依頼と交渉
パウスさんは足早に別室へと去ってしまいました。残念です。お金をくれませんでした。
なお、彼はここでは有名な存在だったらしく、彼を知っている私に対して、ギルドの人が冒険者の仮登録を勧めてきます。そして、お断りしている間にノエミさんが自分で次の仕事を選んでいました。
マークアラの葉っぱの採取。10枚で銅貨1枚のお仕事です。とても安い。マークアラが何かを私は知らないのですが、大丈夫なんでしょうか。これきっと、量で勝負ですよ。
用が済んだギルドを出た後、ノエミさんは宿屋に向かうと言います。
「採りに行かないんですか?」
「はい。昼間は人が多くて……。それに、昼だったら宿屋も安いんです」
聞けば、彼女は宿賃を節約するために昼に休憩し、夜間に活動するようにしているそうです。確かにお金の面からすると良いことですが、夜の森は危険が増します。あまり良いことだとは思いませんが、ノエミさんは恐らくそこは理解し、覚悟して生活していらっしゃるのでしょう。
ノエミさんが出してくれるという宿代と朝食代を断って、私は夕方まで時間を潰すことにしました。貧しい人から恵んで頂くのは良心が痛みますから。
ということで、私は冒険者ギルドの長椅子に寝っ転がっています。クッションもない固い木の椅子ですが、まぁ、我慢してあげようではないですか。日差しも雨も心配しなくて良いので快適です。
「おい! 1人で使うなよ!」
「すみません。人を待っているんです」
「知らねーよ! どけよ!」
冒険者の人は心が狭い。皆、貧しいからでしょうか。私は仕方なく立ち上がって、場所を空けました。
私の目的はパウスさん。あの人は身形が良いのでお金持ち。お食事代をお借りしたいのです。なんなら、無償で貰いたい。
私は邪魔にならないように部屋の隅っこで足を抱えて座っていました。
はぁ、お腹が空いたなぁ。パウスさん、命のやり取りをしたことがある縁でお食事を奢って頂けると有りがたいのですが。昔、私を傷付けた慰謝料ってことにしようかなぁ。
いつまで経っても出てきません。あっちの部屋で何をしているのでしょう。私から出向いても良いのでしょうか。
早く出てこーい。パンが食べたーい。
私の願いが天に届いたのかもしれません。パウスさんが扉を開いて出てきました。頭をボリボリと掻いておられました。
「おい。こっち来い。そこで何をしているのか知らんが気になる」
……透視でもできるような言い方ですね。
しかし、好機。私は指示通りにパウスさんが呼んだ部屋へと向かいました。
「メリナかいなっ!?」
私が扉を閉じて振り向くなり、驚いたのは爺さんでした。パウスさん、この爺さん以外には、もう1人おっさんがいました。内装は中々に豪華で、先程の冒険者が屯する場所とは明らかに異なります。
パウスさんに促されて、私も革張りのソファに着席します。
それから、自己紹介をそれぞれから軽くしてもらって、私も挨拶を交わします。
私の顔を知っていた爺さんの名前はガインさん。
皺の深い顔と日に焼けた肌はベテランの農夫って印象でしたが、この人はシャール全体に何軒もある冒険者ギルドを取り仕切る偉い人らしいです。
過去の私がそんな偉い人と面識があったことにビックリします。竜の巫女というのは私が思っていた以上に高位な職だったのかもしれません。
脂ぎったおっさんの方は、この冒険者ギルド「皆の希望センター」のギルド長です。
私の挨拶の後、その彼から口を開きます。
「メリナって……あのメリナですか?」
「あぁ、あのメリナだ」
パウスさんの答えの後、質問主のギルド長に向けて私は優しく会釈をしました。ギルド長、思っきり唾を飲み込んで喉が動いていました。
「メ、メリナ様が動かないといけないくらいに、いえ、メリナ様が動くのに関わらず、助けが必要なくらいに事態が深刻なのですか……?」
ギルド長の顔に脂汗が浮き出ます。
私は状況が読めないので黙っています。あと、テーブルに置いてあったお菓子を口にします。甘い。幸せです。
「そうなんや。せやから、パウスの力を貸して欲しいんや」
ガインさん、訛りが酷いなぁ。
しかも、何も知らない私を悪びれる様子もなくダシに使いましたね。さっき私を見て驚いたばかりですよ。
「しかし、パウスさんはうちの稼ぎ頭なんですよ。今日も貴族様からもご指名で注文が入っているんです」
ふむ。賢い私はおおよその状況が掴めましたよ。
ガインさんはパウスさんに何かを依頼したいのだけど、ギルド側としては先約の依頼があって断りたいのですね。
