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神殿を去る

 2人を引き留めたのは、私が失った記憶についてお訊きするためでした。


「知らない方が幸せなことも御座いますよ?」


「それでも私は自分が何者なのか、真実を知りたいと思っています」


「オーバーね、巫女さん」


「宜しい。本人が知りたいと言うのであれば、お伝えしましょう」


 アデリーナ様は快く私に教えてくれました。

 口は悪いですが、心優しい人でした。


 まず私は自分を村を出たばかりの15歳と思っていましたが、それから1年以上、いえ2年近く経っているとのことでした。つまり、今の私は16歳くらいです。


 それから竜の巫女の見習いになるために竜神殿にやって来たつもりなのですが、既に見習いを卒業して、正式な巫女となっているのでした。


 驚く私。夢だった職業にもう就いていたなんて……。



「でも、私、巫女服は着ていないんですよ」


 そう憧れの黒い一枚布の服。

 今は何だか動きやすい、入手をした覚えのないシャツとズボンです。


「巫女さん、今日はトレーニングって聞いたら『やれやれ神聖な巫女服を下劣な奴らに触らせる訳にはいきませんね。あと、薄汚い血とか体液を飛び散らす貴女方の無惨な姿が目に浮かびますよ』って着替えてたよ」


 ルッカ姉さんの返答でした。

 折角答えて頂いたのに、色々と疑問が湧き出て来ます。


 まず、トレーニング。何を何の為に訓練していたのでしょう。

 それから、村一番にお淑やかなメリナさんで通っていた私が本当にそんな下品な物言いをしたのでしょうか。



 私は順番にお訊きします。まずはトレーニングについて。

 アデリーナ様がお答えしてくれました。


「魔物を倒す為に鍛練しているのでしょう。ルッカ、そうで御座いますね?」


 魔物を倒す?

 うん、まぁ、田舎の村にずっと住んでいたから巫女の仕事が今一分からずに目指していましたが、魔物退治的な仕事が要求されるのなら必要でしょう。

 辛うじて理解できます。


「そうよ、アデリーナさん、私達、魔物駆除殲滅部だからね。クレイジーな部署名よね」


 魔物駆除殲滅部……。私もそこに所属していたということですか。このか弱い私が……何故に……。



 疑問は増え続ける一方ですが、私は先に気になったもう一つの事を尋ねます。

 私が「下劣な奴ら」とか「薄汚い血」などという悪意満載の言葉を口にするはずが御座いません。本当に私がそう言ったのか確認を取ります。



 私の質問にアデリーナ様とルッカ姉さんは顔を見合わせました。それから、2人で頷いてから私に答えます。


「言ってる姿が目に浮かびますよ、メリナさん」


「えぇ、いつもの巫女さんそのままよ」


 ……何て事でしょう……。信じられないです。私は余りのショックに押し黙ってしまいます。

 知らない方が幸せな事があるとアデリーナ様は仰いましたが、正しくその通りでした。



「分かりました。今までの私は巫女に相応しくない人間の様です。今日限りで巫女服を脱いで退職致します」


 私の宣言に2人はしばらく沈黙します。



「アデリーナさん、どうする?」


「退職手続きも良いですが、数日で元のメリナさんに戻る可能性も御座います。休職としましょう。一応ですが、メリナさん、引き留めましょうか?」


「ありがとうございます。でも、このまま残るのは恥の上塗りになってしまいます」


「上塗りする場所もないくらいの恥さらしでしたが、分かりました。あなた、新人寮にお住まいだけど、新しい家はどうされます? 神殿を辞められるのなら退去して貰わないとなりません。こちらで用意しましょうか?」


 淡々とアデリーナ様は話を進めて行きます。記憶がないとは言え、それまでは巫女仲間だったはずなのに、冷たい印象を受けました。特に私は親友だったらしいのに。



「……良いの? 巫女さんを街に放つことになるわよ? とってもデンジャラス」


 私がまるで野獣みたいな言いっぷりですね。心外です。


「そもそも新人でもないのに新人寮に住み続けていましたから、丁度良い機会で御座います」


 アデリーナ様の口調はまた冷たく感じました。

 でも、その言葉を信じるならば、以前の私は面の皮の厚い人間だったみたいです。恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分です。



