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第3の神

 労働は人を爽やかにします。

 大魔王を復活させ聖竜様が敵認定している彼らではあるのですが、見る限り手を抜かずに力仕事をしていました。そのこと自体は認めてやるべきでしょう。

 だから、お水を差し上げたのです。


 地下から出てきたカレンちゃんもゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいます。

 邪神の水を貰う私みたい。


『そう? 私の方が水魔法は得意よぉ』


 わっ。邪神!?

 念話は気配がないからびっくりするから気を付けなさい!


『メリナぁ、気を緩めてはいけないわぁ』


 どうしました?


『そうねぇ……。んー、後で教えてあげるぅ』


 今、教えろよ。とても気になるじゃないですか。



「メリナさんだったかな? あなたは魔法を使っていいの? 街では禁止なんでしょ」


 邪神に問い掛けている最中に、ティナが私に近寄って来ていた。それにしても綺麗な金髪ですね。アデリーナ様の髪も美しいですが、ティナは背中に流すほどに長くて、より立派に見えます。


「神殿の巫女は伯爵様よりご許可を頂いております」


 これは隠す必要のない事実。だから普通に答えました。


「私たちも使っていいかな?」


 ほぅ。興味深い。

 魔法の技能がどの程度か観察することは有意義です。


「私は見なかったことにしますよ」


 使って良いとは言わない。後で脅されるかもしれないから。


「良かったね、ナベ」


 ん? ナベが使うのか?

 確かに嬉しそうな顔をしてやがるか。

 やはり魔力ゼロは偽りなのですね。


「あとはアンドーさん、よろしく」


「ナベの分は残す」


 あぁ、あの紺色の服の少女が使うのね。

 倉庫に向かったから、転送魔法か収納魔法で一気に箱を運ぶのかな。筋力をアップさせての力業という可能性もあるか。魔力が動き出してから魔法が発動するまでのスムーズさを特に知りたい。


「メリナよ、その箱は確認したか?」


 倉庫へ再び入った少女の動向に注目をしていた私に大男が喋り掛けて来る。彼の指は最後にティナとナベが2人で運搬していた細長い箱を示していました。


「まだです。……何か御座いましたか?」


 巫女長との交渉の件か?

 敏い私はそう直感しています。


「うむ、ナベが落としたときに中が見えた。巻き物に混じって剣があるのに違和感があった」


 これは間違いなさそうですね……。

 私は慎重に箱を開ける。大魔王が入っているにしては小さ過ぎるけど油断は禁物です。


 大男が言った通り、剣が一番上に置いてある。ゴツゴツした感じの長剣です。黒い刃の先っちょが3叉に分かれていたり、全体的に変な装飾や紋様が設けられていたりと実用には向かなそうな品です。

 

「確かに所蔵リストにないものですね。……魔力は感じないか。只の剣?」


 手に取って剣を観察していると、ナベの視線に気付く。


「さっきの巫女長さんを呼んできたらいいんじゃないか?」


 巫女長を呼べ、か。

 交渉を早く進めたいという意図とも取れますが、彼らは私に少女の魔法を見せたくないのかもしれない。


「お忙しい方ですから。……でも、私じゃ分からないか。はい、行ってきます。休憩を取り終えたら、お掃除の方を再開してくださいね」


 ちょっと焦らしつつ、私は了承しました。巫女長の言っていた聖竜様のお告げ「大事なものが盗まれた」ってのも気になっていました。彼らから離れて、その真偽も確認しましょう。



 執務小屋の一階、その奥が巫女長の部屋です。所在を魔力感知で確認してから、私は静かに廊下を進みます。珍しい客人も来ているようですね。


 ノックをしてから扉を開ける。


「巫女長、リストにないものが出てきましたので確認をお願いします」


 用件を先に伝えてから、私は訪問客であるマイアさんを見る。深々とソファに座る彼女は、姿勢は良いものの太ももに置いた指をしきりに動かしていて、焦りの心が表に出ているようでした。


「まぁ、助かるわ。メリナさん」


 巫女長は反応してくれましたが、マイアさんは私の顔を見ることもしない。考え事で忙しいのかな。


「出てきたのは剣です」


「まぁ、きっと、それよ。聖竜様が取り返したいもの」

「ワットちゃんを滅殺する剣」


 っ!?

