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フローレンス巫女長の弁明

 巫女長に呼び止められ、私は執務室に戻されます。私、ちゃんと学習しておりまして、巫女長と私の分のお茶を用意してから席に着きました。


「巫女長、お疲れ様です」


 早速、自分で淹れた茶を啜る。


「えぇ、メリナさんもお疲れ様。久しく難しいことを考えていなかったから、本当に体も頭も重くなっちゃったわ」


 えぇ、良い意味でも悪い意味でも飄々とした感じの巫女長が常なのに、先程はかなり焦りの感情を見せたりしていました。交渉術の1つだったのでしょう。


「ふぅ、昔取った杵柄よ。我ながらよくできたわ。うふふ」


 あれかな……。

 巫女長はダンジョンの奥で精霊を食べて、その影響で様々な個性の巫女長に分裂したことがありました。過去には交渉事も上手な分裂体もいて、それを倒して再吸収しているんじゃないでしょうか。

 アデリーナ様のるんるん日記では極悪卑劣な奴隷商の巫女長も登場していて、あれさえも妄想じゃなかった可能性が有りますね。


「でも、メリナさん、すみませんね。ご家族の獣人を保護してるだなんて嘘を言って」


「……いえ、大丈夫です」


 保護なんてできる間もなく死んだと言うのに。

 私は唇を噛みそうになったのを我慢する。


「本当にごめんなさいね。どうしてもカレンさんを保護したかったのよ。ナベさん、人が良さそうだったから、ああ言えば動揺して許可してくれると思ったの。本当にごめんなさい」


 巫女長は体を前に倒し、テーブル越しに私の両手を無理やり握って頭を下げてきました。巫女長の手はしわしわでカサカサの歳相当でした。


「いや、本当に大丈夫ですから。お止めください」


 謝罪したくて私を呼び止めたのですね。ふむ、巫女長にしては血の通った行為です。



「でも、どうしてカレンちゃんを引き取ろうとしたんですか?」


 私の方に傾いたままの巫女長の姿勢を戻してから、私は問う。


「昔ね、目の前で幼い少年が蝶々の魔物に変わったのよ。あの時は人に化けた魔物を退治したつもりだったのだけど、後から特殊な獣人の獣化だったんだって知って、私は深くショックを受けたの」


 ミーナちゃん母娘に初めて会った時に、森の魔力を吸った彼女も同じく特殊な獣化をしました。私も驚きましたね。ガインさんが教えてくれなければ、私もミーナちゃんを化け物だと思って殺していたかもしれない。


「そんな事があったんですね……」


「えぇ、巫女長になって初めての国王様に謁見するための旅路だったわね。償いにもならないけど、ガインさんと一緒にお墓を作ったのよ」


「その場にはガインさんも居たんですか?」


「えぇ、護衛をしてもらっていたの。ガインさんが言っていたわ。『ミーナは救えて良かった』って。後から聞いて、私、メリナさんを更に凄いって感心したものよ、うふふ」


 褒められて悪い気はしないけど、相手は巫女長なんですよねぇ。


「聞いて、メリナさん。デュランで出会った子供が森の中で酷い獣化をするなんて、本当に似た状況だったのよ。ガインさんは2度目だったのに、結局は殺すしかないって判断したのにね」


 シャールから王都を目指したら、川を下ってデュランを経由するのが最も速い。ルートが同じになったのは必然だけど、あの獣化の仕方は非常に珍しいものだって、当時、マイアさんが語っていたように思う。


 偶然にしては出来すぎな感じも――あっ! 暗部か!?

 ヤナンカはアデリーナ様の育ての方のお父さんをヤギ頭の獣人にしていた!! あいつは意図的に人を獣人にできるはず! 暗部の頭領はヤナンカの分身だったから同じ術が使えたんじゃないか!?

 そして、その頭領は何らかの意図、例えば悲惨な事故を見た時の反応を確かめる悪趣味な観察をしていた可能性! 若しくは、他街の有力者の弱みを握ろうとしたとか!

 って、いや、今更、それを追及したところで無意味ですね。暗部は崩壊したし、頭領も消滅したようだし。


「メリナさんならカレンさんも救える。そう思うのよ。獣化さえ抑えられたら、この神殿でも世界一決定戦で剣王さんが言っていた村でも良いから、住む場所も用意できるわ」


「いやー、カレンちゃんについては私は一時的な抑制で、結局はマイアさんのお陰なんですよ」


「まぁ、さすがはマイアさんね。でも、メリナさんもすぐにマイアさんみたいに歴史に名を残す人になれるわよ」


「はぁ……」


 妙な感じですね、今日の巫女長は。



 そろそろ帰りたいなぁと思い始めた頃です。巫女長が話題を変えて来ました。まだ私は解放されません。


「ティナさん、見た?」


「はい」


 どうした?


「何となくなのだけど、彼女は良くないわ。とても不吉な感じ」


 ティナが?

 えぇ、聖竜様を襲撃するかもしれないクズですから良い訳がありません。

 でも、巫女長はどうしてそう思ったのか。


「勘なのよ。私の勘。結構当たるのよ。ティナさんは遠くに行って欲しいって思ったから、ナベさんにあんな意地悪を言ったの」


 巫女長の勘か……。確かに不思議に当たる予感がしまくる。


「そう言えば、営業部のカーシャ課長もティナが怖いって言ってましたね」


「まぁ、カーシャさんも? そうよね、やっぱりそうなのよね」


「他にアンジェとか大男とか居ましたが、そちらは?」


「その人達は普通だったわ。強そうだと思ったから、ティナさんが居なかったら悪戯してたかも」


 極悪な悪戯になっていたかもしれませんね。

 しかし、巫女長が避けたティナか。気になります。見た目通りに、あれが一行のボスだったのか。何も悪さをせずにシャールを去ってくれれば良いのですが。



 窓の外を見ますと、日差し的にもうお昼と思われます。昼休みに入った薬師処の巫女さん達がお食事を取りに神殿の外へと向かう姿が確認されました。良いなぁ。私も自由になりたいなぁ。


 そんな思いを抱いた瞬間、桃色の髪を持つふしだらな巫女が窓を叩いてきました。私は立って、窓を開けてやる。


「化け物、大変! ルッカがやられた!」


 唾の飛沫が飛んできそうで、私は眉を(ひそ)めます。フロンです。


「まあ。どうしたのかしら」


 巫女長も立ち上がります。


「早く、来なっ!」


 フロンに促され連れていかれたのは魔物駆除殲滅部裏の林。そこで、全身の関節が逆向きに折れ曲がり球体みたいになっている哀れな被害者を私は見ます。物凄い血塗れですが微かに蠢いていて、未だ息があることを知る。その2個の物体は、魔力的にルッカさんとヤナンカでした。

 王国の歴史上でも群を抜いての曲者である2匹の魔族の、見事なやられっぷりに私は再び驚くのでした。

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