冒険者ギルド
冒険者ギルドはシャールの街中ではなく、壁の外、それもかなり離れた場所にありました。大きな街道から分岐した小道の通りに幾つもの建物があって、1つの村にみたいになっていました。看板の絵を眺めるに、ギルドの他、宿屋、料理屋、雑貨屋、薬屋など冒険者に必要と思われる商店が並んでいました。
若くて汚い格好の人達がいっぱいいます。水浴びをする習慣もないのか、通り全体が少し臭いです。
神殿から引っ越しをした初日、シャールの街中で若者たちに絡まれたことがありますが、あの治安の悪い地区に似た雰囲気を醸し出していました。
冒険者ギルドの看板は鷲の絵です。何故に鳥なのかは分かりませんが、何か理由はあるのでしょう。自由に生きる冒険者をイメージしたものなのでしょうか。
その冒険者ギルドは何軒もありました。商売なのですから、儲かるなら出店する人が増えるという理屈でしょう。つまり、冒険者ギルドは儲かる。なのに、例外なのかもしれませんが、ノエミさん、ミーナちゃんはお金がない。おかしな話ですね。
2人が入った建物はその中の1つでした。建物の二階に当たる部分の外壁に「さぁ、冒険者ギルド『皆の希望センター』にようこそ! ここに加入すれば、幸せな未来が約束される!」って大きな文字が書かれていました。
あと、村から出てきたばかりの素人くさい若者に声掛けする人もいました。自分達のギルドに加入して欲しいと誘っている様子です。人手が足りないのでしょうか。
ミーナちゃんは大剣を剥き出しのまま、引き摺って歩きます。お外ならそれで構わないのですが、流石に建物の床を削るのは良くありません。本人も理解しているらしく、入ってすぐのところに寝かせていました。
盗まれるんじゃないかなと思いました。
でも、あんな重そうなヤツ、大人でも5人くらいいないと運べそうにないです。だから、大丈夫とミーナちゃんは考えているのかもしれません。
ノエミさんを先頭に奥のカウンターへと進みます。そして、ミーナちゃんの籠も合わせて受付の男に見せました。
依頼物なのでしょう。
「あー、頑張ったな」
「はい」
ノエミさんが少し嬉しそうな声色で答えました。
「朝露も付いているくらいに新鮮か。良し。次も頼むぞ」
そう言って、男はカウンター下からお金を出して銅貨をジャラジャラと置きました。
それをノエミさんは1個2個と指を置きながら数えます。
「……9枚……」
「あー、依頼書に書いてあった通りだろ。しかし、今日のは優良品だったな。良し! 追加してやろう」
銅貨が4つ増えました。
ノエミさんは貰った銅貨を9の続きから順にまた数え始めました。
……もしかして足し算が苦手?
ノエミさんとミーナちゃんの2人は男の人に白い金属板を渡します。すると、男の人はそれを箱に差し込んで、また2人に戻します。
「何ですか、それ?」
「依頼達成記録を付けてんだ。ん? あんた、冒険者登録の希望者か?」
「いえ、2人の付き添いです」
「付き添い? うちのギルドに入るなら、あっちでな。他の所よりも良心的だからお薦めだぜ」
「はい。そんな日が来たら宜しくお願いします」
私達はカウンターを離れます。チラッとミーナちゃんの大剣が無事かを確認したんですが、大丈夫そうです。
続いて、親子は壁際に移動しました。そちらには青、赤、白の色別の板に紙が何枚も貼り付けてありました。親子と同じように見ている人はいますが、少ないです。
「お母さん、次はどれにする?」
あー、お仕事の書いてある紙かな。
「うーん、ごめんね、ミーナ。お母さん、まだ字が全部読めないのよ。これにする?」
えっ、字が読めないんですか?