「何、寝ぼけたことゆーとんねん。メリナが動くんやで? ほなら、メリナのバックに誰がおるんか知らんちゅーのか? メリナが動くんやったら、その高貴なお方の意向や思おてえーんちゃうか。その辺、説明したら、貴族様も泣いて辞退されると思うで」
「わ、分かりました。では、費用は此方の言い値――」
「そうしたいのも山々なんやけどな、そこは後で相談しよか。これな、依頼主のおらん案件やねん。事後で伯爵か王国に報告してたんまり貰わんとあかんねん。なぁに、悪いようにはせぇへんから期待しとき」
「……本当ですか……? 信じますよ。ガインさん、これ貸しですよ」
「せやな」
私は何一つ分かっていませんが、話は終わったみたいです。すぐにパウスさんが席を立ち、外へと向かいます。
そして、部屋を出るなり私のお腹がぎゅーと鳴りまして、パウスさんが「飯を食いに行くか」と誘ってくれました。
油と手垢で汚れきったテーブルのお店に入りました。パウスさんによると、それでもこの周辺では一番マシな店だと言います。
私としてはお食事させてくれるなら、どこでも良いです。やがて、目の前にはパンと具は少ないながらシチューが運ばれてきまして、心がウキウキしてきました。
「パウス、よおメリナを連れてきてくれたな。話が早よなって助かったで。ほんま、あいつ、強欲やからな」
「あぁ、俺もこいつを見た時には驚いたが、禍転じて福と為すだったな」
「禍ですか?」
もしかして私の存在を禍って言いましたか?って意味です。
「ワハハ、パウスは口が悪いさかい堪忍な」
ガインさんの笑いで陽気な雰囲気になります。私の発言も敵意が含まれるものではなく冗談だったような感じになりました。
「メリナがおるなら都合がえーわな。蟻猿の討伐、メリナにも協力してもらおか」
「あぁ。こいつの武力に勝てるヤツはいない。それに魔物駆除殲滅部だろ? ちょうど良いな」
固いパンだったので千切ってシチューに付けている最中の私に対して、勝手なことを言う2人。
「もう神殿を辞めたんです。だから、その部署は関係ないですよ」
「休職だろ。アシュリンとアデリーナから聞いている。記憶の件もな」
「フローレンスからも聞いとる。あいつ、残念がってたで。どうせ暇やろ、メリナ。金は出すから頼むわ」
「そういう事でしたら分かりました」
お金と聞いた私は即断です。フローレンスが誰だか分かりませんでしたが、どうでも良いことです。
蟻猿も知りませんね。でも、蟻みたいに小さな猿をぶっ殺すなど余裕です。
しかし、頼み事を向こうからしてきて受けるのですから、逆に私にも彼らへ何かを頼む権利があるのです。なので、要望を口に出します。
「お金に困っている冒険者がいるんですよ。私と一緒に参加させてもらって良いですか? もちろん、参加料で良いので、別にお金を用意して下さい」
「お金を貰う前に死ぬかもしれへんで」
「ガインの言う通りだ。異常繁殖した蟻猿の群れだ。普通の腕なら囲まれて死ぬ」
「私が守りますよ」
「ふん。死んでもしらんぞ。そいつの名前は? 名簿に入れておいてやる」
「ノエミさんとミーナちゃんです」
「……本当に無名の奴らだな。大丈夫か?」
パウスさんの反応はそんな感じでしたが、ガインさんは目を大きくして驚いていました。
「ミーナゆーたら、あれかいな!? ザリガニのヤツちゃうんか!!」
大声が店内に響きましたが、私は冷静に返します。
「ちょっと何を言っているのか分かりませんね。ガインさん、大丈夫ですか?」
「あっ、いや、すまんかった。メリナは記憶が飛んでるんやったな。そうか、あの子、生きとったか……。あの時、己れの誤った判断を止められへんかったらえらいことになっとたなぁ」
ガインさん、少し目を伏せました。ミーナちゃんと何か因縁があるみたいですね。
話の続きを待つために私はパンをモグモグと食べます。しかし、彼も食事を始めてしまい、それ以上聞くことはできませんでした。
「分かった、メリナ。そいつも参加させるのがお前の条件だな。飲んでやる。戦闘に耐えられそうになかったら、後方支援に回ってもらう」
「ありがとうございます。あと、ミーナちゃんはパウスさんと決闘したいって」
「剣が好きなガキの相手をするのは慣れている。おいおい考えてやる」
パウスさんは少し苦笑しました。
「ほなら、行こか。時間が勿体ないわな。メリナ、悪いけど、2人を連れてきてくれへんか?」
「今は寝ているかもしれませんから、私たちが向かいましょう」
「朝っぱらから寝ているのか。大丈夫なのか、そいつら」
そこで会話を終えまして、私たちは皿を空けることに専念しました。
(次の更新から隔日投稿にします。すみませんm(_ _)m ストックが切れました)