 次の日、やはり記憶が戻らない私は神殿を出て行く決意を、寮の管理人もしているというアデリーナ様に伝えます。今日からの宿はアデリーナ様が用意してくれるとおっしゃいましたが、断ります。

 



 続いて、所属していた魔物駆除殲滅部に別れの挨拶に向かいました。


「……そうか、メリナは休職するのか……。ふむ……分かったっ! 未熟な自分を見詰め直してくるのだな! 行ってこい!」


 そう言った軍人さんの名前はアシュリンさんと呼ばれていました。私は深く頭を下げます。


 でも、退職のはずなのに休職? 

 どちらでも良いか。もはや神殿のお世話にならないのは一緒なのだから。実質、退職です。



「化け物、本当に辞めるの?」


「フロン! 退職ではない休職だ! メリナは数ヶ月ほど外国に留学をしていただろ! それと似たようなものだ! ……帰ってくる保証がないのは、正直寂しさを感じるがな」


 私、分かりました。このアシュリンさんは口では厳しいですが、優しいです。

 良い職場だったんですね。


「私がしていた仕事の分、お忙しくなることだと思います。突然のことでご迷惑をお掛けします」


「いや、大丈夫だ! お前は仕事をサボってばかりだったからな! まともに働いていた記憶が皆無だっ!」


 やっぱり優しい。

 極めて有能だったに違いない私です。その私が抜けて部署が大変にならないはずが御座いません。

 しかし、アシュリンさんはそれを噫にも出さず、私を快く羽ばたかせてくれようとしているのです。


「メリナ、私物は持って行け!」


「私物なんて有るんですか?」


「着替えのパンツくらいじゃない? あっ、あと、その絵」


 フロンという女性が指差した先には、個性的な絵が額縁に入って飾ってありました。黒髪だから私の絵なのかな。でも、目と鼻の代わりに歯を剥き出した唇が描かれています。顔に4つも口がある化け物です。


「ホラーよね、それ」


 ルッカ姉さんも私と同じ感想を言いました。


「これ、私の持ち物なんですか?」


「そうだ! 貴様の勲章みたいなものだ! フロン、取ってやれ!」


「仕方ないわね。感謝しなさいよ、化け物」


 悪態を付きながらもフロンさんは椅子に乗って、それを外し、私に手渡してくれました。根は良い人なのかもしれません。


 あっ、この絵を中心に文字が放射線状に書かれていますね。



"メリナ、短い間でしたが感謝しか御座いません。あなたと知り合えた私は世界で一番の幸せ者でした。また美術部の先輩とともにお会いしたいです"

"巫女よ、巫女よ、巫女よ! 受け継いだ拳王の名に恥じぬ生をここに誓う"

"怖かったけど楽しかったです。あと、賢そうな髪型の人って僕を呼ばないで下さい"

"お前、留学する意味なかっただろ? 俺の教師生活で一番の問題児だった。しかし、お前の才能は間違いない。それを信じて生きろ"

"メリナ正教、私達も信奉します"


 知らない人達の名前もついでに書かれていますが、基本、私を敬う感じですね。


 これは何なのか、私はすぐに想像が付きました。ヒントは留学です。

 十中八九、留学を無事に終えた私に、同級生が別れの際に贈った物でしょう。真ん中に描かれた化け物の絵は不可解ですが、私は異国に行っていたとアシュリンさんが仰っていたところからすると、文化の違いがあったのだと推測します。異国の画風なのでしょう。



「ところで、メリナ、お前は村に帰るのか?」


「いえ、シャールの街に留まります。どこかでひっそりと余生を過ごします。皆様、お会いすることはもうないと思います。お元気で」


「ふむ、そうか。ならば、また会うだろう!」


 私の言った言葉が聞こえなかったのでしょうか? しかし、私は言い直すことはありませんでした。


 小屋を出る前にもう一度皆さんに頭を下げ、額縁の上に替えパンツを乗っけて寮に戻り、それから荷車を牽きながら神殿を出ました。


 私の物らしき巫女服は神殿にお返しする為に、きれいに畳んで床の上に置いたままです。

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