王宮の前庭でメリナと対峙した。心臓を刺して殺したと思ったのに、あの化け物は体内で俺の剣を止めた。


 あの瞬間、メリナは満面で笑っていた。殺されそうになっていたのに、状況に不釣り合いな笑顔を俺に見せた。得体の知れなさに凄まじい恐怖を感じた。今、思い出しても鳥肌が立つ。



 だが、あの敗北と恐怖は俺を成長させた。


 あいつと戦うまで、俺は自分より強いヤツを知らなかった。だから調子に乗っていた。上官と反りが合わなかったのも俺が生意気で身勝手だったからだ。要は未熟だったのだ。その気持ちが剣技の成長を鈍らせていた。



 アデリーナが女王として即位した後、王国の勢力図は変わった。王都タブラナルの地位は下がり、俺が中隊長を任じられていた王都所属の軍団も解体された。

 それを機に、己れの弱さを見詰め剣を極めるために精進した。今の俺は過去よりも強くなったと自負がある。


 メリナの強さの秘訣は分かる。異常な回復能力と魔力量。瞬時に損傷を治療できるから、拳を傷めることを恐れずに全力で殴ることができるし、反撃を受けて傷付くことも(いと)わない。回復魔法を発動させる機会を与えないように、一瞬で命か意識を奪わないとヤツには勝てない。



 おっと。

 見切りを誤って頬を剣先で軽く切られた。



 胸も膨らんでいないガキの大剣が上下左右と俺を襲う。荒々しく凶暴な軌道だが、何回か受けるとパターンが決まっていることが分かった。既に順応している俺には当たらない。

 しかし、躱し続けて反撃をするチャンスを待つも、鋭くて重い上に手数の多い攻撃を前にしては残念ながら叶わない。早々に息が上がると考えていたが、よく粘る。

 結果論だが、先手を取られたのはまずかったか。



「踏み込みが甘いっ!!」


 とりあえず声で威嚇してみる。魔法を使うのは大人げない。


「負けないもん!」


 次の一撃は本当に深く鋭く入ってきた。横から腰を狙ってくる剣は躱しきれるものではなくて、だから、俺は前進して子供の顔面に膝を入れた。当然、吹き飛んで地面を転がる。


 とんでもないことだ。俺は何をやっているのだろう。自分の息子がこんなマネをされたら、間違いなく相手をぶっ殺すな。



 メリナとメリナの母親は人の形をした別物だ。比較対象外のあいつらを除けば、俺が人類最強だと思っていた。


 それがまた幻想だったのかもしれない。

 ミーナと呼ばれた子供の速くて重い剣撃が俺の思い上がりを砕いてくれた。



 順調に経験を積めば、数年以内に今の俺を超す存在になるだろう。それだけの才能を感じさせる。もう俺に量れる領域ではないが、メリナやその母親であるルーフィリアといった人外の強さに達するまでもあり得る。


 正直、羨ましい。俺も若い頃にそういった強者に遇っていれば、今よりも成長できていただろう。

 結婚して息子もいる俺は、まだ強くなれるのだろうか。戦いに沸き立つ蛮勇はまだ俺に残っているだろうか。



 立ち上がったミーナの鼻は折れて、夥しい血が口から服、そして土へと垂れていた。俺は自分の仕出かした非道さに顔をしかめる。



「悪いな。騙した形になって」


「絶対に負けないもん!!」


 戦意は衰えず……か。メリナみたいだ。

 お互いに剣を構え直す。母親らしき者が止めないところを見ると、多少の無茶は許してくれそうだ。



 今度は俺も剣先を相手に向けている。ミーナの先制を許さない。


「行くぞ!」


「うん!」



 今一度、相手の力量を量るような攻防を繰り返した後、お互いに後方へ跳んで間合いを作る。


 それから、申し合わせた様に同時に前へと出る!



 剣の長さの分だけ有利なミーナが先に、横から豪快に剣を振る。

 才能は抜群だが、経験は不足。


 剣を振るえば足は止まる。さっきまでの俺ならば、それでも避けるしかなかったが、今は初めて見せる全速での突進中だ。

 今の速さならば、ミーナの剣が俺に当たるまでに俺の剣が先に届く。



 俺の突きは後ろへ上半身を反らすことで躱された。良い目だ。反応性と俊敏性も既にトップクラスだな。


 が、甘い。言い換えれば、メリナより弱い。あいつなら腕を犠牲にして、俺を殺しに来ていた。


 俺は続けての突きをミーナの腹に向けて準備する。

 頼んだぞ、メリナ。俺は子供を殺したくない。すぐに回復魔法を掛けてやれよ。



 頭は完全に上を向くほどに体勢が崩れている。じきに足も浮いて尻を打つだろう。

 それまでに俺の剣は子供を貫く。



 相手が剣を手から離したのが分かった。賢い。

 俺の剣を避けるには現状では最適な答えだ。


 が、やはり甘い。

 体を捻って逃げるには遅い。



「諦めろ!!」

「勝つもん!!」


 同時に叫んだ途端、魔力の増大が視界の端で確認された。

 魔法?


