お手紙
気付けば、照明魔法は消えていた。私が消した訳じゃない、ってか私は自分の照明魔法を消せない。明るくするだけで、後は放置か自然に消えるのを待つという運用をしていました。
今回の消光が早かったのは……聖竜様のお力?
暗闇にして敵の視野を奪うのですね。私の視野も奪われていますが。
しかし、魔力感知によって聖竜様の体を挟んで向こうにいる不埒な奴らが誰なのか、はっきりと分かる。
間違いなく、昼前に神殿の倉庫掃除をした者達です。私の脳内に浮かぶのは、長い金髪で貴族風の装いのティナ、紺色の奇妙な服を着た少女アンジェ、半袖半ズボンで腰に長剣を携えた大男ダン、魔力のない少年ナベ。いつもの様にナベは感知できていませんが、一緒に居ることは彼の声らしきもので推測できます。
笑い声さえある緊張感のない会話が聞こえるのでした。でも、謎言語で喋っていやがるので何を言っているのか分からない。さっきの作戦会議の時は王国の言葉を喋って――あっ! もしかして、私達に聞かせるために理解できるこっちの言葉を使いやがったのか!?
ダンを先頭にして、その斜め後ろ両横にティナとアンジェが備える形でこちらに向なって来る。
ナベはその3角形の真ん中に位置するのでしょう。彼を守っていると思われる。
グルオオオオオオオオオオオオォ!!!
突然に聖竜様が野太い咆哮を上げます。凛々しくて素敵です。私の全身が物理的にも精神的にも震えます。
「姿を見せろ、無礼者」
聖竜様の響きが消えた後、アンジェと思われる少女の声が聞こえた。お前の方がよっぽどの無礼者です。初めて会った時のマリールの100倍くらい無礼です。さっきの轟音と激震に少しの動揺もしていないのも生意気。
相手側の照明魔法が放たれる。しかし、侵入者達の姿は聖竜様の巨体に隠されて見えない。もしかしたら、この配置は私達を彼らから守ろうとする聖竜様のご配慮なのかもしれない。素敵です。本日、何回目かの惚れ直しポイントです。
さて、いよいよ戦闘開始ですね。
聖竜様を本気で怒らせた罪を償うがよろしい。
「ノリャダナカジマダスリナャイ」
「ロキャイタヌ」
しかし、侵入者達は謎言語で言葉を交わしてから転移で消える。
カレンちゃんの仇を取る為に彼らとしても戦闘を避けないと思ったのに、何をしに来たんだろう……。
その意外さに聖竜様も身動きしませんでした。
「ん? 何か出してから去ったわ。取ってくる」
そう言うフロン。
身軽な彼女が聖竜様の美しい鱗を数回蹴り登りました。そして、ヤツの汚い足が聖竜様の背中をも穢します。
「……アデリーナ様、あいつをふーみゃんに戻して良いですかね?」
「今は避けなさい。メリナさんよりは状況判断が的確でしょう。せめて、私が酔い続けられたら良いので御座いますが」
フロンの姿が再び跳びました。聖竜様の体を挟んで向こう側に移動したようです。
見えはしませんでしたが、魔力感知的には空中で何かを握ったように思いました。
「手紙じゃん。アディちゃん、こっちに。化け物もついでに来な」
フロンの声が聞こえ、私達も素直に移動します。
「開けたらいきなり爆発みたいなトラップではなさそうだけど、アディちゃん、どうする?」
「開けなさい」
「アデリーナ様、お言葉ですが、それは聖竜様宛と思われますので、まずは聖竜様のご意向を確認しましょう」
私が見上げますと、聖竜様もこちらを真上から注視していて、視線がぶつかりドキッとしました。
『構わぬ。読み上げるが良い』
「それじゃ、開けるわ」
「待ちなさい。聖竜様が最も愛しく思っている私に開けさせなさい」
「は? まあ、良いけどさ」
フロンが渡してきた手紙は金色の装飾が施された高級な雰囲気なものでした。私はビリビリと封を切る。
「メリナさん、ペーパーナイフくらい常備しなさいな」
「えっ、アデリーナ様も持ってないじゃないですか」
「私は取り出せますから」
