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悪神の誘い

 ティナの攻撃は速いけど軽い。これは弄ばれているのでしょう。傷付けられても治癒魔法が余裕で間に合う。

 頭部や胸を刺されても私は死なない。本当なら致命傷だけど、剣が引き抜かれるまでに治癒が間に合うから。


「人間とは思えないわね」


 ティナの声が聞こえた。これだけの連撃なのに、まだ息を切らしてない。辛抱の時間はもう少し続くのか。


「魔族でもないし、貴女、面白い」


 そうは言いながら、ティナの細い剣が私の肩と左胸を貫通する。


「ナベより興味深いわ。出会えて良かったわ」


 私は相変わらずの治癒魔法。反撃の機会を待ち続けます。


「ねぇ。貴女は私に出会えて良かった?」


 知るか! 氷の槍を至近距離から連射。

 が、全てを無効化される。恐らく魔力を吸収された。魔法攻撃は厳禁ですね。相手を強化してしまう。


「死んどけ!」


 左拳をティナの剣先に合わせ、自分の手の甲から肩口にまで真っ直ぐに貫通させる。これで剣の動きを止めました。

 相手は片腕が焼け落ちていて、右手、つまり、私から見て左側ががら空き。そこへ蹴りを試す。

 電光石火の一撃がティナの腰を襲う。


「残念。当たらないわ」


 さらりと避けられ、足から飛び出た衝撃波が向こうの果樹園とか小屋を跡形もなく吹き飛ばす。灼熱地獄が出来上がったと表現しても良しです。



「ちょっ、何してくれてんの!? 私の家が吹き飛んだじゃない!」


 あら? それはすみません。

 でも、お前が避けたせいだから、私は悪くない。


「ごめんね。本気になるわ」


 さっきまで明るかったのに急に天の光が失くなり、ティナの顔が赤い炎に照らされる。顔の陰が深く目立ち、怒っておられるように見えます。


 危険を察知。

 さっきより鋭いティナの剣が私の頬から下顎へと貫通する。顔を振らなければ顔の真ん中を突かれていましたね。速さは勝てないと再認識。

 だから、私は密着したままのティナの腰に両手を回して締め付ける。


「生意気ね!」


「お前ほどではありません!」


 口から内臓を吐き出せ!!

 グッと力を込める。

 ティナが唾を私に吐き掛ける。無論、そんなものは問題視しない。汚いけどダメージにはならないから。


「熱っ!!」


 普通の唾じゃなかった! 顔が焼ける!

 魔法!? それとも毒!?


「人前に出せない顔にしてやるから」


 その言葉で安心する。死には至らないと知ったから。


「黙って死ねぃ!!」


 ティナの体は大変に頑丈で中々破壊できないので、頭突きで襲うことにしました。私、頭の堅さにも自信あります!

 もう一度唾を吐こうとしたティナの開いた口に向けて、超高速の攻撃を見舞う。


「がはっ!」


 何本かの歯を折ったのを確信。衝撃でティナの剣が私の顔から外れる幸運もありました。

 勝てる。

 そう思って、血塗れになった綺麗なお顔を拝見しようと顔を上げた瞬間に、ティナの脳天が私の鼻を襲う。


「グッ!」


 折られた! 鼻の骨どころか顔面の骨全部を破壊された! 眼もやられた!!

