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聖竜の愚策

 聖竜様は物凄く魔力を高めておりました。

 そのご様子にこちらからお声を掛けるのは憚られ、また、照明魔法を使ったのに、いつもの『何用であるか。ここは静謐なる聖域、立ち去るが良い云々』のお声掛けもありませんでした。


「チッ。相変わらず竜臭いわね」


 だから、フロンの愚かな独り言が目立ちます。


「お前のような魔族にはそう感じるのでしょう。聖なる魔力を息いっぱいに吸って、肺が腐って死ね」


「マジ、死ねるわ」


 くそ。フロンの重ねての極めて無礼な発言への怒りはティナ達に向けるべき。来るべき戦闘に向けて、今は私も魔力を無駄にしたくない。


「お、お姉様。アデリーナの鼻も耐えられません……。ここは地獄……?」


「お前の足の裏の方がよっぽど地獄ですよ」


「……えっ?」


「靴を脱いで嗅いでみなさい。とてつもないですから」


「そ、そんな……」


 聖竜様にその呪いは解いてもらっているはずですが、そんなのは無視しました。お前の足は永遠に臭いままであるべきです。

 るんるんアデリーナは膝から崩れて地に伏せます。


「女の子なのに……もう生きていけない……」


 くはっ。るんるんじゃない方に聞かせてやりたい。あれを嗅げば本当にそう思いますからね。


「安心しな。化け物も同じくらい臭いから」


「ちょっ!! お前、なんて事言うんですか!? 今、私はるんるんの言葉を聞いて心の中でほくそ()んでいたんですよ!」


「性格悪っ」


「魔族のお前に言われたくない!」


「うぅ、死にたい……」


 なお、この騒ぎの中でもイルゼさんは無言かつ無表情でして、一度治った精神的な病が再発しているのではと私はちょっと危惧していました。



『騒がしい。集中できぬぞ』


 聖竜様が遂に言葉を発してくれます。

 首を反らすくらいに立て、最上段から私達を見下ろしています。今までに見たことがないくらいに重い威圧を感じました。


「す、すみません。聖竜様、メリナは大変な敵の出現を聖竜様にご連絡したく――」


『分かっておる。ルッカとヤナンカが一撃で墜とされた』


 聖竜様は万能ですから当然か……。


「そ、そうなんです! 絶対に許せないですね! 私が! 聖竜様の第一の女である私めが奴らを倒して見せます!」


『……却下である』


「何故ですか!! 絶対にぶっ殺す自信があります!」


 私の叫びがこの地下の大空間に響きます。



『ルッカ達が受けた攻撃を見るに、あれは大魔王ダマラカナの魔力に間違いなかろう。奴らは大魔王の力を使える』


「勝ちます!」


『ふむ。メリナならば、もしかしたら勝てるかも知れぬ。しかし、奴らは魔族を装った具現化した精霊であると我は考えておる』


「だとしても、勝ちます! 聖竜様の為に!」


 私の声は力強い。


『そもそも人は死なぬ精霊に勝てぬもの。それに、メリナよ、精霊は魔力を操るが故に、それをもって人の心を支配できる。お主も一時的であれ記憶を失い、そこのアデリーナも性格を変えられた。フローレンスは心どころか身さえも分裂した。魔力が強くなり過ぎた魔族も荒くなるであろう?』


「そんなことありません! 私は自分の記憶をガランガドーさんに封印して貰っただけです!」


 るんるん日記第2章の記憶を消すために!!


『例えば、お前の精霊であるガランガドーはお前の精神を支配することが出来たということである。お前が望まなくともな』


「んな舐めたことをガランガドーさんがしたらぶっ殺します!! なんなら、今、ガランガドーさんを召喚して試しましょうか? 記憶を奪われても即座に取り戻して、その上でぶっ殺してやりますから!」


 証明する必要があるなら仕方ありません。ガランガドー、長い付き合いでしたが、さようなら。


『……怖いって……本気なんだもん。あっ、ダメ、ゴホン。威厳、威厳。……ガランガドーも邪神もメリナを認めておる。だから、そうせぬのである。しかし、奴らは手段を選ばないかもしれぬぞ。我が戦う。えーと、い、愛しきメリナよ、命を無駄にするでない』


 ……愛しき? 愛しき! 愛しき!! 愛しきッ!!


「はい。勿論です。承知致しました。愛し合う聖竜様」


『……う、うん』


 私は引き下がります。聖竜様が愛する私を案じてご配慮していくれていたと知ったのです。それを私が無碍にするはずがありません。全身で受け止めさせて頂きます。


「メリナお姉様を最も愛おしいと思っているのは私です。恋のライバル誕生ですか……」


 は? お前はるんるん呟いていなさい、アデリーナ。恋とか言うな。


「イルゼさん、お昼にしたいです。お酒を忘れずに」


 私のお願いにイルゼさんは無言で応えて転移しました。彼女の服、聖女の正装で真っ白なはずなのに洗濯もしていないのか汚れが目立っていましたね。大丈夫なのかな。



「化け物、あんたは飲酒しちゃダメよ」


「お前の指示を受けるつもりはない」


「死相が出てのんよ」


「騙されるか。私は人生で一番幸せな気分なんです。そういう意味では死んでも良い。いや、死んだらダメです。お前だけ死ね」


 私の返しを受けても、フロンの顔は真剣でした。


「今日は全員、私が見た者全てに死相が出てる。このままじゃ全滅」


「聖竜様が何とかしてくれます」


 私は熱く聖竜様を見詰めます。


「チッ。こんな時に化け物の扱いをうまくやりやがって……。ねぇ、聖竜スードワット様、哀れな魔族の言葉を聞いてもらえる?」


 フロンが不遜にも目を瞑って集中する聖竜様に話し掛けます。


『……何であるか?』


 お優しい聖竜様は薄汚いどころか汚れきった不純なフロンに反応してあげました。


「化け物の力を使わないと負けるわよ。知っていると思うけど、こいつはバカだけど、いや、バカだから運命に逆らって生きている。今回もそれに賭けるべきじゃん」


「お前にバカって屈辱なんですけど」


「そう。お姉様はバカじゃないよ。アデリーナよりもずっと賢い」


『ならぬ。また、心配も要らぬ。先制攻撃で完全に無力化する作戦である』


「……なら、サッサッとしなよ」


『……周りに人がいるから。奴らだけになってから仕掛けるのである。ルッカが負けたくらいだから、我も慎重に進めているのである。それに他人に見られたら、獣化する子が可哀想だしね』


「さすが聖竜様!!」


 私は全面的に聖竜様を応援しています。

 そうこうしていると、イルゼさんが戻ってきて、私達はお食事タイムとなりました。

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