探り合いと決断
私の興奮に誰も反応してくれず、ちょっと悲しい気分になりました。既に次の話題に入っております。
「カレンさん、どうもありがとう。こんなにも珍しくて美味しいものを頂いて、なんてお礼をしたらいいのか分からないわ」
巫女長は至高の冷菓を食べ終えてからカレンちゃんに改めて礼を言う。
「アンジェからだよ」
そう言ってからカレンちゃんは紺色の服の少女の元に行く。彼女がアンジェなのでしょう。
「詫び」
何の?
いや、大魔王復活させた件か……。
「やはり墓荒らしをされたのですか?」
私は問う。
「まあ、メリナさん。祠のどこにお墓があったのですか?」
……大魔王の封印されていた場所を墓と表現しただけです。巫女長は知らないのだったっけな。
いや、交渉を引っ掻き回すなという、私に対する警告かもしれない。
うん、この場で追及したところで益はない。私は黙ります。
それに対して、アンジェがもう一度口を開く。
「私を疑った詫びは?」
……は?
大魔王復活も聖竜様を滅殺する剣も、両方ともお前らの仕業でしょうに!
「疑ってません」
巫女長の手前、直接の喧嘩は避けてやる。ありがたく思いなさい。でも、お前の発言は正面から否定してやる。
見たところ、12、3歳ってことでしょう。私は生意気な子供を思っきり睨む。
「あん?」
テメー……。こっちが友好的にしてやってるからと言って舐めてやがるだろ。お尻ペンペンして真っ赤にしてやるだけじゃ済みませんよ!
「すみませんね、皆さま。こちらの事情でお手間とお時間を頂きまして」
奇妙な服の胸元を捻り上げて頭突きを喰らわしてやろうと思っていたところを収めたのは巫女長でした。
「メリナさん、お掃除が終わっているか見て来てください。私はこの方々と共に先に戻って、依頼完了の手続きを致しますね」
巫女長は私の動きを危惧して止めろって暗に言ったのでしょう。昨日、ガインさんからの報告書を読んで「絶対に手出ししない」って呟いていましたが、徹底していますね。
「はい、巫女長」
ならば、仕方ありません。
聖竜様が宣戦の合図を出すまでは、本格的な攻撃は厳禁なのも忘れていません。
しかし、あの地下室か。魔導式ランプに何か罠を仕掛けてないか心配ではありますね。気を付けないと。
1人倉庫の地下室に入った私は、彼らの仕事の丁寧さに驚きます。あれだけカビ臭かったのが解消され、また、埃1つも落ちていません。雑然と箱が置かれているのは、以前と同じ場所に戻したからかな。
念のために盗まれた物がないか、箱に貼られたメモと目録を照らし合わせて行きます。なお、灯りは自分で出した照明魔法です。罠が怖いですからね。
さて、報告する必要があるので巫女長の執務小屋へと向かいます。
「私もスードワット様を信じているけど、他人を襲いたくないわ。私は他人を助けるために巫女になったのよ」
廊下にいても、扉の向こうから巫女長の言葉が聞こえました。完全な作り話を語っているようです。
他人を襲いたくないって、これまでにご自分が作り出した犠牲者の数を認識していないのでしょうか。
渋々ながら扉をノックすると、巫女長が返事をしてくれて、私は部屋に足を踏み入れる。巫女長の正面にナベもいた。彼は魔力ゼロだから事前には分からなくて驚きました。あと巫女長が怖い独り言を言っているのではなくて良かったです。
「確認終わりました。掃除は完了しています」
「そう、ありがとう。メリナさんもこちらにどうぞ」
巫女長の隣とナベの隣が空いている。どちらに座るべきか、私が選らんだのはナベの隣。
巫女長はナベを尋問しようとここに呼んだのでしょう。その中でナベが本性を現して撃退する必要が出てくるかもしれない。それに備えて、二方向からの攻撃ができるような配置を取ったのです。
「ナベさん、『竜の尾の一閃』はどこでお気づきになられたの?」
中庭で見せた魔法のことですね。池の水を叩き飛ばして、一般参拝客の人達をずぶ濡れにした迷惑なヤツです。詠唱句にそんな文言がありました。
「巫女長が詠唱の最後にそう言っていたので、それで術の名前が『竜の尾の一閃』だと思いました」
ナベも私と同じ考えを述べたのですが、巫女長は少し驚いた様子だった。
どうしましたかね?
沈黙の中、ナベが横目で私の顔を覗き見してきて薄気味悪い。
「分かるの?」
「何がですか?」
『これも分かる? 我が御霊は聖竜とともに有り。我は願う。黄昏の海に堕ちし赤烏の囀りは闇夜を誘う。月映えする鱗を持ちしその竜が立つは真砂、憂れたし契りの地。思うのままに人は戯れて戦くは煌めく竜の眼差し』
ひっ!!
この魔力の流れは巫女長必殺の精神魔法!
しまった! この位置では巻き添えを喰らいかねない!! しかも、いつもと違う。詠唱バージョン! 完全に精神を崩壊させられる!!
