神(下っ端)と読む日記
フィンレーさんの焼け落ちた無惨な家跡を見るのは忍びなくて、私はお願いして昨日の白くて立派な建物に転移することをストレートに提案しました。
「無惨な家跡を見ると侘しくなるとか、その犯人が言ったー!!」
「犯人じゃないんですよ。消火したし」
私はそう言いながら、日記帳を渡す。
「緑豊かだった私の花畑も燃え尽きてるのにー!」
「火勢が凄くて……。一瞬で周りに火が着いたんだと思います」
「こいつ、マジで何なのー!」
「ってか、フィンレーさんは神様なんだから神様の力で消してくださいよね。ビックリしますよ」
「新参者勧誘で留守にしてたんだよー!」
そう。不幸な事にフィンレーさんはお仕事に行かれていたのです。神様なのに彼女は下っ端だから、私に行なったように神界に来たばかりの右も左も分からない者をシルフォル派へ誘うために出掛けていたのです。
存在価値を疑う神様です。
「フィンレーさんって小者ですよね」
「は? はぁ!?」
「まぁ、フィンレーさんも座って下さい。安心して下さい。乾かしていますからパンツは濡れません」
私は自分の横を叩いて彼女に示します。横倒しになった木ですが、太くて座りやすいのです。
「それ、私ん家の柱だったヤツー!」
と叫びながらも着席するフィンレーさん。この方は大変に素直な性格をされています。
「とりあえず、はい、ここを読んでみましょうか」
私は火事の後にしたためた頁を開きました。が、失敗。その数日前の頁となってしまいました。
◯メリナ新日記 14日目
酔いが覚めたらアデリーナ様は元に戻ってしまった。明日からは常に酔っぱらいになっていてもらおう。
なお、ガランガドーさんを見に行った邪神によると、彼はズタズタに切り刻まれた死骸に変わっていたらしい。おめでたい時に不幸なヤツですねぇ。
「嫌ー! どーして、これを私に読ませたの!? 新手の脅しかな!? 殺されるー! 助けて、シルフォル様ー!」
「いやー、普通に間違えました。すみません」
「……間違いだったんですね。ふぅ、驚いた。って、油断しないもん! ここにも邪神って出てきてる! 貴女はこの邪神の手下ね!」
「いや、どちらかと言うと邪神が私の手下かな」
「余計にヤバいー!」
「そう言えば、最近、邪神が結婚して子供を産んだんですよ。お祝いは何が良いですかね?」
「私に尋ねても答えはないのにー!!」
「もう。頁をめくって下さい。そうしたら、私の真意が分かりますよ」
「そ、そうなのかな……。でも、分かった」
◯新メリナ日記 13日目
宿に帰ったらルッカさんが訪問してきた。旅する5人は害悪にならないと判断して監視を終えたみたいです。
久々に2人で仲良く食事をしました。ルッカさんには何回も命を狙われたり、彼女の息子の息の根を止めたりと色々ありましたが、完全に和解なんでしょうね。
おめでたいのでお酒も頼もうと言ったけど、ルッカさんからもショーメ先生からも止められた。ベセリン爺にさえ、もう解除されたはずの禁酒令を盾に断られた。お酒様、会いたかったです。
「嫌ー! 息子を殺してるのに完全に和解とか、勝手に決めつけてるー! 異常に強靭な精神力ー!」
「まぁ、落ち着いてください。前日に遡っていますよ。頁が逆です」
「ハァハァ……神になって300年。ここまで声を張り上げさせられたのは、メリナ様が初めて」
「えっ、フィンレーさん、300歳なんですか? 見た目と違ってお歳だったんですね」
「……正確には人間だった時も合わせると450歳くらい」
「すげーです。150歳とか人間離れしてますよ。魔族だったんですか?」
「人間だって言ってるのに。聖女をやっていたせいで、規則正しく生きていました。ストレスがない生活だったから長生きだったんだろうね」
「えー、デュランの聖女なんてストレスしかなかったじゃないですか」
「あはは。メリナ様、聖女なんて世界中に溢れた称号だから。メリナ様がご存じの聖女とは違うかな」
「そうなんですね。でも、何やらフィンレーさんが落ち着いてきたようで良かったです」
「うん、ありがとう。そこらの灰や炭を見る度に突き上げてくる慟哭を我慢するのが大変だけど、何とか元に戻れたかな」
「そっかぁ。それも聖女だったお陰ですかね」
「かもかも」
「私も聖女でした」
「えぇ!? 飲みた過ぎて、お酒に様を付けちゃうのにー!? 邪神を手下とか言っちゃうのにー!?」
「半日も聖女の地位に居ませんでしたけどね」
「納得ー! 世界は救われたー!」
◯メリナ新日記 15日目
ミーナちゃんは透明人間達と戦うのを楽しみにしていたようで、止めたら大声で泣いた。
街中だったので人目が気になり、気絶させようとしたら戦闘になる。大振りの剣を躱し顔面に膝を入れて仕留めた。
生意気な子供へのお仕置き、少し気持ち良かったのは秘密。
「どういう状況なのか、一切分からないのが凄い。これ、私が知っている日記と違うし。泣いている子供に膝蹴りとか、鬼かな」
「じゃあ、フィンレーさんの日記を見せてくださいよ。鬼の部分を探しますから」
「私のは真っ白い灰になってるんだー。不っ思議ー」
「……不っ思議ー。あっ、この透明人間ってフィンレーさんも知ってるかも?」
「知らないけど、メリナ様が私の想い出の品とか一切合財、燃やしたことを私は忘れませーん」
「チッ……しつこいなぁ」
「聖女らしくない発言をまたしても頂いたかな」
「フィンレーさんも聖女らしくないですよ」
「私は人間の時は静かに生きていたんでーす。月下の白薔薇って呼ばれていたくらいだからね」
「うわ。自称で白薔薇とか真っ黒過ぎ。私、同じ名乗りをしていたヤツが身近に居たから、よく知ってますよ」
「失礼な。はい、生前の私」
「わっ。動く絵が出てきた! そして、しわくちゃ」
「それ、130のお祝いの時。懐かしいなぁ」
「瞬きしかしてないじゃないですか。生きてるんですか、こいつ」
「私だって言ってるじゃん!」
「へぇ。でも、今のフィンレーさんは騒がしいですよね」
「そうそう。神様の中には元聖女なんて、そこらにゴロゴロいるし。もう聖女の役割に縛られる必要もないかなって、昔に憧れた町娘っぽくしてるんだ」
「っていうか田舎っぽいですよね。その髪型」
「メリナ様、喧嘩売ってる?」
「売ってないですけど、フィンレーさんと拳で語り合えるかなぁ。一撃で沈みそう。でも、やります?」
「……罪無き子供にお仕置きをして、気持ちよかったなんて感想を吐く方は怖いんで、戦いたくないかな」
「んまぁ、酷い言い種。でも、許してあげます。で、この透明人間って誰のことか分かります?」
「分からないかな」
「シルフォルでしたー」
「へ? シルフォル様を襲おうとしたの、このミーナって子?」
「そうなんですよ」
「そりゃ、お仕置きされて当然だったね」
◯メリナ新日記 16日目
聖竜様との仲が進展する気がする。
明日は頑張るゾッ!
