ご案内
「そう言えば、古い祠には行かれましたか?」
この辺りで一番古い祠の場所を彼らに教えたのは私です。だから尋ねるのは極めて自然なこと。
「俺は行ってない。ここにいる、ダンとアンドーさんが訪ねたよ」
狙い通りの答えを受け、私は歩みを緩めて大男とショートカットの少女に並ぶ。年齢差が明らかなのに、彼らが対等の関係なのも不思議です。人間ではないんだろうなと改めて感じました。
「どうで御座いましたか?」
大魔王に繋がるヒントを貰えないかと期待したのです。
「うむ、趣のある場所であったな。雰囲気としては古戦場跡であったか」
ただの草っ原だったでしょうに。
「よくお分かりです。スードワット様のお伝えに依りますと、大昔の戦で亡くなられた方々を鎮めるために建てられた祠とのことです。今では訪れる方も少なくなっておりますが」
聖竜様のお言葉は便利です。これを付け加えるだけで、全ての話がそれっぽく聞こえる。聖竜様は流石です。
なお、内容は適当な作り話です。
「道理で静謐な所であった。アンジェに至っては、あの大木の下で瞑想もしておったぞ」
ククク、相手もそれっぽく返して来ましたよ。大男は見えっ張りなところがあると分かりました。
「何か他にお気づきになられたことはありませんか?」
「うむ、特にはないな」
チッ。大魔王を仄めかすことさえしないか。
当然と言えば当然です。
うむ、下手に突っ込んで相手に気取られる必要はありません。大魔王を復活させて最終的に何を目論んでいるのかは知りたいところですが、ゆっくりと情報収集していけば良いでしょう。
「倉庫の鍵を取って参ります。少しお待ちくださいね」
会釈をしてから、巫女長の執務小屋へと私は入る。宝物庫の鍵はここに保管してあると巫女長に聞いています。
手癖の悪い巫女長の傍にそんな大切な鍵があって良いのかと心配になりましたが、貰った目録を見たら、既に金目の物は有りませんでした。
幾つかの鍵が壁に掛けられていて、私は宝物庫と記された鍵を取る。
……無用心というか、敢えての罠か、これ。
参拝客に紛れた泥棒が入り込むことも有るんじゃないかな。
私はそのまま2階へと昇る。そして、分厚いカーテンの隙間から外の様子を覗きます。
ティナ一行は素直に私が戻ってくるのを待っていますね。
カレンちゃんは池を見ていました。あれかな。前に来た時と同じく池の中の魚を「美味しそう」とか言っているのかな。うふふ、子供は無邪気で良いです。
透明人間ナベも強者3人も特に悪さをする様子はなく、通り掛かった巫女さんからの挨拶にも普通に返している。
心根が腐った奴らなら無視したり横柄な態度を取ったりするものですが、彼らは一切にそれを表に出しません。となると、相当に悪賢い連中なのでしょう。
さて、事前の打ち合わせの通りに、私が待ち望んでいた人が遠くからやって来ます。
残念ながら窓越しなので声は聞こえてきません。でも、接触を開始したのは確認できました。
この神殿で最も偉く、たちの悪い方、フローレンス巫女長様の登場です。
真っ先にナベに話し掛けましたね。
巫女長も彼の魔力ゼロという異様な状態を物珍しく思ったことでしょう。
巫女長は長めに会話をする。
彼女も色々と情報を得ようとしているのかもしれないし、ただ単に老人の長話なのかもしれない。
さてと、そろそろ行きましょう。
「遅くなりました、すみません。こちらが鍵になります。倉庫にご案内致しますね」
巫女長を見ているナベの後ろから話し掛ける。振り返る顔面に拳を深々とぶち込むことができたらどれだけ素晴らしいことでしょう。
しかし、聖竜様の攻撃がない限りは手を出してはいけません。私は約束を守れる良い娘なのですから。
「メリナさん、お務めご苦労様です」
ナベの体で死角になっている所から、巫女長が私に合図を出してきました。
脅威ではないと巫女長が判断した場合は「おはようございます」の声掛けと聞いていました。でも、その他の場合は脅威なのです。あの巫女長が脅威と思ったのか……。
「はい、巫女長」
驚いたせいで、少し声が上ずったかもしれない。
「今朝、あなたがおっしゃっていたキラム近くの祠を訪問された方々がこちらね?」
私は黙って頷く。
そして、巫女長の魔力が高まっていくのを知る。
先制攻撃? しないって言ってたのに、結局はそうなりますか。
しかし、どうせ敵対するのであれば、巫女長が前面に出て共倒れになってくれれば好都合。聖竜様が襲撃されることもなくなり、私も担当秘書とか言う地獄の役職を放免されることができます。
『我が御霊は聖竜と共に有り。我は願う。その誉れと祈りに震えた骸を砕くが如く、輝く水面と大いなる風天の間に響くは竜の尾の一閃』
マジか!?
詠唱魔法だと!? 巫女長が詠唱ってよっぽどの事ですよ!!
どれだけ本気なんですか!? 神殿ごと破壊する気!?
遥か上空にとてつもなく強大な魔力の塊が発生。神殿の全領域を覆うかの如く。ティナもチラッとそれを見上げたのを確認。
そして、その塊の1部が下に伸び、しなる鞭のような軌道で池の水面に叩き込まれました。
恐らくは風魔法ですね……。本殿より、いえ、シャール伯爵邸の尖塔よりも高く水柱が上がる。
風魔法はまだ継続中で、風圧に押されて池が2つに分断され水底が見えるほどです。ピチピチと魚が土を叩いているのも見えました。
あと、正面にいた私たちは無事ですが、池の両サイドを歩いていた参拝客の方々はずぶ濡れになっています。なんて迷惑な……。
恐るべきはこれが全魔力でなく、まだ半分以上は上空に残っているんです。フローレンス巫女長はやベェヤツです。
「どう?こんな力もスードワット様はお与え下さいました」
しれっと言いやがりました。巫女長の精霊は聖竜様じゃないくせに。
「そこのメリナは更にスードワット様の慈愛を受けられているのですよ。ねぇ、メリナさん?」
えっ……私?
「いえ、とんでもないです。巫女長様」
どういう意図で私に振ってきたのか……。
巻き添えはくらいたくないのですが……。
「私のことは名前でお呼びなさいと言っているのに、ホント固いわね。あなたも私の立場になれば分かるわよ」
いや、言われたことないですよね。
マジでどういうつもりなんですか。
「でね、スードワット様はたまに我が儘を言うのよ。今回のものはとっても大切な物みたいで、どうしても取り返したいみたい。倉庫にあるといいのだけど」
ん?
私の知らない事情が隠されていますね、これ。大切な物?
「ないかもしれないよ?」
ナベがそう答えた。
即答なのが怪しい。普通は、訳の分からないことを言われて戸惑いますよ。
「それは困るわ。でも、何かあると思うのよ。なかったら、私やメリナが祠に行った人を傷付けないといけなくなるのよ」
傷付けるなら無宣告での先制攻撃が一番確実です。恐らくはさっきの大威力の魔法も今の言葉も脅しですね。
巫女長は何も考えていないように見えて、実は頭の回る人です。
だとしたら、何らかの取引交渉が始まっているのか?
そして、何故に私も攻撃に加わると勝手に決めているのでしよう。




