スードワットの追憶
○2000年前
私達は湖の辺ほとりに設置した前線基地の一室で円卓に着いてた。窓から見える古名シャールドレバンテニス、清らかなる生命の湖を意味するそれの水面は、戦況とは違って、青い空に浮かぶ雲さえも綺麗に映すくらいに穏やかだった。だから眠くなる。
「何だと!? お前はカレンとワットだけで、あの化け物と対峙するって言うのかっ!?」
ブラナンの大声で肩がビクッとなった。誰にも見つかっていないかな。心配。
「まぁ、そういうこった」
「しかも、俺はここに留まれだとっ!? 俺が信頼できないのか、貴様っ!?」
「そんな事はねーよ。信頼しているからこそ残すんだわ」
「そうそう。カレンは死にに行くの。マイアが封印魔法を完成させるまでの囮だよ」
「ふざけるなっ! もっと良い方法があるだろ!!」
喧嘩は良くないよ。ドキドキするよ。
とても剣呑な雰囲気で難しい話をする彼らにつられて、私も真面目な顔をして黙っている。私は竜なので、威厳が大切なのだ。頑張る。眠気は吹っ飛んだ。
「ねーよ。時間が経つほどに魔王は強くなってやがる。今、あいつを倒さなきゃ、どうしようもなくなるぜ。10日もすれば、ここも放棄だって分かるだろ。そうなったら、もう、あいつの拠点には辿り着けなくなる」
隣の席に座るフォビ様はブラナンに頭を下げて、言葉を続ける。彼は私のご主人様である。
「ブラナン、済まない。カレンはそう言ったが、もちろん死ぬつもりはない。俺は死んだことがない。今回もきっとそうだ」
数年前に彼に敗北して以来、私は彼に臣従している。とても強くて、近くにいると居心地が良い。安心して眠れるんだよね。ご飯もくれる。代わりに戦ってくれる。
「フォビ!! 死んだら、どうするつもりだっ!?」
「ん? そうだな。もしも負けたら、お前は周囲の村の人間を連れて逃げてくれ。どこかで遠くで街でも作って俺達を待ってくれたら有り難い。なに、心配するな。お前なら良い指導者になれるさ」
「堅苦しい街にしないでよ、ブラナン。私に相応しい魔法研究所をこさえて待ってなさいよ」
これはマイア。彼女と2人で邪神を自称する古竜を倒したこともある。若いのにしっかりしていて、ちょっと羨ましい。
それにしても、人間は考えることが得意。命が短いから、のんびりする時間が足りないのかな。それはちょっと可哀想。
「ヤナンカもブラナンを補佐してくれ」
「りょーかい」
ヤナンカは戦いに乗り気じゃないみたい。でも、足をブラブラさせていて、とても余裕があるなぁ。見習わないと。
「いや、ヤナンカはマイアを助けてやれよ! 街作りなんざ、俺だけで十分だ! 今は戦力だろ!」
「はぁ? 私に助けは要らないわよ。私は天才なんだから。魔王の側近だった、人間好きの魔族さんは王になるブラナンの補佐に最適よ。ほら、魔王や魔族が嫌がる街設計をしてくれると思うわ」
「だ、誰が王だっ!?」
「お前だよ、ブラナン。任せたぞ」
「ああ!? ふざけ――」
「頼む。任せた」
「――くっ! ワット! 魔王を倒せるのか!?」
わ、私?
「うーん、出来るかなぁ。魔力をグイグイ吸い取られるから辛いんだよ」
ご主人様が行くって言ってるから、私も覚悟はしているけどね。
「出来るさ、ワット。俺たちなら、きっと出来る」
うん、できる気がする。
「ワットちゃん、より一層、竜らしくなくなったよね」
む。そうかな?
