メリナ、成長する
私が絶望を感じる前に、聖竜様の無惨な骸が光に包まれ、神々しいお姿が復活します。
殺されただなんて不遜な考えをちょっとでも持ってしまった非礼をお詫び致します。
『無駄だ。魔族よ、滅ぶが良い』
発言が素敵過ぎて痺れる! 凛々しい! 滅べ、魔族!!
聖竜様の大きく開けた口の奥に、輝く魔力の塊が集まり始めていました。さぁ、聖竜様!! 奴らをぶっ殺して差し上げましょう!
しかし、奴らは聖竜様の前から消える。逃げた。転移魔法は厄介です。
「……ちょっとワットちゃんの所へ行ってきます」
私の後ろから様子を伺っていたマイアさんが私に告げる。
「だから、メリナさん、早まらないで。最大のチャンスを待って戦うのよ」
「……分かりました。よろしくお願いします」
恐らくマイアさんは聖竜様に敵にどう対処するか適切なアドバイスをしてくれるはず。それは大魔法使いと呼ばれた彼女に適したことで、私は少し及ばない。
マイアさんが消えた後、同じく今の衝撃的な出来事を見ていたルッカさんが私に声を掛ける。
「巫女さん、アタックするならヘルプするわよ」
「ありがとうございます。でも、結構です……」
「1人じゃインポッシブルよ」
「はい。承知しています」
ルッカさんと2人でも無理です。
聖竜様が一瞬で真っ二つにされたのです。聖竜様のすんごい生命力だからこそ、ご無事だったのに、あれが私なら瞬殺されています。そして、そうされない保証はなくて、つまり、彼らが本気で戦ってきたら、今の私は負ける。
「……フォビもあれくらいやってのけるんですか?」
「さっきの聖竜様への攻撃みたいなの? アンノーンよ。でも、聖竜様だって本当はストロングだから、よっぽどのエネミー。巫女さんでもハードな戦いになるかもね」
ルッカさんは本当のところ、私でも敵わないと思っている事でしょう。
「ヤナンカ、イルゼさんを至急呼んできてください」
「分かったー」
なお、ミーナちゃんは映像を見続けることに飽きていたので居眠りしていました。今の魔法攻撃を見ても彼女は戦意を高めることができるのだろうか。
「では、ルッカさん、何かあればよろしくお願いします。ヤナンカも私が戻ってくるまでは余計なことはしないように」
「しないよー。私達はー既にーボッコボッコにー負けてるんだよー」
「巫女さんは何処へ行くの?」
「修行です。ルッカさん、奴らは必ずここを通りますか?」
「えぇ。ここは聖竜様の前のハウスだから、彼らが転移魔法でスキップしない限りは来るわ」
「ならば、師匠の部屋の大きな扉から入って来るわけですね?」
「イエスよ」
「了解です。じゃあ、私が戻ってきたらすぐに、その扉の前に私を転送してください」
「オッケーよ」
良し。ルッカさんならば、そつなくこなしてくれることでしょう。
「メリナー、イルゼ来たよー」
ヤナンカの後ろに汚れた服に身を包む聖女を確認する。
「イルゼさん、私を浄火の間に連れていきなさい」
コクリと頷き、私を異空間に連れて行ってくれました。
火山と荒れ地は相変わらず。あと、以前に作った石の家がまだ残っていました。
ルッカさんに騙されて、ショーメ先生と共に閉じ込められた時以来ですかね。あと、聖母竜と初めて出会ったのも、あの時でした。
「ありがとうございます。それでは、ルッカさんに尋ねて、敵が訪れた時に迎えに来なさい」
イルゼさんは素直に聞き入れ、私の前から消えました。
この空間に私は一人ぼっちです。
石の上で胡座を組み、瞑想する。
私は強くなる必要がある。その為に、時間の流れが極端に遅い、この空間を選んだのです。
飲食も絶ち、精神を鋭敏にする。あとはひたすら、無心で魔力を練り続けることに費やします。
すみません、嘘です。生理現象はやってきますので、用便の時だけは立ち上がって、離れた所で済ませました。
それもやがてお腹の中が空になって止まります。
常に明るく、どれだけ時間が経過したのかは分からない。酷く痩せこけた腕。立ち上がる筋力もなくなった足。でも、意識はハッキリ。この空間の全てを掌握しているような、いえ、空間の外にまで見通しているような気分です。
次の段階に進みましょう。
私はガランガドーさんと邪神を召喚します。
『まぁ、変わり果てたわねぇ』
久々に白黒のチェック柄の無面の竜として現れた邪神の一言目はそれでした。余分な肉がなくなった私ですので、顔も骨と皮のみになっているのかもしれない。
声も嗄れて喋れそうにないので、念話で会話を行う。
ガランガドーは?