「これはサビアシース様の事?」
「聖竜様は聖竜様です。サビアシースとは全く別ですよ。スードワット様って言いまして、私の全てです。あの方の為なら、私は死ねる」
「こわっ。重っ。メリナ様って能天気に見えて、闇が見え隠れするね」
「失礼な。乙女の純情ってヤツです」
「あー、私も地上で恋とかしてみたいー」
「フィンレーさんも闇が見え隠れしてますよ」
「闇って。憧れだもん」
「思考を操作して、全ての男どもを侍らすんですよね。気持ち悪っ」
「もっと純愛! ……私、処女で終わった人生を後悔してるって言うか――」
「それ、純愛なんですか? 性欲にしか聞こえない。それに、しわくちゃのババァでは相手も居ないでしょう」
「若い時もあったの! はい、これ」
「……若いけど、これ、他人じゃないですか? この人、綺麗過ぎるもん」
「自分で言うのは恥ずかしいけど、美貌が凄すぎて高嶺の花だったって言うかなぁ。今の姿もその辺りは抑えているんだよね」
「あー、そのパターンですか。私の聖女の先輩も同じ状況でしたが、聖女を辞めた後は髪を剃ってチンピラみたいな格好と入れ墨をしましたよ。結果、荒くれ者と幸せな結婚をしましたね。美貌を隠すならそれくらいしないと」
「ちょっ! メリナ様の住んでいた地域はフリーダム過ぎー!」
「そうかなぁ」
「メリナ様からもフリーダムな狂気をビンビンに感じるー!」
「そんなことないですよ」
「ドラッグとかもナチュラルに決めてそう……」
「ドラッグ?」
「危ない薬の隠語かな」
「あはは。ないですよ。フィンレーさんこそ、意外にそういうのやってたんじゃないですか?」
「ないない。一番の薬で熱冷ましの座薬くらいだもん」
「座薬?」
「お尻に入れる薬」
「は? もしかして……穴に?」
「そうだよ。お婆ちゃんになってたから、グイッて挿れてもらったなぁ」
「……マジもんでとびっきりに危ない人じゃないですか、フィンレーさん……。えっ、信じられない……」
○メリナ新日記 17日目
人生最大の恥辱を思い出すと、余りの怒りで体の奥底から炎が迸ってしまいそう。
実際にそれに関する夢を見たせいで、寝ぼけて魔法を使ってしまいました。そして、友達になったばかりの家が全焼しました。
ごめんなさい。口では恥ずかしくて言えないので、文字でお伝えします。申し訳御座いません。
でも、神殿の新人寮が燃えた時も巫女の皆は許してくれたので、きっと今回も大丈夫。人間よりも度量が小さいなんてことは無いでしょう。
「え? これ、謝ってんの?」
「ごめんなさい。ちょっと私から離れてくれます? 変態が移りそう」
「座薬は普通だから。私の生きていた地域じゃ普通」
「そ、そうなんですか。世界は広すぎる……」
「で、ちゃんと謝って欲しいんだけどさ」
「謝ってますよ。ほら、書いてる。読めます? 私の住んでいた王国ではこれで許されます」
「え……。あっ、でも、そっか。子供を殺しても許されてる地域なんだっけ……。信じられないし、納得もし難いけど、ここは文化の多様性を重視して――」
「さてと、私の謝罪が受け入れられたし、フィンレーさんも無知を反省したことですので、シルフォルを倒しに行きましょうか」
「ちょっ! 何を急に言うのかな!」
「日記を読んでいて思い出しました。あいつ、アデリーナ様ってか私を殺そうとしたんですよね。2度と逆らえないようにぶん殴ってやりましょう」
「ダメだって!」
「大丈夫です。あっ、そうだ。フィンレー派を立ち上げましょう。これで真っ当な派閥抗争だから、シルフォルも逃げずに受けて立ってくれるかな」
「冗談でも危ないって!」
「座薬よりはマシです。悍ましい。多様性にも程がありますよ」