 何それっ!! 私の体が一気に熱くなります!


「彼らが泊まった村の宿屋で過去視の魔法を使って確認したの。大魔王から彼らにそれが渡っている。結構な大魔法だったから時間が掛かったのは申し訳なかったわ」


「なんで教えてくれなかったんですか!」


「妨害工作を解くのに時間が掛かって、私の術が完成したのが早朝だったのよ。ヤナンカを通じてワットちゃんに連絡。ワットちゃんからフローレンスさんに入ったって流れよ。私は魔力切れでさっきまで失神」


 マイアさんの眼が真剣でした。

 私は言葉を飲み込む。


「フローレンスさんと同じ結論だから、メリナさんも従って。戦ってはダメ。悔しいけど、魔術術式が私よりも遥かに上だから。勝てない」


 あのマイアさんが敗けを認めるか……。


「メリナさん、時間がなくてお伝えできなかったのよ」


「でも、聖竜様が私に伝えてくれなかったのはおかしいです!」


「メリナさん、聖竜様は仰っておられましたよ。『メリナは机を蹴飛ばしたりしていて怖いから、フローレンスから話しておいて』と」


 あー、お祈りの後の空想模擬戦をお目にされておられたのですか。ちょっと恥ずかしいなぁ。


「ティナさん達をお待たせするのも悪いわ。行きましょう、メリナさん」


「はい。分かりました」


 巫女長がゆっくりと立ち上がる。


「転送してあげるわ。私も帰るから。あとはルッカに任せる。いくら彼女でも手の出しようがないでしょうけどね。ガランガドーの死体も確認したわ」


 マイアさんの魔法により私達は倉庫近くの物陰へと舞い戻って参りました。

 巫女長が私に頷いて、すぐに進むことを促して来ます。


 巫女長を前にして近付く私。

 ティナ一行はまだ休憩中? いや、あれだけ有った箱やら坪やら彫刻が無くなっています。収納系の魔法を使用したのでしょう。

 あっ、何か食べてる。


 巫女長は軽く手を振ってカレンちゃんに挨拶をしていました。



「メリナさん、この箱かしら?」


 巫女長は1つだけ残されて地面に置かれた木箱を見ながら言う。


「はい」


 それしかないですものね。


「他の箱はどう致しましたか?」


 私は一応質問します。


「片付けた」


 倉庫を指差す少女から回答を貰います。端的だけど期待通りの答えで良かったです。堂々と「盗んだ」って言われたら、どうしようかと思いました。


「あれだけの量を?」


「魔法。使っていいって言った」


 巫女長の前で止めてください。巫女長は気にしない素振りをしていますが、それをネタに私を脅すなんてこともしてきそうで怖いんですよ。


「そうでしたっけ?」


 惚けるのが吉。この子は口下手みたいだから、変に突っ込んで来ないでしょう。


「よろしくてよ、メリナさん。それよりも、こちらを確認しましょう」


 私が懸念していることを感じ取っていたのか、それとも、無駄なやり取りを面倒に思っただけなのか、巫女長は剣の確認を急ぐようですね。


「はい」


 私は膝を曲げて、土の上に置かれた箱を開ける。先ほどと同じく黒い剣が一番上に置いてあります。


「こちらの目録には記載が御座いません」


「分かりました。武具の関係はそこの倉庫には無いはずですしね。皆さま、ありがとうございました。我らが主、スードワットの勘違いだったということで、これを彼に捧げます」


 交渉としては巫女長の出した条件はクリアしたのでしょう。

 聖竜様を呼び捨てにしたのも、勘違いだとしたのも凄く疑問ですが、交渉を円滑にする為に下手(したて)に対応しているのだと理解します。納得は行かないけど。


「それが竜の求めるものなら良いがな」


 チッ。偉そうに。


「これで焼かれなくて済むのかしら。良かったわね、ナベ」


「えぇ、私たちもそんなことをしたくないわ」


「巫女長、スードワット様のご判断がまだ」


 納得はしていないので、巫女長に思わず口が出てしまう。


「いいのよ、メリナさん。いい? スードワット様を尊敬するのは当然ですが、自分の意思まで縛られてはならないの。何事も自然体でとおっしゃったスードワット様の言葉を私は一番信じているの。あなた、こちらの娘さんも苦しめたいの?」


