何たる傲慢
私は歯を食い縛ってアデリーナ様を殴りたい衝動に耐えます。本当は我慢する必要はない。
でも、聖竜様と手出し無用の約束を私は思い出しているのです。この程度の怒りをコントロールできなくて、聖竜様が敵と認定したティナ一行に襲い掛からないように自制することは難しい。
つまり、目の前の不良巫女で練習していると表現しても良いでしょう。
「愚者だって言う方が愚者なんですよ」
口喧嘩です。この分野では強敵のアデリーナ様に挑戦します。
「なるほど。そういう言葉も知っております。しかし、愚者に愚者だと真実を突き付けてやるのも賢人の優しさでは御座いませんか?」
ひぃぃ、こいつ、マジで何千年も生きていて知恵者の聖竜様より賢いと思っているのでしょうか。何たる傲慢。死ね。若しくはるんるんアデリーナに戻りなさい。
「えー、だって、アデリーナ様はそんなに賢くないしぃ」
「む。よろしい。クリスラ達と競った筆記試験を思い出させてやりましょうか」
「そういうテストが出来たからって賢いとは私は思わない。賢さってのは生活に活かしてこそなんですよ。まったくアデリーナ様は愚かなんだから」
「さて、ここに紙を用意しました。メリナさん、問題を出してみなさい。私も貴女に問題を出しましょう。さぁ、勝負です」
私は前に出された紙をぐしゃりと握り潰して壁へと投げ付けました。
「止めて下さい! 問題とかダメです! 背中に汗が浮き出るくらいに拒否反応が出てるんですよ!!」
「背中まで臭くなるので御座いますか? 野性に満ち溢れる方は大変で御座いますね」
「なるかっ!! 野性にも満ちてない!」
言い終えた私は肩で息をしていました。一瞬で精神的に疲れたので着席です。
古い椅子のきしみ音が我が家に帰ってきたかのような安心感を与えました。
「さて、メリナさん、本題で御座いますよ」
「へい。何でも仰って下さ――痛っ!」
アデリーナ様の前に置かれた瓶に手を伸ばしたら、バシンと強く打ち払われました。
「メリナさん、この飲み物はお酒では御座いません」
「いや、お酒様の匂いがぷんぷんしていますから」
「悲しいことに、これは私にとっては命の水。欠乏すると正気を失うのはご存じでしょう? まったく恥ずかしいことで御座います」
「そのお歳で男の気配が一切ないことを恥じるべ――痛っ! 臭っ!」
反応が許されない程の鮮やかな技で、アデリーナ様は私の側頭部へ酒瓶を叩き付けたのです。粉々に散らばって壁に突き刺さったガラスの破片達から、結構な威力で放たれたことが分かります。
呆然とした私ですが、すぐにお掃除に入ります。手出し無用を守るのです。
「これ、絞ったらお酒が得られるんですね」
タオルで顔を吹いている最中に、ひりつくような欲望が込み上がり、つい、言葉にしてしまいました。
「汚いからお止めなさい。腹を壊しますよ」
「まるで私の顔面が汚れているかのような発言、訂正を願います。ってか、いきなりの暴力を謝って下さい」
「私も飲もうとしただけなのです。手元が狂いました。申し訳御座いません」
「どんな狂い方ですかっ!?」
私の抗議にもアデリーナ様は涼しい顔です。
「さて、本題。それだけの猛者なら既に監視されていることに気付いているでしょう。様子見などしていたら今後も好きにされますよ。不戦敗に等しく、それは愚の骨頂で御座います」
「それよりも服も酒臭いんですけど」
「メリナさんが気にしているのは聖竜様の手出し無用の件で御座いますね」
私の意見なんて無視です。冷血不良巫女に天罰が落ちますように。
「聖竜様が真っ先に手出しするように仕向ければよろしい。そうすれば、メリナさんの枷は外れるでしょう。そして、貴女が負けるとは思いませんが、負けたとしても良し」
「はぁ……」
愚か者の言葉を最後まで聞いてやる私は優しい。
「私の目的は神になること。今回、来訪している者共はシルフォルの関係者の可能性が高い。現状では神との接触を絶やさないことが重要と考えております。どんな形でも印象付け、いずれ私が神になるように臣民として努力なさい」
「めちゃくちゃを言ってる自覚あります?」
「御座いますよ。でも、メリナさんなら出来ると信じております」
うわっ、珍しく爽やかな笑顔を向けられた……。怖い。
「メリナさん、それでは聖竜様の所へと向かいましょう」
「えっ、どうやって? ルッカさんもマイアさんもここに居ませんよ」
「イルゼを待たせております。と言いますか、ネオ神聖メリナ王国崩壊の件以来、デュランに居場所がないのでシャールに滞在中で御座いますね」
イルゼさん……堕ちてるなぁ。
「フランジェスカ先輩経由で聖竜様にコンタクトを取れば良いのでは?」
「フランジェスカとフロンは薬師処への助っ人で忙しいので御座いますよ」
だから小屋に独りだったのか。友達のいないアデリーナ様には苦ではないのでしょうが。
私は巫女服の着替えが棚にあるのを見つけて着替えました。
お酒様で汚れた方は裏の小川で洗うのですが、その前に絞って垂れ落ちる数敵を口に落としました。
旨いっ! くぅぅ、足りない。足りないけど、我慢ですよね。今から聖竜様にお会いするのだから。ほんのり頬が赤いくらいでお会いしなくちゃ。
なお、イルゼさんはお元気でした。意気消沈してもっと廃人と化しているのかと思いきや、笑顔で私たちを出迎えてくれました。
でも、一言も喋らないのが不気味です。彼女を余り視界に入れないように私は頑張りました。




