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神界への初訪問

 最悪。

 煮え繰りまくってますね、今の私の心は。

 ティナに燃やされた後、私は四つん這いになったまま、マイアさんの部屋の前室に放置されました。

 それを思い出しただけで、噛み締めた上下の歯茎から血が滲む。

 屈辱の極み。


 あの時、私は服も髪も燃やされて、あられもない姿だったのです。そして、部屋に入ってきたナベから「違う! 尻を見ていただけだ。こいつは雌だったのかと」「待て! 尻しか見てない」「ふざけるな。尻の穴も見てない」とか、私を(なぶ)る発言をしやがったのです!!


 うぅ、あいつをぶっ殺すまではお嫁さんに行けない……。聖竜様、メリナは汚されました。あいつを始末したら、私を許して頂けますか。



 私が立つのは緑の芝生の上。空は青一面でして、遠くに輝くような白い立派な建物が見えていました。

 普通の状態なら、その美しい光景に心を奪われていたかもしれません。しかし、今の私の心は暗黒状態。殺意の塊でしかない。

 無論、服は魔力操作で作り出しております。黒い巫女服、それに身を包んでいます。結果、身も心も真っ黒。全てを闇で塗り潰してやりたい。



「やっほー。貴女、初めての訪問かな?」


 突然、真横に能天気な声と顔をした女が現れる。年の頃はアデリーナ様くらい。つまり、私よりちょい上。


「あん?」


 やさぐれている私は喉の奥からの低音で答える。


「あはは。ここは神界。貴女は誰の紹介で来たのかな?」


 何を笑ってやがる。

 負け犬メリナを笑ってやがるのか? 殺すぞ。

 私は無視して進む。


「あー、待って。紹介者を教えてくれないと向こうに行けないんだよ。私の名前はフィンレー。よろしく」


 勝手に喋ってろ。

 

「もう強情だねぇ。でも、私は貴女みたいな生意気なヤツには慣れているから大丈夫」


 こいつの笑顔が憎い。だから、足早に立ち去りました。

 しかし、前に見える白い建物は、どれだけ歩いても近付いているように見えない。そこに辿り着いたところで、私がすべきことはないのだろうけど。


「用件を伝えてもらわないと通せないなぁ」


 また、あの女が現れた。私が察知できない程に転移魔法が鮮やか。


「迷子とかだったら送り返すよ。って、貴女、記憶を読ませない工夫をしてるのかぁ」


 なんだ、それ? ……ティナの仕業か。

 ダンやアンジェに対しても誤魔化す必要があるとか言っていたはず。クソ。勝手に他人の体内に細工しやがって。


 甘言で油断したとは言え、迂闊でした。戦闘力では対等だったのに、頭脳戦で負けた。邪神を召喚しておけば良かったのか。


 しばらく歩く。ずっと歩く。

 足下の草はきれいに刈り揃えられていて歩きやすい。訪問者への配慮か。でも、今の心境的にはそれさえも鬱陶しい。


 しかし、ふむ、おかしい。

 いつまで経っても前進してないんじゃないか、これ? 幻像を見せられてるのか。

 ……ちょっと疲れてきた。



「飲み物いるかな? 水飲む?」


「……頂きます」


 自分で出しても良かったけども、私は女の申し出に従う。怒りがだいぶ退いていたからだと思う。


 出された水に魔力的にも味覚的にも異常がないのを確認してから、一気に飲む。


「うまっ。邪神の水くらい旨い」


「あはは、褒められてない気がするぅ」


 確かに。

 邪神の水って聞くと、酷く澱んでそうだ。



「邪神ってのが紹介者かな? お名前、分かる?」


 その紹介者を伝えないとあちらの建物に行けないって言ってたっけ。仕方ないか。答えてやりましょう。

 

「いいえ。そいつは自称が邪神なだけで、神でなくて精霊です」


「そっかぁ。でも、やっと口を聞いてくれたね。フィンレーは嬉しいよ」


 私も大人気(おとなげ)なかった。

 この女の人に怒りを見せても何も始まらない。ここは神界。神達が住む場所。

 ならば、ここをティナの名前を騙って破壊し尽くすか。……いや、違うな。それでは、ここを混乱に陥らせたいあいつの思惑通り。

 私がすべきことは反対でしょう。ティナがこの世界を奪おうと考えていることを喧伝し、他の神々があいつに刃を向けるように仕向けるのです。


 とすると、ここに転移させた者をティナとすることはよろしくない。紹介者を悪く言っても説得力が無さそう。


「私の守護精霊はサビアシース様なんです。竜王とか聖母竜とか呼ばれてるのかな。あの方にお呼ばれしてます」


 一転して、私がにこやかに喋ったことに驚いたのでしょうか。

 女の方の反応が少し遅れました。


「そ、そうなんだぁ。へぇ、サビアシース様? ……珍しいなぁ」


「本当ですよ」


 嘘だけど、堂々と答える。


「うんうん。その記憶を読ませない術は凄いもんね。信じられるよ」


 私は歩みを再開する。芝生を踏み締める音がやっと心地好いと感じることが出来ております。


「貴女のお名前は? まだ聞いてなかったよね」


「遅れてすみません。メリナです。竜の巫女メリナです」


「そっかぁ。サビアシース様がお守りになられている方に相応しい二つ名ね」


 ピクリと私の眉が動く。私は聖竜様の巫女であり、あいつの巫女ではない。

 聞き捨てならぬ言葉でしたが、この人を殴り付けて教育する必要もないか。


「他の神様とか知らないかな?」


「地母シルフォル、フォビとかは知ってます」


「あら!! そうなの!?」


 女の人が私の両手を握って、超笑顔で喜びます。


「私もシルフォル様の下で働いているのよ。まぁ、奇遇。フォビ様は存じ上げないけど、もしかしたらスーサフォビット様かな。それとも、カーマフォビター様かも。どちらもシルフォル様の下で活躍されているのよ!」


「はぁ」


「メリナ様、貴女も私達と一緒にシルフォル様の下で神様をしない? きっと世界のために活躍できるわよ!」


「はぁ」


 なんだ、この勢いは……。


「えーと、貴女も、えーと……」


「フィンレー」


「フィンレーさんも神様ですよね?」


「うん。そうだよ」


 失礼ながら、格下感がもの凄いですね。

 冒険者ギルドのローリィさんが神様になったら、こんな感じなのかな。


「そうだ! シルフォル様の活動を紹介しよっか。うん、そうしよう! それじゃ、メリナ様、一緒に転移しよ!」


 返事をする前に私はどこかの一室に飛ばされたのでした。フィンレーさんも側にいます。

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