営業部長との会話と異動の件
朝礼よりも早い時間、私は事務所の部長席の後ろで釘を打っていました。部長をどうこうしようと言う訳ではなくて、棚を壁に取り付けているのです。
そして、完成。
売店で買ってきた聖竜様の小さな像を乗せ、更にきれいにラッピングされた小瓶をその横に安置する。
胸の前で手を合わせ膝で立つ姿勢になって、お祈りを呟きます。
「聖竜様、お酒様。お陰様でアデリーナ様が元の性悪女に戻ることができました。ありがとうございます」
言い終えても私はお祈りの姿勢を止めない。偉大なる2柱の存在に対して、早々に立ち上がるなんて失礼も甚だしいことですから。
「メリナさん、もう終わりました?」
「すいません、部長。まだ失礼も甚だしいかなと思います」
背後にいる部長から声を掛けられましたので、ちゃんと答えます。聖竜様とお酒様に失礼になるので、振り向くことはできませんでした。
「そうですか、それでは仕方ありませんね」
「はい」
私はお祈りの続きを再開します。
「メリナさん、そのままお聞きになってください。実は私も魔物駆除殲滅部に所属していた時期があるんですよ」
「そうなんですか?」
互いの背中越しの会話です。部長の表情は分かりませんが、にこやかに喋っておられます。
とても感じの良い人だから、棚の取り付けとお祈りの邪魔になるなぁと感じていても私は黙っていたのです。
「営業部で数年やって、今思えば壁にぶち当たっていたのね。営業成績も悪くはないけど伸びないし、新しいやり方も思いつかない。それじゃダメだと思われたから、部署異動させられたの」
部長の年齢は50近いと思う。となると、今から20から30年前の話でしょう。アシュリンさんが生まれているかさえ怪しい時期ですね。
「部署と言っても、オロ部長と先輩1人の3人の部署だったのよ」
「当時からオロ部長は部長だったんですか?」
「私が生まれる前から部長よ。地上に余り出て来ないから知らない巫女さんの方が多かったけど」
ふーん。
「鍛えられたわ。体力も根性も。先輩が良い人でね。戦闘経験のない私が死なないように立ち回ってくれたし、怪我をしたら魔法で回復してくれた。色々あったけど、人間って少々のことでは死なないって学習したわ」
「巫女を辞めようとは思わなかったんですか?」
「辞めても行くところがないもの。小さい頃に私は故郷も家族も失っているの」
「そうでしたか……」
「話を戻すわね。1年くらいで私は営業部に戻ったの。当時の上司は端からその予定で私を出したんでしょうね。上司の狙い通りに私は逞しくなった。庶民出身の負い目もあって参拝された貴族様にはへりくだって身を守っていたんだけど、私の方が強いんだもの。戦って生き残るのは私。だから、脅しにも理不尽なことにも負けずに利益をあげられるようになった」
「竜の巫女が脅されるなんてこともあったんですね」
「最近はアデリーナさんやメリナさんのお陰でそういった輩は少なくなりましたけどね。で、長くなったけど、本題。メリナさんのお陰でカーシャ課長は地位の高い人にもおどおどしなくなったわ。まだ数日だけなのに、すごい成長」
「却って、鉄の棒を振り回して脅す感じになってませんか」
「それで良し。だって、竜の巫女は気高きも荒々しい聖竜様にお仕えする者達ですもの。それの荒々しい方を体現する人が居たら名物になると思いません?」
「はぁ」
正直言うと、思わない。竜の巫女は清く正しく皆の憧れであるべきだと思うから。
「でも、鉄の棒で壁とか叩くのはやり過ぎかなぁ」
「大丈夫。私なんて真剣を振り回していたから」
危なっ。お客さん、絶対に減っただろうなぁ。
そう言えば、部長はカーシャ課長の投げ付けた鉄の棒が足元に刺さっても動じませんでした。あれは昔取った杵柄で戦闘慣れしていたからか。
「メリナッ!! 部長の背後で何してんだ! ゴラァッ!!」
部長と私の会話を遮って、入室してきたカーシャ課長がいきなり叫んできた。
「あれで良いんですか?」
「スリルも楽しめる竜神殿。旅の案内に書いて欲しいわね。カーシャさんは勢いだけで、実際には人を傷つけられないから丁度良いのよ。逆にメリナさんだと洒落にならないでしょ」
カーシャ課長が近付いてくるのが分かったので、立ち上がります。
「ウッラァーッ!! 朝礼の時間だぞ、クソ部長!!」
本当に大丈夫かな。荒々しさよりも、狂気が先走ってる感じがするんですけど。
「あら、もうそんな時間? 急ぎましょうか」
「すかしてンじゃネーぞッ!! こっちは覚悟してンだよッ!!」
今日の課長は一段とキテるなぁ。
聖竜様、お酒様。あの狂乱からメリナをお守りください。
いつもの長い朝礼の挨拶を終えても、部長は整列する巫女さんの前から去りませんでした。
「最後に異動の連絡です」
カーシャ課長の足が震えだしたのが分かります。これは課長の魔物駆除殲滅部行きが決まっているのかな。
「接客2課のメリナさんは総務部秘書課に異動の上、巫女長担当課長に昇進します。今日から」
「はぁ!?」
聞いてない! さっきの長い話より、それを私に伝えるべきでしょ!
それに、役職名だけで地獄が待っているのが分かるなんて、どういうことですか!? 魔物駆除殲滅部への出戻りの方が100倍マシです!!
「湿っぽくなるからメリナさんからの別れの挨拶はまた今度にしましょう。それじゃ、カーシャ課長、メリナさんを巫女長の執務小屋まで連れて行って差し上げて」
「ヨッシャアッ! オラァ!! こっちだ、メリナッ!」
呆然とする私。皆が去った後も、そこに立ち竦みます。カーシャ課長だけが横に残っているのですが鬱陶しい。
「メリナ様、てっきり私の件だと思っていました。昨日、巫女長が部長と話をしていたのを見たんですよ。でも、まさかメリナ様の話だったなんて。助かりました」
「……私は助かってないですよ」
「巫女長の下で次期巫女長に向けて教育なんでしょうね。メリナ様、頑張ってください。さぁ、行きましょう」
笑顔が憎い。
「カーシャ課長だけで行ってください。私、急な腹痛なんで帰ります」
「よっ、出世頭! メリナ様、さいこー。羨ましいなぁ」
カーシャ課長、私の目を見なさい。そして、お前の能力で私の考えを読むのです。
どうですか? 侮蔑と殺意に満ちた感情をたっぷりと全身に浴びなさい。
「ひゃっ!」
くくく、怯えるがよろしい。
「で、でも、あの映像で見た女の人に比べたら、これくらい……。メ、メリナ様、早く行かないと巫女長もお待ちですし……」
くぅ! 確かに!!
しかし、私に救いの手が空から降ってきたのです。いつも頑張っている私への聖竜様とお酒様からの贈り物に違いない。
「巫女さん! エマージェンシー! 大魔王が復活してた!!」
そのプレゼントはルッカさんでした。
「すぐにマイアさんの所にゴーよ!」
凄く慌てているなぁ。でも、良かった。
「分かりました。王国、いえ世界の危急存亡ですね。大変。では、カーシャ課長、そういうことで」
このまま有耶無耶にならないかな。世界が滅んだ方が幸せかも。大魔王の大攻勢に期待しましょう。