ちゃんと人間の格好になったのに。この姿もお気に入り。いつも白い体だから、反対に黒くしてみたんだけどな。ご主人様は褒めてくれたんだよ。
「カレン、言っちゃダメよ。この会議に出たいからって、折角、人化してくれているのに」
そうそう。昨日は2足歩行を覚えるために頑張ったよ。
「ワットちゃんは竜の姿が一番だと思うよ。だって、美味しそうだもん」
カレンは相変わらずだなぁ。本当に食べそうで怖いよ。
「ハハハ、仲間を食おうと思うなよ、カレン。さて、ブラナン、じゃあ、行くわ」
「止めても聞かんよな、お前は!! ……絶対に皆を連れて戻って来いよ」
「あぁ、約束だ」
楽しかった仲間はその日でバラバラになった。
カレンは死んだ。大魔王に強烈な魔法を放たれ、それに対して動けなかった私をカレンは殴って吹き飛ばし、代わりに魔法を正面から喰らった。
私のお尻近くには彼女に殴られてできた跡がある。カレンの拳の形の陥没。これは彼女が生きていた証で、私への決死の贈り物で、だから、ずっと治さないつもり。
マイアは石化していた。大魔王を封じる為の石化魔法は諸刃の剣だったのかな。ご主人様と一緒に頭を下げて感謝の念を伝えた。石化していても聞こえていたら良いなぁ。
その後、寂しい思いはあるけども、遅かれ早かれの別れだからと自分を言い聞かせて、私はご主人様と旅に出た。
旅の目的は教えてくれなかったけど、どうも2人を生き返らせる方法を探っていたみたい。具体的には蘇生魔法の探求なんだと思う。
数年の旅を終え、私達は元の土地に戻る。だいぶ離れた所に、ブラナンとヤナンカが村を作っていて、人間の逞しさに感心する。もう子供が増えているんだもん。竜では考えられない。
ご主人様とはこの時に別れた。
神を目指されるらしい。喜んで送り出す。神ってのは誰よりも強い人のことだもんね。ご主人様が強くなることは大変に良いことです。
魔王の石化具合を見張るためという理由で、私は湖の畔の地下に新居を与えられた。これもとても嬉しい。
お母さんに「人間を背中に乗せるなんて穢らわしい」って怒られなくなったし、好きなだけ寝てることができるし。天国です。この地位は誰にも譲ってあげないよ。
○1800年前
いつの間にか私の住まいの上に街が出来ていて、しかも、私を奉る神殿も設けられていた。
気紛れで竜語の分かる人に話し掛けていたのが良くなかったのかな。
私は神となったご主人様の使徒に任命された。各地に他の使徒もいるらしい。気配も感じられないけど。
これくらいから、ご主人様と呼ぶのも止めて、あの方と言うことにした。そっちの方が威厳が有りそうだから。竜は威厳を尊重する生き物なのです。
しかし、あの方は本当に神となられたんだなぁ。人間なのにまだ生きてるもん。
許可なく住まいから出られなくなる代わりに不死になる神様の加護っていうおまじないをしてもらった。
これで侵入者が来ても安心して眠れる。
竜の性なのか、自分の巣に侵入者が来ると興奮してしまうんだよね。
○1000年前
いつも快眠で満足している日々。
たまに魔王の状態をチェックして、適当に地の魔力の噴出量を上下させるだけ。
基本は睡眠。
本当に暇な時は気紛れに竜の巫女とかいう人達に話し掛ける。すごく私を敬ってくれて、何だか自分が偉くなったように感じる。うん、でも、あの方の使徒なんだから偉くて当たり前。あの方の存在は教えたらダメと本人から言われているので、絶対に喋らない。
「元気にしていたか?」
突然にあの方が私の前に現れる。
『ハ、ハハァ!』
「わはは、ワットさぁ、お前、その口調なんだよ」
『み、巫女に『えー、ちょっと威厳が足りない感じ』と言われましたもので……』
「巫女ねぇ。皆、可愛いよね。って、まあ、なんだ、俺しか居ない時は、前みたいに喋ってくれよ」
気さくだけど、この方の成長が分かる。前よりもずっと強くなっている。どれだけの修練をこなして来たのだろう。
人間って恐ろしい。竜と違って毎日何かをしているから、同じ寿命になったら敵わない。ううん、この方が特別なんだろうな。きっとそう。
「でさ、ちょっと人化しない?」
私も成長して大きくなったからか。
従っている側の私が見下ろす状態ってのも良くないもんね。
私は1000年ぶりくらいに人の姿になる。
「いやー、やっぱ、巨乳で頼んで良かった。スゲーな。うは、眼福」
人化する際に肌の色は私が選んだ。でも、姿形はこの方のアドバイスに従ったんだったっけ?
