決意する聖竜様
どうやらマイアさんに転送されたみたいで、私は神々しいお匂いに満ちた聖竜様のお住まいに立っています。
何度も訪問していますので手慣れたもので、即座に照明魔法。
視界全部を埋めてしまいそうなくらいに重厚で荘厳な真っ白いお体を堪能します。油断すると、感動で涙と涎が出そう。
『……メリナか?』
ゆっくりと首を持ち上げてから、私の名前を呼んでくれました。
「はい」
『我の眠りを邪魔するのは大罪であるぞ』
「その大罪、我が身を捧げることで償います」
『そういう重いのは結構です。罰はこの部屋からの追放なので、ご自宅でゆっくりお過ごしください。では、さようなら』
聖竜様はユーモアセンスも抜群だなぁ。
さてと、用件だけは先に終えましょうかね。マイアさんやルッカさんに怒られるのも嫌ですから。このままだと呆気なく聖竜様の転移魔法で地上に戻されて短時間滞在になりそうだし。
「ルッカさんが大魔王が復活したって言ってまして、それを伝えに来ました」
『えぇっ!!??』
聖竜様の驚きの声で生じた突風が床の砂を巻き上げます。たまに小石も混ざっていて体に当たるのが痛い。
『その大魔王ってダマラカナのこと!?』
聖竜様の驚愕が落ち着くよう、私はしばらく待ってから答えます。
「そうです。奇妙な連中が復活させたとルッカさんは考えています。マイアさんとヤナンカも確認に向かっています。私は聖竜様にも本件を伝える必要があると思い、ここに参ったのです」
聖竜様の驚き具合から判断して、ここに来たのは正解。だから、私の手柄にしました。
『な、何故……』
「何故ならば、聖竜様のことを考えているのは私が一番だからです。だから、頼りになる私を奥さんにしませんか? 私の内助の功とか凄いですよ」
『メリナちゃん、ごめんね。ちょっとそういう面白くない冗談は後にしようか。私も、あっ、いや、我も様子を窺ってみようぞ』
思いに耽るように眼を閉じた聖竜様。千里眼の能力で遠方を確認していらっしゃるのでしょう。私は再び話し掛けてくれるようになるまで、聖竜様を眺める至福の時を過ごします。
『……確かに……。封印は解かれておった……。しかし、ダマラカナはいったい何処に……』
「異空間にいるのではと推測しています。マイアさんが閉じ込められていたような場所です」
『有り得るかなぁ……。ごほん。封印を解いた連中は何処におるのか知っておるか?』
「ルッカさんとマイアさんが見に行ってます」
『そうだった。ルッカ、ルッカに訊けば良かったんだ。あー、もう、焦っちゃうなぁ。ダメだ、私。何をして良いのか分からない。メリナちゃん、ちょっと待ってね』
私は眼福の時間を再び迎えます。
『メリナよ、封印を解いた連中はシャールに戻る途中と分かった。ちょっと怖くてルッカに訊けなかったんだけど、どうして戻って来ているのかな? メリナよ、我に教えて。分かる? 分かって』
シャールに戻っているのか。
むぅ、カッヘルさんの目論見は失敗したってことですね。でも、戻っている理由かぁ……メリナ、思い出すのです。聖竜様のご期待に応えるのです。アピールチャンスです。
あっ、思い出した。
「彼らはシャールの冒険者ギルドに登録して依頼を受けていました。だから、依頼事を終えて戻っているものと推察します」
『えっ、何それ? 誰かがダマラカナを復活させるように依頼したってこと?』
「ご安心ください、聖竜様。私は冒険者ギルドにも顔が利きますので街に戻ればすぐに依頼内容をご報告致します」
『う、うん。お願い。メリナよ、すぐに戻るが良い――あっ、待って。一応、連中を見てみるから。わた――我ね、マイアより魔力を観察するの得意だからね』
「勿論です。聖竜様は万物に優る方ですので」
うふふ、聖竜様、喋り方が偉そうなのと、素なのとが混ざりまくってますねぇ。焦った演技も本当にお上手です。
『……メリナよ、事態は深刻であった……』
「どうされたのですか?」
『偽装に偽装を重ねておったが、5人の内の3人は人間ではないと断定できた。恐らくは魔族』
あのアシュリンクラスの魔力を持つ3人のことかな。
『我は2000年前に仲間ととも大魔王ダマラカナを討った。しかし、我らは真の敵を倒していない。それは我が主と我だけの秘密であった』
おぉ、その秘密を私に語ってくれるのですね!
『以前にメリナはマイアやヤナンカと共に、名を残さなかった古代の英雄シルフォについて知る為に我を訪ねたであろう』
「はい」
『あの時は言わなかったが、我だけはシルフォを覚えておった。いや、我と我が主はシルフォの名が埋もれるように歴史を導いたのである』
「なるほど。では、私も埋もれるように知っている者は皆殺しにしましょう。手始めにマイアさんですかね。嫌だなぁ、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
『う、うーん。うぅん?』
「だって、聖竜様も変な道具でシルフォの名に辿り着きそうになった者達を殺していましたよね。つい最近もアデリーナ様とかマイアさんとか不思議な魔法で頭の中を焼かれそうになってましたもん」
『あれはね、我ではなくシルフォの持っていた道具のせいなの。うー、でも、ごめん。止めなかったのは事実だもんね。我が主はシルフォの軍門に下り、しかし、そうすることにより、この地域をシルフォから守っていたのである』
「聖竜様、さっきから『我が主』とか言ってますけど止めてもらえますか? 大変に不愉快です」
『えぇ……。しかし何とお呼びすれば良いか……』
「クソ野郎です。クソ野郎とお呼びください」
『いや、それはちょっとね……。じゃあ、話を飛ばして。メリナよ、我の見立てではあの3人はシルフォと同種の魔族であり、シルフォの手の者であろう』
「つまり、聖竜様の敵ですか?」
『そうなるであろう。しかし、手出しは無用。我は我が主――』
「クソ野郎です」
『その方に連絡し対処をお訊きする。メリナよ、決して手を出してはならぬ。もしも不用意に攻撃した場合、我はメリナを許さぬ』
っ!?
お優しい聖竜様が私を許さないとまで仰るのですか!?
「お、お言葉ですが、聖竜様! 私、シルフォも倒しましたよ! だから、奴らも殺せます!」
『メリナ、絶対に手を出すな。これは厳命である』
「ぐっ……。承知……致しました……」
『では、メリナよ。しかし、彼らとの接触は許す。彼らの力ならばシャールの街など一瞬で無に帰すことができよう。それをしていないならば交渉の余地があるのやもしれぬ』
「ハッ。このメリナ、聖竜様の交渉が首尾良く進むよう、必ず有用な情報を入手致します」
『ふむ、宜しく頼むぞ。何か分かればフランジェスカを通じて我に伝えるが良い。でも、絶対に手を出してはダメだからね。攻撃されそうになったら逃げること』
くぅ、フランジェスカ先輩かぁ。でも、そうですよね。地上から聖竜様にコンタクトできるのは真の竜の巫女であるフランジェスカ先輩だけだもんなぁ。悔しい。
「承知致しました。ごゆるりと私の成果をお待ちください」
『うむ。我も準備致そう。……絶対に負けないんだから』
おぉ、なんてことでしょう。決意の言葉がカッコ良くて、聖竜様がいつもより大きく立派に見えました。
『まずは舐められないように喋り方に気を付ける練習と、震えない練習。うん、頑張ろっと』
そんな場を和ますジョーク的な呟きをうっすら聞きながら、私は聖竜様の転送魔法により地上へと送り出されたのでした。




