好機とする
彼女らは高い自己治癒力を持つ魔族です。なのに、再生せずに傷付いたままということは、それを邪魔する魔力が存在することを示しています。
私は注意深く魔力を読む。目で見る訳ではないのですが自然と彼女らの惨状も視野に入ってしまいます。
関節はどうやら曲がらない方向へ無理やりに広げられているようです。なので、背骨が反り過ぎてお腹が裂けているし、顎の関節も大きく開き過ぎて下顎が裏返り、喉に食い込んでいました。だから、上顎だけの口からは血と涎が垂れ流しです。勿論、それだけ口が開いているのですから頬も深く破れています。
「治せんの、化け物?」
「細かい楔がいっぱい刺さってる感じですね」
「できんのか、聞いてんのよ」
……こいつ、何故に苛立ってんだ?
ヤナンカはアデリーナ様の敵だったからお前にとっても敵だったでしょうに。ルッカさんか? お前とルッカさんはやらしい魔族同士で爛れた恋仲にでもなっていたか?
「余裕です」
ついこの間シルフォルにやられたアデリーナ様の致命傷を治すよりも遥かに簡単に感じます。まず放置していても、こいつらは死なない。次に、試しに魔力の楔を触ってみたら、素直に引き抜くことができたから。
「メリナお姉様、こんな暗い場所で何を……。ひっ! すっ、凄い血っ! ま、まさか、フローレンス巫女長の……仕業……」
職場に近かった為でしょう。私たちの会話が聞こえていたのか、るんるんアデリーナ様も現場に寄ってきました。
「フロン、あいつに酒を」
「は? そうしたいのは山々だけどさ」
「どうしました?」
「あいつ、お酒は大人の飲み物だからって捨てやがった」
「あいつ? もしかして巫女長ですか?」
「まぁ、メリナさん。私は捨てないわよ。アデリーナさんは大人ですし」
「るんるんの方が捨てやがったのよ」
……あれか。呑んだくれとるんるんで体の主導権争いでもしているのか。面倒な時に重なって、更に面倒な事が起きやがりますね。
まぁ、呑んだくれとは言え、あの冷徹な方のアデリーナ様です。永遠に眠るような無策ってことはないでしょう。
今はこっちの鮮血の惨劇を解決――鮮血?
「どうして、こいつらが血を流してるんですか?」
「化け物のクセにまだ気付いてなかったの!?」
フロンの焦りはこれか。異状に動揺していたのですね。
「そうですね。うーん、これ、人間になり掛けている?」
魔族はほぼ死なない。殺そうとするなら、体内にある魔力の噴出口を潰すのみ。その噴出口は魔族の弱点だから、当たり前に悪賢い魔族は場所が分からないように偽装します。
ショーメ先生クラスの技量と経験がないと見極めるのは無理。暴力だけなら先生に勝っているアシュリンさんも、それは会得できていなかったと思う。でも、魔族を人間に変化させることができるなら、ある程度の力量さえあれば簡単に殺せる。
急ぐ必要がありますね。私はちょいちょいと邪魔な魔力を取り除きます。
「ふぅ、助かったわ。サンキューね、巫女さん」
「メリナは凄いねー。もー私はーよー無しだねー」
感謝の言葉を貰いますが、それは後で十分でしょう。
しかし、魔族の体は便利ですね。全身に付着した血を水で洗い流したのでずぶ濡れ状態でしたが、彼女らの服は魔力で作り出されたものですから、瞬時に服を構築し直して乾燥した新品で身を纏うことができていました。
落ち着いたところで声を掛ける。
「何があったんですか?」
「呪いかなー」
呪い……。
継続的に心身をジワジワと弱らせたり、猟奇的な突然死をもたらしたりといった魔法の一種で、ちょっと怖いヤツですね。強い恨みの感情が上乗せされ、本来の術者の力では到底できない効果が発揮されるのです。
「聖竜様を滅殺させる剣って言うのを観察していたら、突然アタックされたのよ」
もっと詳しく訊きますと、ティナ達がやっていた昼前の倉庫掃除を上空から2人で怪しい動向がないか観察していたそうです。彼らが荷物を運んでいると偶然に箱の蓋が外れて、強烈な魔力を発する物が現れました。
蓋が戻されると魔力の漏れも収まったのですが、2人はそれが何かを確認したい。ティナ一行の仕掛けた罠かもしれないから。
そして、注目している最中にティナによって蓋が再び外され、噴出した魔力は2人をあっという間に襲い、今に至るそうです。
……建屋の外で箱の中を確認している時、背筋が凍るような悪寒がしました。あの時でしょうか……。
恐ろしい。一歩間違えたら、ほぼ不死の魔族達ではなく、私がそれを喰らい即死していたかもしれない。
「マイアは賢いねー。触らぬ何たらに祟りなしだったよー。見てただけなのにー」
「このままゴーアウェイしてくれたらラッキーだけど……」
「あらあら、大丈夫ですよ。私、懸命にナベさんにお願いしまから。ねぇ、メリナさん?」
「はい」
私は素直に返答できたはずでした。でも、ヤナンカは何か言いたげに私を見詰めてくるのでした。
王都情報局を率いていただけあって、微妙な私の仕草から隠し事をしていることを察したのか。
「メリナお姉様……誰があんな事を……。アデリーナは怖いです……。一緒に逃げましょう」
2匹の魔族がマイアさんの下へと向かうと言って去った後、るんるんしていないるんるんアデリーナがこう言いながら私の腕を取りました。
「いえ。アデリーナ様は立ち向かえ。舐められたら終わりだと言っておりましたよ」
「そ、そんな……。酔った私はいつもどうかしているの。お姉様……あれは私じゃない。信じて」
こんな戯れ事に付き合っている暇はありません。
聖竜様はティナ達を攻撃する予定なのです。ルッカさんとヤナンカは奇襲を受けた謂えど、完膚なきまでに敗北しています。誰が考えても、相手はかなりの強者です。
「巫女長、フランジェスカ先輩を通じて聖竜様にルッカさんとヤナンカがボコボコにヤられたとお伝えして頂けませんか?」
「分かったわ。ルッカさんは500年前の巫女長でしたものね」
素直に従ってくれた巫女長。これで私は自由の身。
かなり遠くに行ったのを確認した後、私は神殿を出ます。アデリーナ様も付いてきて、フロンまでおまけでいます。
「お姉様、待って」
「どこに行くのよ?」
「イルゼさんの家です。そこから聖竜様のとこに行って、聖竜様に奴らを見張って貰うんです」
「聖竜が強烈なヤツを喰らうじゃん」
「聖竜様は最強だから効きません」
「……それで、どうすんの?」
「聖竜様が攻撃したのを確認した後に、転送させてもらって私が追撃してぶっ殺します」
「は? あいつらに喧嘩を売るの?」
「好機なんです。あの2匹がなす術なくやられた今、私が奴らを討伐したら、聖竜様の私への評価は留まることを知らないくらいに急上昇だと気付いたのです」
「……止めはしないけどさ」
私はイルゼさんを訪問し、相変わらず無言の彼女に聖竜様のお住まいへの転移をお願いしました。