 即座に回復魔法。でも、全然回復しないので、体内の魔力を自力で動かして自然治癒力を飛躍的に高めることで何とかする。


「絶対、人間じゃないでしょ!」


「お前こそ!」


 その後、何回もお互いに殺す気で頭突きを繰り返す。


「「サッサと死になさい!」」


 最終的には声まで合わせて額と額を激しくぶつける有り様でした。

 激しい衝突に魔力の粒子が溢れ返り、それが雷となって天空へと昇りました。


 ティナが私を押して離れる。首と頭に力を込め過ぎて、締め上げていた私の腕が緩まったせいでしょう。

 しかし、タフ。あれでも生きてやがるのか。これは長期戦必至ですね。

 ……こんなのがあと2匹もいるなんて……。



「魔法対決に変えようか? 肉弾戦じゃ殺せないって分かったわ」


 ティナが訊いてくる。


「どうせ互いの魔法を吸収し合うことになります。時間の無駄です」


 私の返答にティナは満足した顔をした。


「あはは、正解。……貴女を認めるわ。ここらで終戦としない?」


「しない。聖竜様を守るのが私の使命。それが生きる意味」


「じゃあ、聖竜様を襲うのを止めるから。約束するわ。私は貴女に興味を持ったの。貴女の望みを何でも叶えてあげる」


「お前らの死以外に望むものはありません」


 ちょっとティナの言葉に心を動かされました。でも、ブラフかもと思い直してはっきりと断りました。


「貴女の思考と記憶を読ませて貰うわよ。欲望を持たない人間なんて居ないもの」


「嫌です」


 拒絶は無駄だと分かっていました。ティナのねっとりとした魔力が私の体内に侵入し、去っていく。もちろん、その魔力が近寄らないようにしたのですが抗いきれませんでした。



「竜王サビアシース、地母シルフォル、あと知らないヤツ。あはは、貴女、やるわね。3柱もの神々に喧嘩売ってるじゃない」


 完全に読まれたか。


「私達も入れたら6柱か。豪胆ね。凄いし偉いわ。メリナさん、うん、仲間になろう。私と貴女は馬が合うわよ、きっと」


 ティナの笑顔は女の私にも眩しい。思わず、頷いてしまいそうになりました。

 が、ここで私はカーシャ課長が「ティナが一番怖い」と呟いていたことを思い出します。


「どこの馬の骨かも分からぬ者と仲良くなれるはずがありません。構えなさい。滅ぶまで相手をしましょう」


 キリリとティナを睨む私。それに対してティナが口を開く。


「あー、じゃあ、こうしよっか。聖竜様の性別を完全に雄にしてしまお。魔法とかで変身するんじゃなくて、デフォルトが雄」


 ピクリと私の眉が動く。


「メリナちゃんにぞっこんにすることもできるけど、それは貴女の望みじゃないみたい。偉いわ。自力で自分に靡かそうとする努力、とても乙女チックで素敵だわ」


「そ、そうですか……」


 油断はしませんよ!


「2匹はお似合いよ。結婚式には私も呼んでね。祝福してあげる。楽しみだわ」


 …………。


「え、えー、そうかな……?」


「メリナちゃんは色々と頑張ってるから聖竜様も意識しないはずないじゃん。バカだなあ」


 …………。


「ティナさん、貴女の目的は?」


 拳を下ろした私にティナさんは満面の笑みでした。かわいい。美しい。


「この国を訪れた理由は暇潰しよ。でも、私の本来の目的は、この世界を他の神様から奪うことかな」


「そんなものに私が協力するとでも? 世界は聖竜様の物なのに」


「あー。メリナちゃん、現実を見ないと。この世界は神様達が支配しているの」


 ティナが言い辛そうに語って来ましたが、私の心は離れます。


「そんな戯れ言は聞けません」


 私は構えて、再び攻撃体勢に入る。


「でも、そうね。事が終わったら、聖竜様に全世界を献上しよっか。2人きりの幸せな生活がもう少しでやって来るね」


「ふん。既に全世界は聖竜様の物ですが、フォビとかシルフォルとか不遜な者が暗躍しているのも事実です。……手を組みましょう」


 私とティナさんは握手にて和解します。


「で、気になったのですが、ティナさんは神じゃない?」


「ううん、神様には違いないわ。この世界では最近なったばかりだけど。本職は別の世界の神様で、この世界を奪いに来たの。あっ、秘密だから喋っちゃダメよ」


 よく分からないので聞き流す。


「善は急げね。今後の事について今から打ち合わせをしましょう。まずは竜王サビアシースを殺そっか」


「はい」


 私は即答しました。

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