覗く作戦会議
聖竜様は首を大きくグルグル動かします。これ、聖竜様が深く沈考する時の癖なんですよね。
うふふ、偉大なのに茶目っ気もあるんですよねぇ。
「状況が分かりません。聖竜様、お前の見えているものを私達にも見えるようにしなさい」
アデリーナ様が偉そうに言います。こいつはクズです。酔いが覚めないようにという意図なのでしょうが、言い終えてから酒瓶を口に持っていくのも無礼です。
「アデリーナ様、聖竜様に対してお前なんて言っちゃダメですよ。アデリーナ様は女王様ですが、聖竜様と比べたら道端に落ちている犬の糞程度の価値しかありませんからね」
私は忠言してあげました。できた同僚ですよ、私は。
『う、うん。どうも焦っちゃうなぁ。ごめん。壁に映写しよっか。こっちの壁に映像出すから移動して。あっ、ダメ。威厳、威厳。ワットはできる竜、ワットはできる竜、世界で一番できる竜……。うむ、我が身の反対側に移るが良い。思考の可視化の秘術を出しておる』
おぉ。私は言われた通りに走って聖竜様の反対側へと向かいました。この大きな部屋の奥になる壁に煌々と何かが光っていました。記憶石による映像みたいなものかな。
風景は……宿屋の一室ですね。なるほど、聖竜様はそこを監視しているのでしょう。
「凄い! 正しく秘術! それに聞きましたか、アデリーナ様? 聖竜様の詠唱句を!」
「記憶石と同じで御座いましょ。それに詠唱なんてされていませんでしたでしょ」
「そうよ、化け物。聞こえたとしたら幻聴だから」
まぁ……。哀れな生物達です。
「偉大なる呟き『ワットはできる竜、ワットはできる竜』ってのを聞き逃したんですか? 歴史に残るポエムです。それも分からないなんて無能にも程がありますよ」
「自己暗示にしても酷い文句で御座いますね」
「単細胞っぽいじゃん」
アァッ!?
って、今は映像に集中です。聖竜様の思考を可視化しているのであれば、愛しき私が気になって、たまにふらりと写ってしまうかもしれません。うふふ、恥ずかしいけど楽しみです。
宿屋の部屋はがらんどうでした。でも、大男が担いでいた大きな皮袋があって、ここがティナ一行の宿泊していた場所であろうことは疑いない。テーブルの上には菓子とお茶が用意されていて、それから漂う湯気により、先ほど不在になったばかりだと言うことが分かる。
「転移魔法で逃亡した? マイアに連絡して広範囲魔力感知で追った方が良いかもしれませんね」
「聖竜様がマイアさんに劣るはずがありません! ねぇ、聖竜様」
『うー……あっ! 空間の隙間があった! ふむ。我の目から逃げるなど、不可能である』
さっすが!
1個の椅子の上に漂う黒に近い紫色の靄が映像の中に浮かび上がります。聖竜様のご認識をそのまま像に結んでいるのでしょう。
その靄へと聖竜様の意識が集中して拡大され真っ暗に、そして、視界が戻ると、そこにティナ達が丸テーブルに座っているのが確認されました。カレンちゃんを除いた4人です。
場所は……あれ、さっきの部屋と同じだ。
『異空間である』
私が知っている異空間は殺風景な所ばかり。例外はマイアさんが閉じ込められていた浄火の間くらい。そこでさえ、火山があるくらいで荒れ果てた場所でした。こんな文明的な異空間が存在したのか。
『……これ、自分で構築したのかな……。すご……』
優れた者は優れた他者を見抜きます。私には何が凄かったのか分かりませんでしたが、聖竜様は敵の力量を認めたのでしょう。
私は息を飲む。聖竜様が感心する程の敵です。それをぶち殺せば私も感心されること間違いない。その状況に密かに興奮したのです。
「テーブルの上で回っているものは……立体地図で御座いますか?」
アデリーナ様の指摘により私もそれに注目します。
立体地図というものは聞き慣れませんが、文字通りの物として理解して良いのでしょう。
地図職人としての才能を持つ私には分かります。内部に坂道とか高低差がある迷宮の地図を書こうとすると、上下の通路が重なって分かりにくくなるのです。でも、迷宮のミニチュアを魔法で作れば簡単です。それを知り、更には実行できるとは、相手はやはり戦い慣れた奴らなんでしょう。
