賢さの順
バシッと頭を叩かれました。
「化け物、ヤル気は認めるけどさ、落ち着きな」
怒髪天を衝く状態の私に対して、その発言と行動は大変に勇気のあるものです。完全なる蛮勇ですね。しかし、フロンは死を恐れずに続ける。
「ムカつくことにあんたしか何とかできるヤツはいないんだからさ」
こいつには死相が見え続けているんでしょうね。普段はふざけているのに、妙な常識は持っているんだから不思議です。
ふむ。私は深呼吸をして体から溢れる魔力を収める。
「メリナお姉様……怖かった……」
るんるんアデリーナは尻を地面に付けて座り込む程の驚きだったようでした。
映像に目を戻すと、ティナ一行の姿が消えていました。
「あれ?」
「さっき転移した」
どこに? しまったなぁ。ちゃんと観察しておけば良かった。聖竜様も無人の部屋には興味が無かったのか、映像魔法が消されます。
「情報整理したいけどアディちゃんはまだ復活できない?」
「イルゼさんが戻ってきてないですからね」
「ご、ごめんなさい。アデリーナは大丈夫です……」
「そういう言動が大丈夫じゃないんですよ。って、あぁ、待ってました、イルゼさん」
戻ってきたイルゼさんに駆け寄り、酒瓶を受け取ってすぐにアデリーナ様に渡します。チラッと見たラベルは豪華なヤツでして、時間が掛かったのは結構良いお酒様を選んでいたからなのかもしれません。
「……また、お酒? これ、美味しくないの……。凄く眠くなるし」
グダグダ言うアデリーナ様を無視して瓶を持たせる。
「はい。じゃあ、いつものしますよ」
「マジで? メンドーじゃん。口に突っ込んで無理やり飲ませれば良いじゃん」
「お前らしい犯罪者の思考です」
「メリナお姉様……。アデリーナはお姉様のやり方も良くないって思うんです……。私みたいにお酒が苦手な人もいるし……」
しかし、るんるんアデリーナ、お前は場の流れに負ける人間なのですよ。
「ヨォ! アデリーナのちょっといいとこ見てみたい!」
「見てみたいー」
「そぉれ、イッキ、イッキ、イッキ、イッキ――」
私とフロンは手拍子をしながらアデリーナ様に精神的圧迫を加えます。そうすると、彼女は目を強く瞑って、エイヤと瓶に口を付けてゴクリと飲むのです。
「――イッキ、イッキ、イッキ、イッキ――」
喉を2回3回通ったくらいでは止めません。
やがてアデリーナの喉の動きが良くなる。そして、背筋を伸ばして腰に手を当てるようになると、もう大丈夫。呑んだくれアデリーナの復活です。
「ブハッ。効くわね、これ。うまっ」
「お目覚めですか、アデリーナ様」
「えぇ。ところで、その手拍子はなんですか。メリナさんらしい下品な動作で御座います」
だらしなく口の片側から赤い酒を垂らしているお前の方が下品だと言いたい。
「でしょ。化け物がさ、私にもさせるんだよ。アディちゃんからきつく言ってやってよ」
「フロン、お前も手拍子をしていたのを見ていないとでも?」
「まあまあ、本物のアデリーナ様を召喚する儀式の一環ですよ。フロンも協力してくれたと言うことで許してやってください。そんなことよりもアデリーナ様、切り替えて行きましょう」
「む。メリナさんに窘められた。かなりの屈辱……。で、私が眠っている間に新しい情報はありましたか?」
アデリーナ様の眼は力強い。
私はそれに応える。
「向こうの誰かを1人でも殺したら、こっちの勝ちになるそうです」
「ん? 戦いにルールを設けるので御座いますか?」
「よく分からないですよね。そんなルールは無視して全員殺してやります」
「そもそも、本来ならそんなルールを作られてもこっちは知る由が御座いませんし……。って、伝えに来るつもりなのか……」
『来そうだなぁ……』
聖竜様の呟きが聞こえて来ました。
声が気弱な感じだったのは、怖いからですね。つまり、本気の聖竜様の荒々しさを見た私が聖竜様を恐れて去ってしまわないかが怖いのです。大丈夫です、メリナは何があっても聖竜様から離れませんよ。
「他には?」
「フロン、アデリーナ様に教えてやりなさい」
「は? 私? 化け物が言いなよ。ったく仕方ないわね。アディちゃん、こっち側で知能があるのは10匹だって認識してたよ。うまくしたら裏をかけるかも」
「11人目を投入して奇襲ですか……。しかし、そうであったととしてもメリナさん以上の実力者が必要でしょうし……」
そもそも10人って誰だ。この聖竜様のお住まいの部屋には、私と聖竜様、アデリーナ様、フロン、イルゼの5人しかいない。あっ、マイアさんが住んでる場所にも繋がってるんでしたね。だとしたら、マイアさん、ヤナンカ、師匠、シャマル君。これで9人。
