戦闘前の時間の潰し方
私は敵の様子を観察しています。聖竜様が出してくれてたのと同じ様な映像魔法をマイアさんが使ったくれたのです。
巨大な虫型の魔物が彼らを襲い続けていますが、苦戦することもなく淡々と処理されていきます。数日前に盗賊たちとの戦いも少しばかり見ていますが、彼らの戦闘力はやはり高い。手慣れています。
3匹同時に相手をするのは手こずる予感ですね。
「えー、メリナお姉ちゃんだけでやるのぉ?」
実はミーナちゃんもここに来ています。
私が負けた後を考えて、マイアさんが連れてきたのです。
私は魔族退治に慣れているショーメ先生も推薦したのですが、宿に不在でした。
「あの魔族紛い、親の墓参りとか絶対に嘘じゃん」
「そだねー。嘘だねー」
武人の風上にも置けないヤツです。絶対に危機を察知して逃亡したものと思われます。
「それに、アシュリンもオロ部長も来ないなんておかしいじゃん」
「あの2人は用事が御座いますから」
「ったく、アディちゃんの依頼も聞けないなんてクソどもね」
オロ部長は仕方がないです。邪神の子供は雄の子竜だったそうで、地下での巣穴作りを手伝っているそうですから。
酷いのはアシュリンです。息子の学校行事で親子ハイキング中って! 信じられない。
あいつが竜の巫女時代に私がそんな事を言ったら、「ふざけんなっ!」って鉄拳制裁した上で強制連行しやがったに違いありません。
「マイア、以前の未来予知ではメリナさんが死んだ後に大魔王が復活するとは聞きましたが、その後はどうなっていましたか?」
「その先は見えなかった。ただ2000年前よりも立ち向かう者が多いから、勝てたのだと思っています。でも、それがどうしたの?」
「いえ。メリナさんが死んでいないだけで、今も状況は同じだと思いまして。参考になる話は御座いませんか?」
真面目な話ですねぇ。
事がここまで進んだからには、要は敵は殴って殺せば良いだけなんですよ。
私は映像に意識を戻す。
しかし、奴らも本性を現して来ていますね。ティナとダンは偽装を剥ぎ取って、魔族らしい黒い装いに変化しています。特にティナなんて小さな頭蓋骨を連ねた禍々しいアクセサリーさえも身に付けています。
うわぁ、ムカデの体液とかも飲むんだ。やばっ。あれだけの魔法技術があれば飲み物も食べ物も簡単に出せるでしょうに。
「メリナお姉ちゃん、どれか獲物を譲ってよ。お願い」
ミーナちゃんは狂戦士です。戦うことを止めません。お母さんはミーナちゃんの成長をどう思っておられるのでしょうか。
「ダメです、ミーナ。メリナさんの戦いを見て学ぶのですよ。貴女はまだ強くならないといけないのですから」
「マイア様ぁ、ミーナ、勉強嫌いー」
マイアさんはミーナちゃんへの評価が高いんですよねぇ。ミーナちゃんがそれに応えられているのかどうか。
「ミーナ、この男の人で良いからぁ!」
「発言だけだと、あんた、淫乱ぽいじゃん。将来が楽しみ」
フロンの愚かなセリフは放置として、ミーナちゃんの言葉には考えさせられるものがあります。
ミーナちゃんは本当のところ、女の人と戦いたいのでしょう。なぜなら、男性にも強い人は存在しますが、ある程度の戦闘力を越えると皆無になるのです。私が知っている限りだと、パウスさんにしろ、剣王にしろ、強いけどもトップクラスにはなれない。
この大広間を眺めても女性しかいません。
「どうしたの、巫女さん?」
「見事に女性に片寄ってるなと思いまして」
「ん? あはは。そうね。それがあの方のご意志だから」
あの方って、フォビ?
「女好きだから女ばかり集めたって? 本当に気持ち悪いヤツね、フォビは」
「だねー」
「男性が強くなるとバイオレンスに走るのだもの」
「そこに暴力の塊みたいな女性がいらっしゃいますよ
「私は淑女です」
「久々にその戯れ言を聞きまし――うっ!」
アデリーナ様が突然に呻き始めました。私への心ない発言が原因でしょうか。って、私は理解しております。
「あー、イルゼさーん。アデリーナ様のお酒が切れそうです。追加をお願いしまーす」
「いないよー」
「彼女なら、かなり前から地下室に行っておりますよ」
チッ。
アデリーナ様の雰囲気が変わります。鋭い眼が緩めきった感じになっていったのです。
「メリナお姉様、おはようございます。きれいな空気になっていてアデリーナは嬉しいです」
「アデリーナよ、強敵を前にして酔いから覚めるなど不甲斐ない」
「え……。お姉さま、強敵を前にして酔う方がおかしいんじゃ……」
「ごちゃごちゃうるさい! 自己管理もできないクズが!! さぁ、地下室に向かいますよ」
イルゼさんにお願いしなくては。
「お姉さまと2人ならどこでもるんるんです」
しっかりと私の手を握り、ニコニコのるんるんアデリーナ。マイアさんが呆気に取られていました。
「それ何ー?」
「シルフォにヤられてから、こんな感じなんです。お酒様のお力で何とか以前の状態に戻れるんですが」
「巫女さんの記憶喪失とセイムかしら?」
「さぁ、どうなんでしょう」
下階へ続く階段がある場所へと向かいながら、背中越しにルッカさんへ答えました。
「暗くて臭そう……」
暗闇を覗き込みながらアデリーナが体を私に寄せてきます。キモいです。
「確かに獣臭いでしょう。お前の父親が居ますからね」
「お父様!?」
本来の彼女の身体能力を発揮したのか、階段に飛び込んだアデリーナ様は一瞬で見えなくなりました。
「お父様ー!! アデリーナはここでーす!!」
るんるんにしては頑張って声を張り上げていますね。
よもや親子の和解の機会がこんなふうにやって来るとは思っていませんでしたが、笑える光景を期待しつつ、私も一歩ずつ階段を降りました。