 チッ!

 俺は剣を退き、相手の攻撃に備える。


 馬の胴体ほどの巨大で赤黒い何かが俺を向かっていた。

 次に見えた表面の凹凸と形状からは蟹の爪。

 それはご丁寧にも開いていて、俺を挟み切る意図があった。



 なんて魔法だよ! 素直に炎とかにしておけ!


 開いたハサミを剣で両刃とも即座に切り落とす。

 しかし、勢いは止まらずで、俺を叩き殺すつもりみたいだ。



 距離を取って改めて迎撃体勢を取る――ミーナの腕が蟹のように変化していたのか!?

 妙な魔法だが、身体強化系の延長だな。


 痛みを感じていないのか、切断された腕を振り回す。それをもう一度切り落とす。

 ここで、不意に逆側からの気配に気付き、首を振って躱す。


 逆の腕も蟹みたいにしたのだろうな。

 警戒していて良かった。



「思っていた以上に強いな……」


「おじさんもやっぱり強くて嬉しいよ」


 鼻血を垂れ流した状態で笑顔をするんじゃない。罪悪感が凄いから。



「終わりな。続きはまた今度だ」


「えー! メリナお姉ちゃんだったら、倒れるまで相手してくれるよ!」


「あいつはあいつだ。俺はそんな(おぞ)ましい趣味を持っていない。もう終わりだ。メリナ、回復魔法をそいつに頼む」


 ふぅ。久々に良い運動になった。

 俺は早々に剣を鞘に納めた。



「すみません。その蟹の爪のところが回復しません。それ、体の一部じゃないんですかね?」


 暢気な声は悪魔と恐れられることもある娘の言葉だった。


「あぁ? 魔剣で斬ったからもしれんが、お前は俺に斬られた後も回復していたぞ」


「そうなんですか……。あっ、思い出しました。傷口に魔力の膜が作られるんですよね。魔力、見えるかなぁ」


 メリナはミーナの傍に行き、じっくりと確認してから、回復魔法を無詠唱で発動させる。蟹の腕が消え、ちゃんと人間のものとして治癒された。



「おい、パウス。次は俺に稽古をつけてくれよ」


 1年程前から俺の弟子を勝手に名乗るバカ、ゾルザックが声を掛けてくる。才能も熱意もある若者で、俺も目に掛けてやっている。


「言っただろ、ゾル。お前に教えることはない。自分で学べ。あとは強いヤツと戦う経験をできるだけ多く積んだらいい」


「その強いヤツがあんたなんだよ」


 俺とばかりしていたら、変な癖が付くだろうに。だから、ギルドの所属も別にしたんだがな。


「それだったら、ルーさんに言えよ」


 悪夢のルーフィリア。悪魔(メリナ)を産んだ悪夢、と口が悪くて心がひねくれた友が酒を飲んだ時に笑っていた。


「あの人、妊娠中だから今は相手してくれないぜ」


「もう出産を終えているんじゃないか?」


「それでも稽古はつけてくれないだろ」


 それはそうだな。

 相手をするまではゾルザックは収まりそうにない。仕方ない、体が冷える前に剣を交わしてやるか。


 剣の柄に手をやったところで、奇抜な服装と抜きん出た強さから冒険者連中の間で噂になっているデンジャラスが近寄ってきた。



「私も手合せ願いましょう」


「元聖女さんだよな?」


 近衛兵部隊にいた頃、何度か目にした女だ。あの時の凛とした佇まいは完全に消失して、引退後に何があったのか気になるくらいに荒れた格好になっている。


「今の名はデンジャラス。高みを目指して、好きに生きております」


 そうか? どう見ても底辺に向かっているぞ、お前。


「2人も相手にできん。まずは、そこのゾルを相手にしてくれ。中々の強さだ。がっかりはさせない」


 勝つのはあんただろうけどな。


「分かりました」


 両拳に嵌めた鉄器を胸の前で勢いよくぶつける。気合いを見せたんだろうな。全身黒革で装っているので、衝撃で発生した火花がよく見えた。



「おい! こんなチンピラが俺の相手になるわけないだろ!」


 ……バカだろ、ゾル。諸国連邦との模擬戦の時に俺達の前方にそいつも居たのを知らないのか。シュリの騎魔獣部隊を殴り殺し尽くした連中の1人だぞ。見ていなかったのか?


「チンピラ風情で申し訳ございません。しかし、自分が師と仰ぐ者に聞く口ではございませんね。パウス氏に代わり躾を致しましょう」


 結末が見えているので、俺はガインの傍へと移動し、食事の準備に入ることを提案した。

 その背後でメリナが俺が斬った蟹の爪を拾っていた。……まさか食べる気じゃないだろうな?

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