 ……結構、本気で怒られた。そんな聖竜様のお言葉なんて知らないけど、それを出されたら私は反論なんてできやしない。

 巫女長、本当に彼らを丁重に扱うんですね。


 続けて、巫女長は小さな木片を口に咥えているカレンちゃんを優しく見る。

 私もティナもナベも視線をカレンちゃんに集中させる。

 急に注目を浴びたカレンちゃんはキョトンとした顔になって、その後、思い出した様に近くにあったトレイを両手で持ち上げる。


「これ、アンジェから二人にって。とっても美味しいよ」


 丸く青い容器が2つ。高さはそんなにない。水滴が幾つも付いている。見たことのない文字か紋様が蓋や横の部分に所狭しと書かれている。美味しいと言うからには食べ物なのでしょう。蓋の広い部分に絵が書かれていて、チーズかバターに見える。

 そう見えるのです。まるで実物が貼り付いているのかと思うほどの精密な絵が描かれていました。ガインさんの報告書にあった彼らの文化の高さの証明なのか。

 ……魔法じゃない。そこに立つナベの様に魔力が感じられない。


「まぁ、ありがとう」


 巫女長は臆せず、容器の1つを手にする。


「でも、何かしら? 冷たいのね」


 蓋を開けた巫女長にカレンちゃんが木片を渡す。


「これで食べるのね?」


「うん、そうだよ」


「ダメです! 巫女長、毒かもしれません」


 無警戒過ぎる!

 巫女長は重要な戦力なのです。こんな所で倒れられては困ります。彼らを見逃そうとしているのは分かりますが、状況がどう転ぶか分からないのですよ。


「まぁ、メリナさん。なんてことを言うの」


 私の忠告を咎め、巫女長は木片をスプーンみたいに使って中身を掬い、口へと運ぶ。


「……」


 目を瞑ってゆっくり咀嚼する巫女長。

 その表情を下から見詰めるカレンちゃん。そして、周囲の動きにも注意する私。


「こんなに美味しいものが世の中にあるのね……。教えてくれてありがとう、カレンさん」


 意外な言葉でした。

 巫女長は膝を曲げカレンちゃんの目線に合わせて礼を言う。


「メリナさんもお食べなさいな」


 敵意を見せるなという意も含まれているのでしょう。


「分かりました」


 カレンちゃんから私はもう一つのカップを受け取る。巫女長から聞いていたのに冷たくて驚く。

 一掬いしたものを口に入れる前に臭いを確認。

 むっ!? 甘い香り!?


 まずは少量。口の中で刺激があれば、すぐに吐き出すのです。


 わっ!! 甘っ!! 何これ!? ミルクの濃厚さも凄い! 

 これ、毒だったとしても良いや。解毒魔法のスペシャリストが薬師処とかに居ると思うんですよね。それよりも、この幸せな味を堪能し尽くしたい!

 


「どうですか、メリナさん」


「信じられないくらい甘いです……」


 二口目もゆっくり飲み込む。続けて、同じように三口目。

 私は飲み込んだ後も続く甘さと豊醇な香りを楽しむ。


 これは毎日食べたい。それには自分で作ることを考えなければいけません。

 牛乳を使用しているのは間違いないし、甘いのは砂糖だ。香りが分からないけど、フランジェスカ先輩かマリールに聞けば何とかなりそう。


 私は目を瞑る。

 聖竜様、お酒様に次ぐ第3の神が私の前に降臨したのです。その幸運を噛み締める。


「巫女長、これは売れますよ!」


 名前も知らないこの神様は、私に富と名声を(もたら)してくれると確信していました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何となく日刊ランキングを眺めておりまたら、 『私、竜の巫女の見習い! 今日もお仕事頑張りますっ!!』 のアクション日刊一位おめでとうございます。 [一言] あの作品で書かれていたメリナさん…
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