対ティナ戦の開幕
マイアさんの居室に戻ると、手筈通り、即座にルッカさんが手前にある師匠の部屋へと私だけを転送します。
転移前に浄火の間で魔力を十分に補充しております。なので、間髪を置かずに体内から放出して練り上げてます。並みの者なら、この魔力に触れただけで、どうにかなりそうな濃度です。
珍しく師匠もマイアさんの居室に入れさせて貰っているようですね。師匠と謂えど、犠牲者が出なくて良かった。
「じゃ、今から開けるからね」
私が対面する大きな両開きの鉄扉の向こうからティナの声が聞こえた。
私の存在とこの莫大な魔力は当然に気付かれているでしょう。あいつらも魔力感知に勝れているみたいだから。
しかし、この魔力量に怯みもしないとは……。
「ナベ、端に寄っておいてね。開くと同時に来るよ」
ふふん。壁さえも溶かす極大の炎をお見舞いしますよ。だから、通路の端に寄った所で無意味です。
高速回転する魔力の球が良い感じで悲鳴を上げ続けているのを横目で確認します。準備完了。
「行くよ」
来なさい!
扉が開き、ティナの顔が覗く。瞬間に魔力を一部解放!! 計画通りに全てを蒸発させる炎が飛び出――なっ!!
炎を突っ切ってティナがもう目の前まで迫っていて、ヤツの手が私の首に伸びる!!
前掛かりになっていた私は、それでも咄嗟に自分のコピーを作り出して囮にする。ルッカさん対策で100体以上を作った経験が活きました。とてもスムーズ。
って!? 騙されないか!!
獄炎に包まれながらもティナは動かないコピーを体で押し退け、突進を止めない。
何でこいつは焼けてないのよ! ガランガドーさんなんて瞬殺だったのに!!
とは思いつつも私も体勢がさっきよりはマシになっています。超高速の横蹴りを繰り出す。
それを炎の中のティナは片手で受ける。
吹っ飛べ!! 更に力を込め腰をフル回転させ――えっ!?
ティナのフリーな方の手がそれよりも早く私の首をギュッと絞め、同時に意識を失いました。
気付けば、私は土の上に倒れていました。日射しがある……。
油断した? いえ、あんな瞬時に迫られるのは想定外。くそ。でも、生きているならまだ機会はある。
「目覚めた? とんでもない魔法と物理攻撃ね」
ティナが胸の前で腕組みをして、私を見下ろしていました。飛び掛かるにはちょっと遠い。
とりあえず、立つ。警戒は怠らない。2度と先程の失態は踏まない。
「あんなもん放ったら、地上にも影響出て、街の住民は全員死んでたわよ」
「お前らを殺せるなら、それは必要な犠牲です」
もう放ち終わった後ですし。
「あのさ、思っきりの良さは褒めてあげるわ」
殴り掛かって、勝てるか?
こいつの異様な速度は転移魔法じゃなかった。私には未知の技だ。
「気を遣って誰も殺さないようにしてんだからさ、気付いてよ」
ティナはまだ喋るつもりだ。私は観察を止めない。周囲にティナ以外に控えている者はいない。
「今、私以外に敵が居ないか探したでしょ? 良いわよ、教えて上げる。ここは私の領域空間。私達以外に誰も居ないし、入って来れない。ついでに時間の流れも違うから100年くらい戦っても、あっちじゃ一瞬よ」
こいつが所有する異空間って事か?
随分と長閑な場所です。遠くに小さな木造の小屋、果樹園に畑。極めて牧歌的。浄火の間とは全然違う。
「負けを認めろって言っても聞きはしないだろうから、一戦交えよっか?」
言っている事と違って、爽やかな笑みですこと。アデリーナ様に教えてやってくださいな。
「無論」
私は左腕を前に出す形で半身になって、戦闘に備える。これは幼い頃からお母さんに教わっていた構えで、王都の近衛兵に伝わるものだと聞いたことがあります。だから、アシュリンさんとも同じ。
思えば、最近はこんな基礎的な構えは全くしていなかったなぁ。
「良かったわ。じゃあ、私もこの焼かれた腕の恨みを晴らそうかしら」
ティナが腕を解くと、彼女の右腕がポロリと地面に落ちた。音と色からして焼かれて炭化していたんですね。
私の渾身の魔法が効かなかった訳じゃない。若しくは、横蹴りが効いたのか。
ティナは無事な方の手で細い剣を抜く。
「一回死んでおこうか。安心して。蘇生魔法は掛けてあげるから」
「いえ、貴女こそ死んでおきましょう。安心してください。私が蘇生魔法を使って上げますから」
軽口で返す。蘇生魔法なんて存在しないのに。
と同時にティナが私の背後に回ったことを知る。
ほぼ勘だけで体を回して裏拳で迎撃。
「グッ!!」
その腕を肘で切断される。信じられない。今の私は相当に硬いはずなのに。そもそも、その細い剣はコリーさんのと同じで刺突専用のヤツですよね。そんな風には切れないでしよ!
「これでおあいこね」
動きを止めたティナ。私の間合いで喋るなんて、自信と余裕の現れなんでしょう。私は血止めをしない。造血魔法もギリギリまで我慢。
「ですかね」
脛を狙っての回し蹴りを試みる。
「無駄」
「ですよね」
私の足をやり過ごし、ティナが無防備な背中を狙ってきたのを感じ取る。
そのまま来い!!
「ふーん、やるわね」
もっと絶叫とかが欲しかったのですが、私の罠に嵌まったようです。
転がっていたはずの切られた私の腕がティナの足首を握り潰したのを確認します。魔力で遠隔操作しました。
「切断した手も動かせるの? 流血を止めないから、その程度の技量だと勘違いさせられたわ。でも、女の子なのに不気味だから、こういうの止めた方がいいよ。好きな人にキモって思われたくないでしょ? 魔力の動きをギリギリまで伏せたのは凄いけどね」
ティナとの距離は十分。相手もそれが分かっていて会話を求めてきたのでしょう。
足首の関節が破壊されたせいでブラブラだと思うのに、ティナは顔色も変えずに、己の足を掴む腕に細剣を突き刺して剥がし、そのまま弧を描く美しい剣の動きで、私へとそれを投げ寄越しました。
「それ、治して良いよ。私は片腕で、貴女は両腕。正しくハンディね。うふふ」
まだ余裕があるのは気にくわない。
地面に這いつくばせて涙と嗚咽の反省が欲しい。その上で殺してやります。
「じゃあ、もう少し楽しもっか」
ふん。
構え直した私にティナは突撃をして来ます。また動けなかった……。足首の怪我、そのままでしたよね……?
機先を制された私は防御一辺倒でして、1年前の諸国連邦対王国の模擬戦でお母さんとの決闘になって、殺され掛けた事件を思い出します。
チャンスは絶対に来ます。それを待つのです。