チッ。確かに刃物ならアデリーナ様は何もない空間から出してくる特技をお持ちでしたね。
「次から私に気を利かせて、先に用意しておくように」
聖竜様に不束な娘と思われたかも知れないという焦りのせいで、少しきつい言い方になってしまいました。反省。
「まぁ、至高の私になんて口の聞き方を。メリナさんの増長は留まることを知りませんね。天罰が下りますよ」
アデリーナ様の小言を聞き流しながら、少し破れた中身を引き出します。
「それでは僭越ながらメリナが読ませて頂きます」
『うむ、宜しく頼むぞ』
聖竜様のご了解を頂き、私は慎重に紙を広げます。アデリーナ様も酒瓶を口へ持って行きながらも、鋭い目付きで手紙の文字を睨んでいました。
「拝啓 お初にお目に掛かります。貴殿においては益々ご清祥の事とお慶び申し上げます」
ふぅ、良かった。私が理解できる文字と言語でした。自分で代読を立候補しながら、マイアさんとかエルバ部長に頼る展開なんて恥さらしも同然でしたからね。
「さてと、見ていたから分かるでしょ。カレンを私たちの支配下におくこと、いい? 言うことを聞かないと殺しちゃうよ。あと、逃げたりしたら上の街を破壊するから。皆殺しだよ。分かってるんだから、あんたは街の守護竜でしょ。それは不味いでしょ? 怒られるでしょ? 一族の恥さらしになっちゃうね。でも、私の言うことを聞いても殺しちゃうから。私を舐めた代償を思い知らせて上げる。今からこの迷宮に入り直すから戻って来たら首を跳ねて上げるね。守護竜がいなくなった街も可哀相だから滅ぼすね。ざまぁ。あんたが守って来た街、今日で終わりだね。街を守っているくらいだから、何かいい思い出でもあるのかしら。それもぐちゃぐちゃ、いえ、ぐっちゃぐっちゃにして上げるからね。私は慈悲深いから、2つだけ助かる方法を教えて上げる。1つは私たち4人の内、1人でも殺すこと。その時は敗けを認めて、あなたを殺すことはないわ。もう1つはその奥で守っている物を寄越すことよ。以上、何卒ご査収のほど、宜しくお願い致します。敬具」
途中で読み上げることを拒否しようかと思ったくらいに不敬、且つ、幼稚でした。
『……舐められておるな』
「……そうですね。首を刎ねられたくらいで聖竜様が滅ぶことはないですもん!」
『いや、メリナ、そうであるがそういうことではない』
「奴らは異空間での作戦会議を盗み聞きされてんのを分かってないじゃん。あはは、意外に弱いんじゃない?」
『ふむふむ』
フロンが指摘したのは『4人の内1人でもを殺せば』って箇所ですね。既に私達は把握している情報なのに、それを察知できていない証拠と言いたいのでしょう。でも、さっきの作戦会議はこっちの言葉でやっていたのです。フロンの考えは間違っている。しかし、聖竜様もご納得かぁ。うーん、聖竜様は間違えない存在なので、私が間違っているのでしょう。
くぅ、フロンにジェラシーを感じてしまう。
「カレンなる少女を支配下にとは、どう言った意味合いが御座いますか? 既によく彼らに懐いているでありますでしょうに」
『……我の支配域で生まれた者であるから、我の支配下なのである。それはアデリーナよ、お前も同類』
「……この世を支配しているのは精霊であると?」
『命短き人間ではあるまい。優れた個体でも一時の花であろう』
「聞いた話で御座いましたね」
『しかし、奴らは無断で奪わぬか。我の背後にあの方がいると知っての行動であろうな』
「フォビですか?」
私は尋ねる。またもや出てきた憎きヤツ。
『うむ。ここまで巻き込んだのであるから全てを話そう。我はあの方にお仕える竜であるのは存じている通り。ここを支配するのはあの方、万物の頂点に立つ神。我は代理として、お前達が王国と諸国連邦と呼ぶ地の管理代理者である。奴らはあの方の御威光に一応の礼を見せていると思われる』