しかし、ナベは全く避けようとしない。
なんたる豪気! もしくは無能! 諦めなのか!? 私も虚を衝かれて動けないもん!
私はギュッと目を瞑り、ナベを直撃した魔力の奔流が過ぎ去るのを待ちました。
「何って言ったか分かる?」
幸い私が被害を受けることはなく、嗚咽を漏らしながら号泣するという惨状になることを避けることができていました。
握った手の中は冷や汗でぬるぬるです。
「竜の眼差し」
っ!?
ナベが普通に返答した!? マジか!!
嗚咽はどうしたんですか!?
「他には?」
「月映えする鱗?」
アデリーナ様やガランガドーさんも酷い目にあったえげつない魔法なのに!!
「ほんとに分かっているのね。驚きだわ」
私も心底驚いています!
そう、そうだ。フロンの防御魔法やふーみゃんの毛は巫女長の魔法を無効化します。それですよね、それ。ナベも同じ能力を持っているんですよ、きっと……。
「何の魔法か分かる? 余り好きじゃないから使わないのだけど、『告解』よ」
この動揺の最中に、さらっと嘘をつくんじゃありません! 好きじゃないどころか、巫女長の第一選択の攻撃魔法じゃないですか!
「怖がらなくて大丈夫よ。聞きたいことがあるだけだから。嘘だけは付かないで。知ってると思うけど、虚偽に反応して呪いを掛ける魔法よ」
絶対にそんな効能じゃない!
些細な悪事を強制的に反省させられ、絶望的に強烈な心理に陥れる魔法です。確かに勝手に口が動きますが、言葉にはならないのですよ!
「何歳なの?」
「14歳」
再び普通に答えた! えっ、どうなってるの!?
シルフォルの時は異空間にいる相手にも効いたみたいで、あの凶悪なシルフォルが「意表を突かれた」とか言っていたんですよ!
「どこから来たの?」
「ニホン」
はっ!? もしかして今のナベの状態が巫女長の魔法の真髄なのか。
詠唱句を唱えることにより、質問に対して純粋に告白だけをするとか。そうであるなら理解できます。巫女長が「手出ししない」と決意していたことと矛盾しないから。
そう考えたら、ようやく少し安心してきました。
「ニホン? 知っている、メリナさん?」
ガインさんの報告に書いてあって、知らないって私は言ったじゃない。
って、どうして知っていることを訊く? ……ひょっとしたら、魔法が発動していることを確認しているのか。
「何をしにこの国に来たの?」
「気付いたらここにいました」
「それは意思で? それとも無理矢理?」
「デンシャに乗っている時に事情も話されずにです。連れてきたのは多分アンドーさん。変わった服を着た奴です」
「デンシャ? 何か乗り物ですね」
私の疑問に巫女長も知らない感じでした。そこは気にしてもないのかな。
「まぁ、いいわ。多分とは言っているけど、あの三人に連れて来られたので間違いないのね。帰りたいと思わない?」
「まだこっちで遊びたいです」
遊び? 軽い感じですね……。
ナベの答えにちょっと目を伏せる巫女長。
帰りたいという返答なら、こちらも協力できたと言うことでしょう。でも、いつもの巫女長は何を言われてもニコニコなんです。
きっと交渉の中での演技だと思われます。アデリーナ様が巫女長を『女狐』と称したことがありますが、その片鱗を目の当たりにさせられているみたい。
「あなたが信仰している神様の名前は?」
「いません」
「神様じゃなくて悪魔なら?」
悪魔?
「信じてないです」
「何も信じてないの? 自然とかそういうのを信仰する感じ?」
「信仰心ほどじゃないですが、自然には感じるものがあります」
精霊信仰なのでしょう。本で読んだことがある。野蛮とまでは言いませんが、粗野ですね。
「あなたは魔力が外に漏れないように何かしてるわね。何故隠しているの?」
おっと、巫女長が徐々に核心に近付いて行きますね。ドキドキしてきますよ。
大丈夫。何かあれば、すぐに私も殴り付けますからね。
「特異体質です。魔力はないらしいです」
「無いにしてもそこまで感じ無いのは死体くらいよ。いえ、コバエの死体よりも魔力がないわよ」
そう。特異体質にしても限度があるでしょ。この世に存在しないみたいなんですよ。
ナベは困った表情で口を閉ざす。
「告解の魔法は罪の意識を高めるの。些細な、本人が気付いていない罪でもね。あなた、表情が変わらないけど、とても意志が強いのね。明らかな嘘を付いても何とも動じないなんて」
……結局、魔法が発動していなかったのか……。信じられない。
巫女長は笑いながら続ける。
「辛くて涙を堪えるとか、声が震えるとかもないのね」
えぇ、1年前の諸国連邦では、アデリーナ様でさえ号泣して詫びたのですよ。あの冷徹なアデリーナ様が!
あっ!! こいつ、実はアデリーナ様以上に温かい心がないクズなのでは!?