「作戦会議っぽいじゃん。ラッキー。初めて聖竜が手柄を立ててたんじゃない?」
「フロン、愚かで臭い口を聞くんじゃない。お前の命を救ったのは聖竜様ですよ」
見習いの時、ラナイ村でフロンは私に負けました。止めをさそうとした私に聖竜様は『魔力が獣人並に落ちたのであるから、それで良い』と仰ったので、フロンは逃げ落ちることが可能だったのです。
「うざ。知らないし」
チッ。しかし、今はこいつの相手をしている暇はない。
私は映像に目を遣る。
「ん? 最深部に入る通路がないぞ。転移以外で行けないんじゃない?」
ナベが立体地図を見ながら指摘する。
あの蟻の巣みたいに複雑な模型からよく読み取ったものです。
「うむ。この部屋からの通路を辿っても他の通路に繋がっていないな。スイッチや謎解きなどの条件で通路が出るタイプと見て良かろう」
大男ダンの自信のある声から経験豊富さが窺い知れます。
映像に集中する私の服を横から掴むヤツがいました。
「ふぁあ、眠ってた……。メリナお姉様、おはようございます。……また私、変な寝言を言ってませんでしたか?」
こんなにも早くるんるんが出てくるのか。アデリーナ様、お酒酔いの耐性が付き始めたんじゃないですか。
「イルゼさん、お酒の追加をお願いします」
離れて立つイルゼさんは無表情。でも、微かに頷いて転移しました。
「あの聖女さ、頭、おかしいんじゃないの?」
「元からおかしかったのは間違いないですが、自分で立ち直るのを待つしかないでしょ」
「まぁね。救ってやる義理もないし」
えぇ。何度かイルゼさんの復帰を手助けしましたが、その度に悪化している気がしますし。もはや手の施しようがないと表現したい。
「それは、めんどくさいでーす。ここが一番近いのでここをぶち抜いて繋げまーす」
ティナの惚けた語尾が気に障り、再び映像へと目を戻す。
「敵の種類」
「こちらになりまーす」
空中から紙が出てきた。鮮やかな魔法です。
聖竜様の視界がぐるりと移動して、その紙に書いてある文章へとズームアップしました。
って、またもや謎文字だ。マイアさんなら読めるのか。
「これは10歳時のナベと同程度以上の知能を持つものをピックアップしていまーす。10匹いまーす」
文章は理解できない。
しかし、10か。知能で限ったとは言え、こちらの味方は少ないのですね。いや、ティナの索敵が不正確で、実は大量の味方がいる可能性もあります。
「このドラゴンがボスでいいんだな、みんな」
「うむ。他は雑魚にもならんな。この竜も雑魚だがな」
っ!?
「このドラゴンが野良なら、作戦変更でーす。即で首を落としまーす」
ハァァアア!?
何様っ!? お前ら如きに敗北する聖竜様ではないのですよ!!
お許し頂ければ私がお前らの首を落としてやる!!
「了解」
私はあまりの怒りに頭へ血が上り、暫く立ち尽くしてしまいました。
「俺はカレンちゃんの所で待機してるよ。ここでもいいよ」
……ハッ!! 危ない。怒りで失神しそうになってた。
お前も私が始末してやるから、来いっ!!
絶対に来いっ!!
「情けないぞ、ナベ。カレンの仇を取りたくないのか?」
「死ぬぞ、俺。犬や団子虫も倒せない俺がいきなりドラゴンの目の前に立つんだぞ」
「ふむ、それも確かだな」
くそ。こいつらの余裕が憎たらしい。
聖竜様の偉大さを知らないからこその発言なのは分かりきっています。それでも屈辱!
「いい考えがありまーす。相手にも希望を与えたいと思いまーす。私たちの内誰かが死んだら敗けを認めると提案することを提案しまーす」
ん? 提案が2度出てきて戸惑ったけど、1人でも殺したら私達の勝ち?
「なるほど、絶望の中に希望を与え、更に絶望に落とすわけか。さすがだ、ティナ。天性のセンスだな」
「採用」
私を歯を食い縛って悔しさに耐える。舐められ過ぎです。傲慢の塊。これ以上に聖竜様をバカにするのは許せるものではない。
「ナベの死が敵方の希望になりまーす」
「守れよ、絶対に俺を守れよ。痛いのも嫌だぞ」
「大丈夫でーす」
えぇ、大丈夫です。痛いってのが分からなくなるくらいまで痛め付けてから殺してやりますから。皆殺しです。気付けば、私の体表から黒い魔力が漏れ出ていました。