『敵にやられて以来、散ってるわよ』
また魔力が散らばって自己を失っているのか。山登り中のティナに対して気持ち悪くグフグフ言っているから、攻撃を受けるんですよ。
『今回はぁ不運だったのかもねぇ。いずれぇ、私がぁ集めてぇ復活させてあげるわぁ』
お願いします。とりあえず当面は邪神一匹で事足りると思ってます。
さて、邪神よ、私への魔力供給を断ちなさい。
『全てぇ? 今の貴女だとぉ死ぬかもよぉ』
生物は魔力の働きでもって生命活動を保っています。また、その体内の魔力の流れはそれぞれが持つ守護精霊の関与するところが大きい。
邪神は私の守護精霊の一匹で、しかも、ガランガドー亡き今ですので、多くの点で依存しているのでしょう。
構わない。早く。
『分かったわぁ』
体が重くなる。が、それは一瞬。
『貴女ぁ、驚いたわぁ……』
くくく。余裕。繊細且つ網羅的に魔力操作を活用し、全身の生命活動を自分自身で制御したのです。瞑想中に全ての魔力の動きを覚えましたから。
『アンチマジックの対策になるわねぇ』
えぇ。シルフォルにも魔力を遮断されて動けなくされました。恐らくティナもそれくらいはやってくると想像しています。これで、少なくとも簡単に無力化されることはなくなりました。
さて、久々の食事を取りましょう。筋肉を元に戻さなくてはいけないし、今の姿はみすぼらしくて聖竜様の前に出るのは恥ずかしいですからね。
『主よ、ティナは強敵であったそ』
私が元の体型に戻る頃にはガランガドーさんも復活していました。
「分かっています。では、次のステップに入ります。私の放つ火炎魔法を受けてみてください」
体調も戻り、魔力の扱いも一段と良くなったと感じる今だからこそ、私は提案します。
『……ぬっ……。主よ、それは……』
『嫌な予感しかしないわぁ。嫌よぉ』
「まぁ、そう言わず」
『わ、我は絶対に魔法発動に協力しないのであるっ!』
『私もよぉ』
『まさか、あの聖竜様に依頼するつもりであるかっ!?』
「こらこら、ガランガドーさん。それは聖竜様でなく聖母竜のことかな? 聖竜スードワット様なら、私もお頼みしますよ。ってか、守護精霊になって欲しい」
『で、では、どうやって魔法を……』
語るより実際にやった方が良いですね。
私は周囲の魔力を球の形に集めて、それを圧縮しながら高速で回転させます。魔力の粒子達がぶつかり合い、悲鳴のような高い音がたまに聞こえたりします。そして、突然の閃光。同時に高熱も発したことを照らされた頬で感じます。
デモンストレーションとしてはこれくらいかな。私は集めた魔力を解放して終わります。
『……確かに火炎魔法を自力で使ったみたいねぇ』
『グフフ、しかし、主よ、威力が弱いのである! 良かろう。我が受け止めようぞ!』
「よく言いました。ガランガドーよ、試し打ちに協力しなさい」
先程と同じく魔力の球を作り、激しく回転させる。さっきと違うのは、くるくる回している最中にも魔力を集め続けて、どんどん大きくしたことと、球体内を何層にも分割して前後の層が逆回転になるように仕向けたこと。
そうすることにより、さっきよりも効果が眩しく熱く長くなるのです。そう思いました。摩擦が凄そうだから。
先程と違って、すぐに魔力を解放しなかったこともあったのでしょうが、発熱は留まることがありません。
『ひっ』
最早、目視的にも炎の玉と化しています。って言うか、かなり離れているのに熱い。球に近い地面は溶けてグツグツ言っています。
「では、行きますね」
球表面の一部の魔力を解放。球自体は魔力操作により固定されていますから、結果、そこから内部の高温圧縮された魔力が噴出します。
赤い槍、いえ、紅炎の棒かな。遠目にはそんな風に見える物が、一瞬でガランガドーさんのお腹を貫き、彼の大半と後ろの土地を蒸発させました。
ビックリしました。物凄く煙が立ち上り、危険を察知した私は氷魔法で分厚くて高い壁を作ります。これの発動には邪神が協力してくれたのでしょう。
向こう側は灼熱地獄です。イルゼさんがこのタイミングで来たら死んじゃいますね。でも、満足。
私の横に移動していた邪神が口を開く。
『魔法は分かったわぁ。でも、肉弾戦はどうするのかしらぁ』
くそ。邪神め、これくらいの魔法では大したことがないって感じですね。本番までには仕上げなくてはいけないか。
「無論、魔法で殺せなかった時のことも考えています。お見せしましょう」
『私は受けないわよぉ』
じゃあ、ガランガドーさ――
『我も受けぬっ!』
あっ、良かった。肉体は失くなったけど、ちゃんと意志疎通できましたね。ガランガドーさんは不死身で強いなぁ。偉いなぁ。
『主よ! 褒めて誤魔化してもダメなのであるっ!』
もぉ、ガランガドーさんは不滅だから凄く良い的ですよ。
『主よ!』




