過労かな
巫女長のブラフに乗ることにしましょう。
困った顔を作りつつ、私は口を開きます。
「私からもお願いします。それが倉庫に御座いましたら、スードワット様もご安心されます。なければ、燃やすようにとも伝えられているのです」
軽い脅迫も加えました。でも、ティナは少しも動じてないですね。
「分かった。なるべく焼かれないように探すとしよう」
大男の返答はこちらの要求を飲んだと判断して良いでしょう。巫女長が聖竜様の名を騙って要求した何かが倉庫に置かれる。私達は彼らの罪を見逃すことで取引完了ですかね。
でも、何なんだろう。まさか大魔王が宝物庫に保管されるとか止めて欲しいなぁ。
「はい、よろしくお願いします。本当、スードワット様もご自分で探されたらいいのに。お忙しいのね」
……本当に聖竜様からの依頼って可能性もあるか。
後で確かめないといけませんね。
「それでは、行きましょうか」
ここで止まっていても何も始まらない。
カレンちゃんが怯えてないか心配でしたが、彼女は平気な顔でにこにこしていました。
私にとってカレンちゃん以外の4人は敵なのですが、彼女にとってはそうではない。ちょっと心苦しいですね。
彼らは聖竜様を襲撃するという不敬を働く可能性があるので、出方次第ではこの世から消え去る運命だから。
私が歩もうとしたら、後ろからナベの声が聞こえてきて、彼が付いて来ていないことに気付く。
「凄いですね、その魔法。竜の尾の一閃、そのものの威力ですよ。なかなかお目に掛かれない威力でした。それでは、掃除が終わった後にお会いできればと思います」
お世辞っぽい喋りに聞こえた。でも、中の台詞は傲慢。
なかなかお目に掛かれない? 今の巫女長の魔法をそんな表現で済ませるのか?
邪神だとか聖竜様だとかガランガドーさんだとか、精霊が本気を出した時クラスの魔力量だったのに。
こいつ、やはり危険ですね。「交渉には乗ったが、脅しに負けたわけではない」と暗に言ったのだと理解しました。
しかもお前は知らないでしょうが、その目の前の気の良さそうな老婆は王国の最終兵器とも呼ばれるヤバいヤツなんですよ。
それこそ上空に滞留する魔力を使って皆殺しなんてことを微笑みながら実行できるんじゃないかとさえ思ってしまうのです。
と言うことで、それに巻き込まれないように私は足早に先を急ぎました。
礼拝堂を過ぎた先にある宝物庫。古びた建物です。
私は初めて来ました。参道や巫女さんの仕事場からも離れているので人の気配がなく、お宝を保管して良い場所ではないと改めて思う。人目がないから泥棒天国じゃないですか。
錠も錆び付いていて、鍵を回すのに少し力が必要でした。
室内に踏み入れる。
薄暗い。あと、カビ臭っ。
照明魔法――いや、使える魔法の種類を敵に教えてやる必要はないか。
私は壁に取り付けられた古い魔導式のランプを点灯させる。って、これ壁から取り外せるんだ。便利。
私はランプを手にして、ティナ一行を更に案内する。
「こちらになります」
地下室へ伸びる石造りの階段です。巫女長から聞いておりました。
宝物は重量もあったりするので地下に置いておけば盗まれにくいって判断なんですかね。
「はい。皆さん、よろしくお願いします。どうぞ私についてきて下さい」
上から見えるだけでも雑多な感じですね。埃も凄そうで、これ絶対に鼻がむずむずになるヤツですよ。
階段を降りる。
ランプで周りを照らしつつ、それから積み重なった木箱を避けて部屋の真ん中に移動します。
「この上に明かりがあるのですが、届きますか?」
天井が高く私では届かない。何処かに梯子が有るんでしょうが、部屋には荷物が多過ぎて発見するのが大変そう。
なので、大男に頼んだのです。
「ナベ、肩車だ」
自分の肩に透明人間を乗せる。主従の関係ではやはりなさそう。
友人同士ってことで良いのだろうか。
「では、行くぞ」
倒れて頭を打って、透明人間の方だけでも死んでくれないかなぁ。
肩車をしてもギリギリの距離だったので、透明人間ナベは必死に腕を伸ばす。ぷるぷる震えていやがりますよ。
あれ、何か肩車の上下で会話した。
そして、何故か下にいる大男の方から魔力が発せられて透明人間を伝わり魔導式ランプが灯る。
「うまく行ったな、ガハハ」
ただ単に照明が点いたことを喜んでいるのではないだろう。透明人間の満足げな顔もおかしい。
何かの罠か。
「それでは、よろしくお願いします。一旦、ここの物を外にお出し頂いて、私が中身を確認致します」
危険から逃れるために、早く出よう。そして、罠が仕掛けられていなくても、これだけの荷物を運びたくない。
「ちょっと待って。これ、全部?」
「はい。中身の確認は私が致しますね」
お前らが運ぶのは聖竜様を煩わせている罰です。
「じゃ、やろっか。カレンちゃんは埃落としと床をお願いね」
階段を昇る途中でティナの明るい声が聞こえた。私は立ち止まる。
「うん!」
ティナも敵って感じはしないんですよねぇ。うまく偽装してやがります。子供まで騙して。
「ダンとナベ、私は運搬係ね」
「アンドーさんは?」
「アンジェは記録係ね。何がどこにあったかを覚えて」
「了解」
あれだけの量なのに、ナベ以外からの文句はありませんでした。普通に仕事をする雰囲気ですね。
倉庫の外に立つ私の前に、続々と箱が並んでいきます。
主に運んでいるのはティナと大男。特に大男は力持ちで3箱くらいを一回で運搬しています。ナベはダメですね。顔を真っ赤にして頑張っていますが一歩を踏み出すのも精一杯。非力な演技もお上手ですこと。
その箱を開けて中身が入っていることを確認。また箱の外に貼られたラベルと中身の内容が同じであることも確認。最後に、懐に忍ばせていた保管目録とラベルの表記を照合です。
何だかお仕事らしいお仕事をするのは久々かもしれません。
樽みたいに大きい壺、竜を象った鎧、金属製で非常に重厚感のある椅子、欠けた食器一式。色々と出てきます。
箱の中を確認するのが楽しくなってきた頃、突然に背筋が凍るような感覚に襲われました。
……ひょっとして過労でしょうか。最近、頑張ってるもんなぁ。営業部に早く馴染もうと早起きしてたもん。頑張り過ぎかぁ、私。
体の不調を気にしている間に、ティナとナベが2人で比較的小さな箱を一緒に運んで来ました。ティナは一人で運べるでしょうから、ナベが体力の限界に達したと思われます。私も鬼ではありません。アデリーナ様のような鬼ではありません。
「そろそろ休憩にしましょう」
彼らにそう伝え、お水も振る舞いました。