「グッと来るね。グッ、グッ、って。わはは」
『ハァ……』
マイアが『女好きのクソクズ野郎』って、この方を蔑んでいたのを思い出す。竜の私でも良いのだろうか。
ってか、私が無理だ。信頼はしているし、尊敬もしてるけど、それは強さの面だけで。人間に恋するなんて、コオロギとかトンボに恋するとの同義だもん。まだミミズの方が竜に姿が近いからか恋愛対象にできる気がする。無理だけど。
「シルフォさんと働いてる。今はしばらく振りの休暇」
『マイアの師匠かぁ。まだ生きてるってことは、やっぱり魔族だったんだ。うまく偽装してたなぁ』
「……うん、そうだね。まぁ、ワットが元気そうで良かった。ヤナンカ達にも出会ってくるわ」
この方は強くなったけど中身は変わっていない。カレンもマイアも居なくなったけど、昔の仲間は忘れていない。嬉しい。
地の魔力の調整をミスったことがあった。地上では魔物と獣人が増えて大変なことになった。慌てて減らしたら、魔法使いが減って、シャールの街は南の遠くの街からの軍隊に負けた。反省。どうしたら良いか分からないから触らないことにした。
ヤナンカにもこの頃に再会した。地の魔力の調整権が欲しい云々って言っていたけど断った。ヤナンカは優しいから特に反論なく去ってくれた。
○500年前
最近はよく眠れる。心配事がないからだと思う。平和大好き。
そんな日々だったのに、魔族が私の巣穴に侵攻してきた。100年に1度くらいの頻度でそういった事はあったけど、ここまで来れたのは1500年間でヤナンカだけ。
番の雄っぽいのを連れた彼女は気丈に振る舞っているけど、ひどく疲れた雰囲気をしていた。
「貴女が聖竜様? 何でも願いを叶えてくれるって聞いたんだけど、私を殺してくれない?」
それがルッカとの出会いだった。
彼女は魔族で、長い寿命の中で辛い体験を何回もしているのだろう。
「良いけど……死ぬの怖いよね。痛そうだし」
私の何気ない返答にルッカはキョトンとして、それから笑った。
彼女とは長い付き合いになった。あの方も現れ、自分の娘だと言い張る事件もあった。孤独の中で何百年と生きたルッカは戸惑いと怒りで反発していたっけ。和解してルッカが天使と名乗った時は私も吹き出したと思う。
楽しい時期だったけど、結局、ルッカはヤナンカの手引きで自死することを選んだ。
私は再び巣穴の奥で静かに任務に就く日々となった。
寂しさを紛らす為、巣穴を拡大した。
○60年前
100年単位で深く寝入って、目が覚めるとあの方がいた。
『こ、これは失礼致しました……』
「いいよ。ってか、敬語は止めろよ」
『強者に平伏すのも竜の本能でして』
「初めて聞いたよ。本当かよ」
『何用でしょうか?』
「ん? あぁ。ちょっと久々に一緒に空を飛ぼうか」
気付くと、満天の星の下に居た。極めて鮮やかな転移魔法。2000年前も凄かったけど、あの時よりも魔法技術が遥かに向上している。
「でかくなったな。跨がっても安定しねーよ」
『申し訳ありませぬ』
「いいよ。お互い歳を喰ったからな。変わってないのはヤナンカだけだったぜ」
『会われたのですか?』
「あぁ。楽しかった」
ご主人様はご満悦だった。
私も楽しい。
風景はかなり変化しているけど、ご主人様を背中に乗せて、湖の上を滑空する。向かい風を顔で味わい、翼で雲を切る。自由だった頃を思い出す。
「悪いな、ワット」
突然のご主人様の謝罪。
「カレンは復活させられない。誰にも無理だ。そんな結論になった。姿形は似せられても、それはカレンじゃない。失った魂は神でも取り戻せないらしい」
2000年。そんな長い時間を掛けて得た結論。ご主人様は気落ちしているのかもしれない。私は慰めるように昔の冒険の地を飛んだ。
◯現在
メリナに出会う。
突然に目の前で現れた瀕死の子供。気紛れで助け、十数年後に再会した。
ルッカの封印を解き、マイアを復活させ、正気を失ったブラナンとヤナンカから人々を解放した。
あの方と一戦を交え、戦闘能力ではあの方を凌ぐとさえも評されていた。とんでもない逸材。私に向けられる謎の狂気は嫌だけど、最も頼りになる巫女の1人でもあった。
そんな彼女が一瞬で炭になっていた。身動きもしない。私を守るため身を挺しての結果。死んではなさそうだけど、忸怩たる想い。必ず敵は取る。メリナちゃんの悔しさも追加して、奴らをぶっ殺してあげる。
でも、そんな気概は早々に粉砕されまして、今の私は無数の杭を打ち立てられて瀕死です。神様の加護で死ねない身だけど、もう精神的にダメです。侵入者に負けました。
あー、急に想い出が頭の中を流れた。これ、死ぬ間際に見るってヤツだよね。
くぅ、最後に青い空を飛びたかったなぁ。