「万物の頂点となると、フォビがシルフォルよりも上位で御座いますか?」
『シルフォル?』
「シルフォです。大魔王退治の英雄から消されていたシルフォ」
『あのシルフォ? 無論である』
ん? シルフォルはフォビより格上でしたよ。シルフォルの言動もそうでしたもの。何より強さも、この身で実感しました。いや、でも、聖竜様は絶対です。
「ふーん。何にしろ、その神ってのはやはり生意気で御座いますね。私より偉そうで御座います」
アデリーナ様らしい反応です。
『それが真実である』
「聖竜様、アデリーナ様のお酒を奪っておきましょうか? すぐにヨワヨワアデリーナに戻りますよ」
「メリナさん、そういう殺生なことはご勘弁くださいな。で、聖竜様。だとしたら、今現在、襲来している彼らは何者?」
アデリーナ様が更に尋ねる。
『……最近、我の管理域を奪おうとした精霊がおった』
「ベーデネールですね? 巫女長の体から分離した生意気な精霊」
会話に参加したくて、私は聖竜様に確認の問いをしました。
『そう。ヤツはお前達やルッカにより打ち倒されたが、ヤツが率いていた魔族の生き残りであろうと思っておる』
おぉ。ヤツが引き起こした帝国対ネオ神聖メリナ王国の戦争では、確かに無数の魔族が帝国側で参戦していました。
「マイアやルッカを一撃で殺せる程の魔族? それならば、あの時に投入すべきでしょう。あり得ない推論で御座います」
『大魔王ダマラカナの封印を解き、その力を手に入れたのであろう。そして、あの方の強さを大魔王より聴き知り、無礼ながらも礼を見せた』
「……なるほど。納得致しましょう」
アデリーナ様、今の貴女、とても偉そうですよ。聖竜様に言い負かされたのですから、もっと悔しそうなお顔を拝見させて。
「ナベとか言う変なヤツはどうなのよ? あれは魔族じゃないし、動作からして戦闘経験なさそうじゃん」
フロンが訊く。
『我の見立てでは人間であるが……。近くで観察していたメリナはどう思うか?』
えっ? 私に確認ですか? 聖竜様が?
いやー、えっ? 私、そんなに信頼されるようになってました?
「人間だと言う聖竜様の言葉は真実です。彼は一貫して巻き込まれたと主張しております。悲しいことに魔族達の愛玩動物的な存在かと思われます」
『しかし、その愛玩動物を我に殺させようと仕向けているのである。なんと趣味の悪い連中であろうことか』
おぉ、言われてみればそうですね。
「まぁ、それでも勝ちは勝ちですから、あっさり殺しましょう。死をもってではありますが、愛玩動物も解放されて幸せでしょうし」
『メリナは清々しいね……』
「はい」
褒められた。嬉しい。
「でも、魔力の無さは不気味ですよね。実はナベの中に大魔王が入っていたなんて事態でも気付かないかも」
マイアさんが「大魔王が子守り?」とか呟いていたのを覚えている。子とはナベのことで、その守りだとしたらという推測です。
『えっ……』
「あはは。そうだとしても聖竜様の方がお強いから大丈夫ですよ」
『う、うむ。何にしろ、我も管理域を争う戦いだから、本気でやるのみ。では、お前達は戻るが良い』
尻尾を振るのは聖竜様が魔法を使おうとするときの癖です。それをアデリーナ様も学習していたのでしょう。
「聖竜様、お待ちを。少しでも魔力の温存をした方が良いでしょう。イルゼ、マイアの所へ転移です」
かなり後方に控えていたイルゼさんが無言で寄って来て、私達はマイアさんの居室に転移したのでした。
取次ぎ役の師匠がこちらに寄ってくる前にアデリーナ様に訊きます。
「どうしてマイアさんの所なんですか?」
「気になることが多いのでマイアに尋ねるのが一番だと思ったので御座います」
「ヤギ頭と和解しに来たのかと思いましたよ」
アデリーナ様が少しだけ苦笑しました。珍しくて、ちょっと驚いた。
心身ともに疲れておりまして、次は3日後の更新になるかとm(_ _)m