それは大変です。
「ミーナは魔物と戦うヤツがいいなぁ」
「そう言うのは危ないからダメよ、ミーナ」
相談し合う2人に私は近付きまして、代わりに紙を読みましょうと提案しました。ノエミさんは恐縮していましたが、大切なことです。
パンドー草…1束銅貨1枚
マークアラの若葉…10枚銅貨1枚
ダンビャの実…20個銅貨2枚
蜂蜜採取…1瓶銅貨5枚
小物の配達(往復2日)…銅貨10枚
報酬が安いなぁ。毎日の宿代と食事代が16枚ってノエミさんは言っていましたが、何個か同時に受けてやっと生きていけるレベルじゃないですか。
「メリナお姉ちゃん、魔物退治はどれ?」
「うーん、ないなぁ。依頼を受けずに倒しちゃダメなの?」
「知らない」
「尋ねてこようか? あっ、こっちの赤色とか青色の板にはあるね」
何だか報酬も高くて、銅貨が100枚とか200枚も貰える依頼もありました。報酬の良さを色分けしているのでしょうか。
「メリナ様、私達はまだ白色の板からしか受けれないんです」
「そんなルールがあるんですね。でも、どうして?」
「冒険者のランクがあって、白、青、赤って順番に偉くなっていくそうです。素人じゃ命が危ないのもあって、難易度を調整しているそうです」
ふむ。面倒なシステムですね。
「そんなの無視して採取なり討伐なりして、事後承諾で受けても良い気がしますよ」
「そうなのですか……? でも、私、字が読めないから。依頼書で受けて、ちゃんと説明を貰わないと分からないんです」
……字が読めないって、かなりきついなぁ。
私の村の人は皆、本くらい読めたのに。ノエミさん、相当の田舎出身なのかしら。
「おい! 邪魔だ! さっさっと選べよ!」
壁の前で話をしていた私達に乱暴な言葉が投げられました。確かにそうだったと私は思いまして、少し離れたところに椅子があったので、そこへと移動します。
私は他の人を観察しています。
赤や青の板から紙を剥がす人達はちゃんとした武器を持っていました。仲間も4、5人くらいいて、話し合って仕事を吟味しているのが分かります。
白の板に集まる人達は、完全に素人でした。服装も村人風ですし、清潔感も御座いません。武器は古い農具か木の枝が多いですね。手が片方ない人も何人かいますし、体格も細い。
彼らもノエミさんと同じく字が読めないようで、紙を適当に剥がしてカウンターに持っていき、その紙を読んでもらっている始末です。
荒々しさとか狡猾さみたいな冒険者らしさは感じませんでした。
「メリナ様、すみません。早くしないと紙がなくなってしまいますので、何か1枚取ってきて良いですか?」
「うーん、どうにか報酬が良いものを受けたいですねぇ」
「ミーナは魔物を退治したいの」
隙あらばそう訴えるミーナちゃんは血に飢えた獣なんでしょうか。ノエミさん、字も覚えないといけませんが、娘の躾も怠ってはいけませんよ。
私が考え事をしていると、急に周りが静かになりました。周囲の視線の先を見ると、ギルドに入ってきたばかりの銀髪の大柄な男性がいました。
「……最強の男だ……」
「今日も凄いのを狩ってきたんだろうな」
小声が聞こえてきて状況が分かります。
入ってきた人に皆が注目しているのですね。
私はノエミさんに訊きます。
「誰ですか?」
「知らないです」
「強い人だよ。ミーナはあの人とも戦いたい」
ミーナちゃんは本当に獣ですね。
しかし、そこで私は良いアイデアを閃きます。
「あの人を襲って、金品を奪いませんか? お金を持ってそうです」
「メリナ様、冗談でもそれは言ってはいけませんよ。ミーナの教育にも良くないです」
「そうだよ、メリナお姉ちゃん。強盗は良くないよ。堂々と決闘したいな」
そうですか……。えぇ、私もそう思います。でも、背に腹は変えられない状況ってのもあるんですよ。
このままだと、2人はジリジリとお金に悩まされ、最後には破綻すると感じるんですよねぇ。
最強と呼ばれた人を見ると、視線が合いました。でも、すぐに反らされます。
感じが悪いとは思いません。美しい私に驚いただけでしょう。よくあることです。
彼の腰元に立派な装飾の鞘が見えました。かなりの高級品と思われます。剣の切れ味も良い――っ!?
鮮明に思い出しました。
あの剣で、私は腹を突き刺されたことがあります! うわっ! 思い出した!
脇腹を下から心臓を狙って、あの人は私を殺そうとしたんです!
だから、私は気が済むまでぶん殴って気絶させたんですよね。
「……パウスさん?」
私は声を掛けていました。
「……あぁ、パウスだ。……奇遇だな」
やっぱり向こうも知っていました。
「お金を頂けませんか?」
私は伝えたいことを簡潔に伝えました。
「断る。白昼堂々と恐喝とは親が泣くぞ」
余計なお世話ですし、恐喝なんてしていません。




