マイアさん、何もできず
☆マイアさん視点
メリナさんが焼かれる前の時点から
メリナさんの殺る気と魔力は十分。あれだけの魔力を体内から放出できるって、もう大魔王を越えた存在なのかもしれない。
フロンと呼ばれる魔族が魔法障壁をメリナさんのいる部屋に通じる扉の前に展開する。ルッカとヤナンカも加勢。
私は……しない。メリナさんがもしも敗北した時に備えて、反撃役のミーナの盾になるつもりだから。
あと、あの問題を解決しておかねば。
「イルゼ! アデリーナさんにお酒を!」
私に忠実なはずの聖女は顔を横に振る。
「言うこと聞いてくれたら、デュランの民にメリナさんを信奉するように命じるから」
無視される。時間が惜しいのに。
どうする?
「私とメリナさんの出会いを語ろうかしら。貴女、少しでもメリナさんの情報が欲しいんじゃなくて?」
コクリと頷く。喋れよ、とは思うけど何とか間に合った。
イルゼは地上で酒を調達し、直接、アデリーナさんの所へと転移したようだ。
女王が酒瓶を持って、階段を上がってきた。
「アデリーナさん、状況は把握していますか?」
私の言葉に無表情なまま、今代の国王は口を開く。
「くしゅん」
ん?
「すみません。何か鼻がむず痒いので御座います。くしゅん。あれの毛のせいで御座いましょう。迷惑で御座いますね」
「……戦えますか?」
「くしゅん」
……無理かもね。
こっちの心配を他所にメリナさんは魔法を発動する。私の魔力感知は膨大な魔力に乱されて、全く働かない。
「クッ、化け物、ちょっとはこっちに遠慮してよっ!」
フロンがメリナさんの全力を罵る。それに悪意は余り乗ってないくて、それなりに信頼関係は築けているのでしょう。
「ほんとクレイジー」
「やばいよねー」
抜きん出た実力を持つルッカとヤナンカもぼやく。扉は無事。恐らく、メリナさんの配慮もあるし、3匹の魔族の誰かが向こう側にも障壁を展開しているのだろう。
「あっ、死相が薄まった……」
勝ったか?
部屋の向こうはまだ魔力が渦巻いていて、状況は分からない。
「くしゅん」
片手剣を持つアデリーナさんのくしゃみだけが広い室内に響く。
「ティナが!!」
聞こえてきたのは、少年の声。
焼け焦げた仲間の死体を見ての悲鳴、メリナさんが勝ったのだと安堵したが、すぐに息を飲む。
復活した魔力感知で、動かないメリナさんとその傍に立つ敵を確認したのだ。
「マイア様、行って良い?」
「ミーナ、待ちなさい!」
あのメリナさんが一瞬で負けた?
有り得る?
「幸か不幸か、息の根は止められていないみたいですね、くしゅん」
メリナさんと仲が良かったはずのアデリーナさんが動揺もせずに呟く。
「皆の死相が薄くなったよ、アディちゃん」
「……それ、メリナさんの攻撃が原因で全員が死ぬっていうことだったのでは御座いませんか?」
「あはは、そうだったりー」
ヤナンカだけが笑った。
「幾ら巫女さんでもそこまでクレイジーじゃないんじゃないかな……」
ルッカでさえ歯切れが悪いのは、その可能性が高そうだと内心感じているから。
となると、結果として世界を救ったのは敵側となるのだろうか。
「皆、行かないの? ミーナ、うずうずしてきた!」
今にも飛び出しそうなミーナを止めるべく、アデリーナさんが彼女の胸前に剣を水平に出して言う。
「ミーナさん、お待ち下さい。あのバカはバカですが、ただでは起きないヤツです。暫し、見守りましょう」
確かにそうだが……。
「アディちゃん、死相は薄まっただけで消えた訳じゃないよ」
そう。敵は敵。私達も襲いに来るなら立ち向かう。だから、アデリーナさんも含めて万全の臨戦態勢。特にミーナの戦意が物凄い。我慢しすぎたのか、殺意さえ迸っている。
しかし、彼らは立ち去って奥へ向かう。私達の存在に気付いていたのに見逃された。
「多少の屈辱を感じましたが、くしゅん、それを返すのは後日としましょうか」
「ワットちゃんが危ないねー」
「ミーナが行くよ! 全然、戦えてないもん!」
「その前に巫女さんをケアしないと」
扉を開けると、熱気と共に大きな炭が目に入る。女性の丸焦げ遺体。それが今のメリナさんだった。これで生きているのが信じられない。
優秀な術士である私達が手を凝らしても、メリナさんは復活しなかった。その内に、メリナさんの体はどこかに転送された……。
「アデリーナさん……?」
「くしゅん。もしかしたら、メリナさんは天国にでも行かれたかもしれませんね」
「えー、ミーナ、まだメリナお姉ちゃんに勝ってないよぉ。生き返らないかなぁ」
