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2人の抱擁

 ワクワクしながら牢屋のような部屋の前へと進むと、ヤギ頭が書き綴っていた紙が散乱する中、ロイヤルファミリーの2人が抱き合っておりました。

 嗚咽さえ漏らす2人に、用意していた笑いは引っ込み、むしろ何だか私もしんみりとしてしまいました。


「アデリーナ、アデリーナ、アデリーナ……」

「お父様、お父様、お父様……」


 でも、よく見るとヤギ頭を信奉する闇の宗教団体の儀式に見えなくもない。ヤギってのは精力絶倫らしいですから、何も知らない人がこの熱い抱擁を眺めたら、女王様のスキャンダルと思うことでしょう。


「すまなかった、すまなかった……」

「お父様、謝らないで。今は再会を喜びたいの」

「おぉ……アデリーナ、アデリーナ、アデリーナ……」


 クソぉ。これがるんるんじゃない方なら大爆笑なのに……。お酒を飲ませたい。

 飽きてきた私が少しだけ視線を動かした時、牢屋の奥隅に佇む人影に心臓が飛び出るかと思うほど驚きます。

 怨念いっぱいの亡霊かッ!?、と身が一瞬すくんでしまいましたが、でも、よく見ると、それはイルゼさん。



「な、何してるんですか……?」


 私の問いにも微笑みだけでしか返してくれません。


「喋れない事情があるのですか?」


 それにはコクりと頷きました。

 それから、足下の紙とペンを取り、サラサラと何かを書いて寄越しました。


“口は災いのもと。主神メリナ様にイルゼは生涯、言葉を発しないことを誓いました″


 ……主神メリナとは私の事でしょう。一切知らない内に変な誓いを立てられてたっ!!


「それにしても……な、何故、こんな所で……」


 恐怖で震えそうです。激しいと予想される戦闘前に何たる事でしょう。異様な雰囲気にビビっております。


“メリナ様がお2人の和解を望まれましたので″


 次に渡された紙にそう書かれていました。

 ここに待機することで酒の切れたアデリーナ様がやって来ることを予想していたのか!?


「そ、そうですか……。そうだとしたら、もう目的は達成されましたから、お酒様を取りに行って貰えますか……?」


 その申し出は首を横に振られて拒否されました。

 どういうつもりなんですか!?

 貴重な戦力であるアデリーナ様を無力化させるんですか!!


 私の焦りと怒りが伝わったのかもしれない。イルゼさんは目を伏せて、それから、新たな紙片を私に差し出します。


“私にはメリナ様の伝説を未来永劫に伝える宿命があります。それにアデリーナ様は不要。メリナ様は唯一神なのですから″


 愚かな。口は災いのもとと分かっているのに、記録に残ってしまう文字で、そんな事を敢えて書くのだから。

 アデリーナ様がこの走り書きを読んだら、ブチ切れること間違いなしですよ。だって、不要ってはっきり書いてあるんだもん。イルゼさんがゴミ扱いされかねません。


 って、あれ、この紙の裏に「アデリーナ」って書いてあるのが透けて見えました。

 裏返す。



“アデリーナ歴元年。その百二話。

魔王に支配された王都を解放したアデリーナには何人もの使徒が付き添った。

代表的なのは地獄の黒い炎を纏った番犬メリナ、怪力で全てを粉砕する巨人アシュリン、純白の化身たる蛇カトリーヌ。彼らの活躍については別項に記載しており、ここではその習性について語ろう。

魔犬メリナは全ての敵を貪り喰らい、1日に千体の魔族を食べたという逸話もあり、――″



「……何ですか、これ……」


 私が犬?


“アデリーナ様の伝説を書こうと、そこのヤギ頭の獣人はしていたようです。ならば、私もメリナ様の素晴らしい伝説を後世に残そうと思います″


 んなもん、残るはずがないでしょ。バカバカしい。2人とも頭がおかしい。



「アデリーナ、アデリーナ、アデリーナ……。今日はとても幸せな日だよ」

「お父様、お父様、お父様……。アデリーナはうるうるですぅ」


 こいつらもいつまでやっているんでしょうか。


「イルゼさん、どこか切りの良いところでお酒様を持ってくるように」


 無反応。

 本当にアデリーナ様を裏切ろうとしているのか。危ないからお止めなさい。怖いことになりますよ。足先からゆっくり切り刻むとか、アデリーナ様なら見せしめにそんなことをするかもしれませんから。



 まぁ、どうにかなるでしょう。私は大広間へと戻ります。大して面白い出来事が起こらなかったのは残念です。


「メリナー、どーしたのー?」


 ヤナンカが寄って来ました。


「情報局長だったお前がやらかしたアデリーナ様の義理の父の頭の件ですが、元に戻せないのですか?」


「本人が戻りたくないってー、言うからねー」


 王都で虐げられた獣人たちをコントロールし、彼らをブラナンの疑似精霊化に至る魔力の生け贄にするために当時のヤギ頭は利用されていたと思います。

 それを仕組んだ本人は罪悪感を持っていなくて、魔族の思考はやはり人間には馴染まない。


「ミーナを仕込んだのもー、デュランの暗部だよー」


「巫女長が若い頃にデュランを訪れた際も、似たような体験をしたと聞きました。だから、そうなんだろうと思っていましたよ」


「だねー。ヤナンカはー罪深いー」


 到底、そんな風に感じているなんて思えない。


「ちゃんと反省するように」


「メリナは優しーねー」



 さて、私は敵の観察に戻ります。

 あれ? 聖竜様? あいつら、性懲りもなく転移で聖竜様のお住まいに侵入しやがったのか!?



「アンドーシャーナヅォリキョモン、シュヨソータカ。カテナヤゾ」


「アァン?」


 ナベとアンジェしかいない。

 他の2人はどこだ?



 アンジェが軽く指を鳴らした。


 大変な異変が起こる。お座りしていた聖竜様の胸から下が全部消えたのです。恐らく転送魔法。体の下半分だけどこかに移したんだと思う。

 残った上側も重力に従って、そのまま床に落ちる。下ろしていた首も頭も切断され、太い骨が血の合間に覗く。

 そして、落下した巨大な半身から溢れた血がゆっくりと床に滲み広がった。


 呆気に取られる私。

 聖竜様が殺されたなんて、すぐには理解できなかったのです。

 

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