あっ、ルッカさんか。ルッカさんはマイアさんの所に行くって言ってましたものね。うん、10人だ。
ん? 更にあいつを忘れていました。ヤギ頭。血の繋がりはないけど、アデリーナ様の父だった人。
……既に11人か。
「1人少ないですね。まぁ、あの愚かな男を数えていないということでしょうが」
アデリーナ様も私と同じ考えに至ったようです。しかし、やはり幼き日には父と呼んだ人を愚かな男と蔑むのは悲しいことです。
私のお父さんは変なやらしい本を集める変態ですが、それでも愚かだなんて思うはずがない。
「10歳の時のナベ以上の知能を持つ者とか言ってたから、そこで誰かが弾かれたんじゃないかな」
何故にあの少年の過去基準なのかは分かりませんが、そうでしたね。
「そうだとすると、るんるんアデリーナは見た目はともかく自称は10歳だから外されてますね」
「メリナさん、どんなつもりでそんな発言を? 呆れ返ってしまいましたよ。いくら幼い私だと言っても、メリナさんより知能に劣る訳が御座いません」
「いや、でも、実際問題、あいつ頭が弱いですよ」
「気弱なだけで御座います」
「小さい頃のアディちゃんに勉強を教えたのは私だからねぇ。賢かったのを覚えているよ」
チッ。フロンではなく黒猫ふーみゃんだった時の話ですね。小さな黒い前足で本を指し示して教師の役目も果たしていたとか。フロンにそんな真似をされたら、その指を叩き折ってやりたくなりますが、ふーみゃんなら、くぅ、羨ましい!!
「じゃあ、誰が外されて――あっ、イルゼさんがお酒を取りに転移したタイミングだったとか」
『相手側の魔力ソートのタイミングには、デュランの聖女の転移着前であったな』
魔力ソート? もしかして聖竜様は魔力感知されていることを感じ取れる能力があるのでしょうか。凄い! 偉大!
しかし、人数問題、いえ、誰が10歳の子供よりも知能に劣るか問題が解決しそうだったのに、聖竜様が余計な事を――違った、冷酷な真実を告げた瞬間でもありました。
「化け物がさぁ、自分より賢いと思うのを挙げてみなよ」
は? なんで私がそんな事をしないといけないんですか!
「仰って見なさい」
アデリーナ様の目付きが鋭い。曖昧にはしないという訳ですか。仕方ありません。
「聖竜様、マイアさん。あと、んー、ルッカさんとヤナンカもかなぁ」
「メリナさん、真っ先に私が出てくると思いましたよ」
「るんるんの方は入らないですよ。嫌だなぁ」
「るんるんと呼ぶのは止めなさい」
あ? 気持ち悪いクズとでもお呼びしましょうか。
「化け物さ、長く生きてるから私も物知りって知らないの?」
「知識じゃなくて知能ですからね。つまり知性ですよ。お前の卑しい思考は私より遥かに下に位置します」
「じゃあ、続きを並べてご覧なさい。メリナさん自身は入れなくて宜しいですから」
あっ、私抜きで序列を付けるんですね。ならば簡単です。
「ヤギ頭、フロン、シャマル君、イルゼ、フロン、るんるん」
「ちょっ。私が2回出てきたじゃん」
「すみません。そこは悩んだんです。ズル賢さをどう評価すべきか……」
「ヤギ頭とはあの男ですね。何故にヤナンカの次に?」
「えー、マイアさんとこの地下室で何かいっぱい紙に書いていたから」
「あの頭がおかしい聖女が最下位じゃないのはおかしいじゃん」
そこも悩んだんですよねぇ。
「イルゼさん、目も合わせてくれないし、一言も喋らないけど、何て言うか、たぶん正気です。敢えて、無言で通している気がします」
私の言葉を受けて2人とも遠くで立ち続けるイルゼさんを見詰めます。イルゼさん、心なしか頭を下げた気がします。
「……まぁ、よろしい。メリナさん、私が最も愚か、知能がないと思うのは、能力そのものは高いのに、それに頭が追い付かず、本来の実力が発揮できない者で御座います」
っ!? こいつ!!
「また聖竜様の悪口ですか!? その戯言しか言えない口に指を突っ込んで横に広げて裂いてやりしょうか!」
『えぇ、我なの……?』
「メリナさん、違いますよ。それに最も該当するのはメリナさん。貴女で御座います」
「認めません! だって、ナベの10歳未満の頭ってことはないもん!」
そう叫んだ時、大広間の入り口付近、つまり、私達のいる側とは真逆の側に強い魔力を3つ感じました。どれも私が知った魔力の質。
転移魔法で本当にやって来るとは思っていませんでしたが、奴らが聖竜様のお部屋に侵入してきたのです。
聖竜様、一撃で奴らを葬ってくださいね!
明日から海外出張でして、次回更新は4/4か4/5になる予定ですm(_ _)m