私は巫女長に進言します。
「心を持たない道具か、罪を感じない異常者かと思います。巫女長の魔法は鬼でさえ号泣して謝り続けさせるのですから」
更に私はナベに向かって言う。
「あなた、今まで生きてきて罪を感じることはなかったの? 親を困らせたとか、誰かをからかって辛い思いをさせたとか。あるでしょ?」
彼の見た目は私より幼いため、虚栄もあってノノン村のレオン君に対するみたいな口調になりました。
「あることはあるんですが、今泣くほどの事はありませんね」
じゃあ、泣き叫べよ!! お前、何者だよ! 不気味なんだよ!
「魔法が発動していないのかもしれませんね、メリナさん」
「そんな訳がありません。巫女長の術を無効化できる人間が存在するわけがありません。魔法で防御したとしても、巫女長の詠唱に対して無詠唱で対処したことになりますよ」
人間じゃない。はっきり言いませんでしたが、私の主張はそうです。
「メリナさん、このナベさんは私の竜語での詠唱を恐らく完全に理解されています。そういう方なのですよ」
魔法詠唱? 巫女長は竜語で唱えたの!? 私にも自然に聞こえたのは、ガランガドーさんや邪神みたいな竜が守護精霊だからか!
しかし、ナベ、こいつは人間じゃないと思う! なのに、竜語を理解するなんて、人型の竜なのか!?
あっ! 聖竜様だって人化魔法を使えるもの!!
隣のナベが再び気持ち悪い視線を私に向けてきたので、視界に入れない様に私は巫女長を見詰める。
「イェラハ、ユノマンギュ、ダカカニァマヌ」
突然に巫女長が意味不明な言葉を吐く。
何?
「バリメナヒン。ギュメノッバ」
答えた!
今の変な言葉に何か答えた!!
巫女長が上を向く。何かに祈るような動作にも見えたけど、絶対に演技!
しかし、それでは敵にがら空きの喉元を見せることになり危険です!
私は貴重な戦力である巫女長を守るため、全速力で巫女長の横に立つ!
「あなた、今のは何のつもりなのかしら? 私は悪魔の言葉で喋ったのよ。それを悪魔の言葉で返すなんて趣味が悪いわ。しかも、流暢過ぎるわ。人間と思って欲しくないのかしら」
ナベを注視しながら、巫女長は厳しい言葉を吐き続ける。
急激に緊迫する雰囲気になったのですが、悪魔の言葉も喋れる巫女長、やっぱり悪魔なのかなとか思う私もいました。
「ナベさん、あなたが悪魔だとは思いたくありません。ただ、普通の旅人でないことも確実です。私どもに関心がないのであれば、どこか遠くに去って頂きたいわ。また、本件、貴方が悪魔の言葉に精通している事に関してはスードワット様にご報告させて貰います」
おぉ! 結論を遂に言いました!
ナベはどう出るのか!?
「仲間と相談します。今はカレンの獣人化を治したいのです。別の場所でも、それは出来ると思いますが、二、三日は滞在するかもしれません」
……む。カレンちゃんの獣化を心配しているのか。意外ですね、悪魔のくせに。悪魔が何か具体的には分からないけど。
「獣化なら、あの軟膏で解決できているでしょ?」
ナベは黙っている。でも、カレンちゃんの本当の幸福はルッカさんが居る私たちだけが実現できる。なので、私は強い言葉で言う。
「あの子が獣人と知って、なお一緒にいるのですか。私どもに引き渡しなさい。絶対に悪くしません!」
しかし、ナベは思案しているだけで返答しない。だから、巫女長が付け加えます。
「メリナさん、お止めなさい。ナベさん、ごめんなさい。メリナのご家族にも獣人がいらっしゃったのよ。私たちが保護して、今は幸せに暮らしているわ」
そんな家族、いねーよ! ってか、生まれてすぐに死んでいて、大変に辛い想い出ですよ! 信用させるにしても酷い嘘です!
保護は、まぁ、オズワルドさんの開拓村で可能でしょうけど……。
その後、巫女長はカレンちゃんを引き渡せとナベと会話を繰り返しますが、ナベは首を縦に振りませんでした。
2人の話は終わり、部屋を出て小屋の外まで見送ります。その短い廊下で私は聖竜様に話し掛けられる。
『フローレンス、メリナよ。聞こえるか』
はい。勿論です。
『我は観察しておった。フローレンスが放った悪魔の言葉は、我の巣を奪おうとした精霊ベーデネールと同種の言葉』
っ!?
あの巫女長分裂事件の際に顕現した精霊か!?
『我、本気で戦う所存だから』
了解しました! ナベは精霊なのですね! 魔力に精通した精霊だから、自分の魔力をゼロと見せ掛けることも可能なのだと思いますね!
別れ際に巫女長がナベに伝える。
「もしも、スードワット様があなた方にここにいても良いと言うなら、またお話したいわ。あの冷たいお菓子も美味しかったわ」
聖竜様の戦意は揺るぎないですよ!
巫女長にも聞こえていたなら、今のセリフは敵を油断させる為でしょう。
「そうですね。許しがあるのであれば、またお会いしましょう」
ククク、人の良い笑顔ですこと。何も気付いていない。じきに殺してやりましょう。