冷酷な笑みを浮かべるアデリーナさんは人を指導する立場としてなら問題は余りないけど、ミーナね。ちょっと教育を間違えたかしら。
「聖竜様を助けに行かないと」
「無理よ。メリナさんが負けるにしろ、もっと相手が消耗している前提だったもの。……今は犠牲を少なくした方が……」
「ルッカ、メリナさんが殺されなかったのです。聖竜様も同様でしょう」
「それでも――」
「えっ、メリナお姉ちゃん、生きてるの! じゃあ、ミーナも待つ! まずはメリナお姉ちゃんに勝たないとあの人達に勝てないもんね」
その後、私達はワットちゃんの様子を魔力映像で伺う。メリナさんが瞬時に完全敗北する様な相手なので、ワットちゃんも抗う術なく撃沈することでしょう。
予想通り、ワットちゃんはティナという若い姿の女に遊ばれて終わった。
「どうするー?」
「彼らが去ってから助けるしかないわね。幸い、アデリーナさんの言った通り、ワットちゃんを完全に殺す気はないみたいだし」
「ノーよ、マイアさん。逆転の一手が間に合ったわ」
ワットちゃんの哀れな姿を真剣に見守っていたルッカが喋る。常識外に強過ぎる彼らに対抗できる手段をまだ隠していたのか……。この魔族は本当に侮れない。
『魔族よ、平伏すが良い。神が降臨なされる』
ワットちゃんが精一杯の虚勢を張る。
そして、宙に現れた人物を見て、私は驚く。
フォビだ! 歳を食った顔立ちをしているが、間違いなくフォビ! 1ヶ月前のクリスラとか邪神の結婚式で見た時とは違う姿!
「傲慢なる魔族よ、我が古き友スードワットとの盟約に従い、滅せようぞ」
妙に偉そうな喋り方ね。
「魔族どもよ、頭が高いぞ」
同時に大きな火の玉を放つ。そんな物がメリナさんを倒した連中に効くはずもない。
案の定、敵はそれを普通に防ぐ。
「すまんが名乗ってくれないだろうか。お前が誰だか分からん」
「スーサフォビットと人は呼ぶ。普く世界を束ねる者。つまりは神である。愚者なる貴様らには、信じられぬだろうがな」
神とはっきり聞こえた。ヤナンカが震えているのに気付く。魔力の揺らぎからしたら怒りの感情に満たされているようね。フォビならブラナンを救えたのに、とかまだ思ってるのかしら。
「本当にあいつは神なのか?」
「あぁ、あいつは神だな。思い出した。あれはシルフォルのとこの奴だ」
火の玉の下で少年と大男がフォビの素性を確認する。
「シルフォルとは何かな?」
余裕のあるフォビの返しだけど、ヤツの動揺が私には分かる。
「やらしいオバサン」
「こら、アンジェ。悪く言っちゃダメよ。いつも上品で笑顔の方よね」
「スーサフォビット、俺だ、俺。ついこの間の例会の後に会っただろ。顔をはっきり覚えていなかった。すまない。俺とシルフォルが話していた時に、お前いただろ?」
以前にメリナさんへ可能性を伝えたけど、やはり神は複数いた。しかも組織立っている感じね。
「分からぬことを言う。神罰を与えようぞ。だが、その――」
「分かってるだろ」
少女に一喝されたフォビは、彼らともに消えた。が、すぐに再転移で戻ってきた。
異空間で話し合いか戦闘をしたものと予想される。
「命までは取らぬ。この地に居つくのも良いが、私の目は誤魔化せぬぞ。よいか、二度目はないことを肝に刻むが良い」
負けたか、フォビ。強いだけが取り柄のクズが敗北したら、只のクズじゃないの。
言い終えてから間を置かずにフォビは転位魔法陣を作って、それで移動しようとしたけど、相手方の妨害を受けたのか発動しない。
「スードワットよ。この魔族どもには呪いを掛けた。何があろうとも私の許可した範疇であり、私を召喚する必要はない。分かったか。降臨召喚する必要はない、ここが一番大事だからな」
まだ偉そうにしようとしているけど、素が出てきたわね。
その後、私達が2000年前に苦戦した大魔王ダマラカナが子守りとして大男の下に入ったことを聞く。驚いたフォビが、それでも納得したことで、私もそれが真実だと認める。
何てことなんだろう。あれだけ多くの犠牲を出して打ち破った大魔王があっさりと陥落するなんて……。
何故かフォビは向こうの少年のことをナベ先輩と呼ぶようになっていた。異空間で何があったのか。ワットちゃんも戸惑っているじゃない。
え? 少年をワットちゃんの補佐に任命?
ワットちゃんが尾を少し縦に振った。それ、竜が興味を持った時の仕草だよね。
うわぁ、メリナさんが知ったら絶対に怒ると思う。それこそ、大魔王を越える魔王が世界に再臨しそう……。




