囲まれて読まれる日記
夕食後も私は宿の食堂でのんびりお茶を飲んでおります。人を待っているのです。
ようやくロビーから玄関の鐘が鳴るのが聞こえてきました。
「メリナ様、アデリーナ様とフロン様のご来訪です」
そう告げた後、ショーメ先生が2人を私の前の席に案内します。
私はアデリーナ様だけをお呼びしたのだけど、フロンも付いて来たか。ふむ、確かに今のアデリーナ様だけで街中を歩かせる訳にはいきませんね。
「来てやったわよ、化け物。何の用よ?」
「メリナお姉様、アデリーナはお姉様のお館にご招待して頂き感謝感激です。私、手作りのお菓子も持ってきました」
フロンは当然ながら、アデリーナ様からの全面的な好意ってのも何だか腹立たしいですね。
そんな私の思いも知らず、彼女は可愛らしい小袋に入れたお菓子をショーメ先生に預けます。皆で食べようという事なのでしょうが、そんなぬるい雰囲気はここまでです。
いきなり本題に入ってやります。
「私は女王になるかもしれません。そして、その場合、アデリーナ様をぶっ殺す必要が出てくるでしょう」
「なっ! 化け物! そんなの私が阻止してやるわよ!!」
「ふん。フロン、お前では私に勝てない」
「はん? やってみないと分からないじゃん!」
こいつのアデリーナ様への忠誠心は本物ですね。死を恐れていない。
「お姉様……。アデリーナはお姉様の為ならこの命は惜しくありません。如何様にもなさって」
「キモい。アデリーナ様、いえ、アデリーナ、今のあなたは大変にキモい。自覚なさい。だから命を奪われるのです」
「えっ……キモ? キモい?」
何も理解できないみたいな感じでフロンを見てもキモいのはキモいですよ。
「と言うことで、アデリーナ様が元に戻ったら万事解決なので、今から教育をします。フロン、謝りましょう。私はアデリーナを殺したい訳ではない。元のアデリーナ様に戻すべく、ここに呼んだのです」
「はん、どうだか」
フロンはそう言ったものの肩の力を抜いたのが分かりました。
「で、どうすんの?」
「これです」
私は一冊のノートを机の上に置く。
「お姉様、これは……? もしかしてお姉様の日々の恨み辛みを激しく書き綴った呪いの書?」
は? お前、天真爛漫な表情で何を言ってるんですか。それと、お前の歳格好で首を傾げても可愛げは一切ありませんからね。
「私の日記帳です」
「呪いの書みたいなもんじゃん。それに、あんたの日記を読んでアディちゃんが回復する訳ないじゃん」
「ふん。私の日記を読んだアデリーナ様がどう悪態を吐くのか、私はよく分かっています。元に戻らなくても、今の気持ち悪い喋り方じゃなくて、『あぁ、これはアデリーナ様だわ……』って皆が思う程度に性格の悪い喋り方に矯正するのです」
「バカじゃない、あんた?」
「色狂いの雌猫にバカとか言われたくないですね。アデリーナ、やりますよ」
「は、はい。頑張ります! 自信ないけど、お姉様の為に頑張ります!」
私は両手で机をバンと叩いてから怒鳴ります。
「違うっ!」
「ひっ……」
「あいつならこう言います。『メリナさん、その日記、貴女の部屋に長く有ったんでしょ? くっさい臭いが移って鼻が腐りそうですけど仕方ありませんね』です!」
「は、はい……。頑張ります……」
ふぅ、では、やりますか。
「無駄ですよ」
冷や水を浴びせかけて来たのはショーメ先生です。
「何故ですか?」
「それ、前回に私が試しましたもの。メリナ様、覚えてらっしゃらないのですか?」
「……そうでしたっけ?」
「えぇ。妙にその変なアデリーナ様が私に絡んでくるので、大変で御座いましたよ。腹立ちを隠すためにるんるんるんって言ってみたり」
「思い出しました。るんるん言っているショーメ先生が怖かった。あと、腹立たしさは隠されていませんでしたよ」
◯メリナ新日記 9日目
仕事の終わり、営業部の事務所でカーシャ課長が叫んでいるのが聞こえました。
「あんな戦略兵器を押し付けられた気持ちを考えてみろよッ!」「いつ殺されるか分からねーからコエーつってんのッ!」「絶対、朝は死んだって思ったんだからなッ! 笑うなッ!」「ノリノリじゃねーよッ! ヤケクソだったんだよッ! アイツにそうしろって言われたからだよッ!」「ごちゃごちゃいいから、元の部署に戻せッ! お前が引き取れッ!」「クソッ! ババ引いたッ!」
私は課長のストレスがマックスなのを可哀想に思いました。
「はい、アデリーナ」
「え……?」
「え、じゃない! お前、2度目なのに成長の兆しがないですね! この無能! 無能オブザ無能ッ!」
「うぅ……酷い……」
「泣いても許しません。はい、悪態を吐きなさい」
「せ、戦略兵器ってメリナお姉様は兵器じゃないです! し、死ぬ、カーシャ課長!」
「……は? お前、何を言ってるんですか……。悪態を付く相手は私ですよ。それから、課長の叫びが私のことを言ってるみたい――えっ、あぁ、これ、課長は私にストレスを感じてたんだ……」
「ってか、自分で日記に書いていて気付かない方がおかしいでしょ。どう見てもあんたのことじゃん。元の部署に戻せとか、化け物以外に対象いないじゃん」
「いや、課長が接客2課から元の部署に移りたいのかと……。くぅ、えー、どれだけ私が課長の顔を立てる感じで努力していたのか理解してもらえてなかったんだ。ちょっとショック」
「アディちゃんは続きよ。頑張って」
「は、はい。えーと、メリナお姉様は心底嫌われてるんですね。かわいそう……」
「ちょっ! 痛烈! えー! なんで同情されたんですか!?」
「親しくしてやったのに嫌われてたとか、絶望的じゃん」
「はぁ!?」
「気付くのが遅かったのもかわいそう……。メリナお姉様、逞しく生きようね」
「慰めるな! 凄く屈辱ッ!!」
◯メリナ新日記 10日目
暗殺ならショーメ先生に依頼したら良いのに。
そう思って本人に言ったら「何も悪さをしていない方を襲うのは良くありませんよ」と正論を吐かれた。
「誰を殺そうとしてんのよ」
「透明人間」
「何それ?」
「魔力を全く持たないヤツなんですよ」
「ふーん。普通に殺せばいいじゃん」
「いや、そうなんですけどね。何て言うか警戒しているんです。アデリーナ様をこんなにしたヤツも魔力ゼロでして。あと、巫女長のお金が目の前で魔力変動なしで消えたりしたとか聞きましたし」
「は? それこそ安全第一で問答無用で殺したらいいじゃん」
「野蛮で御座いますね。さすが魔族」
「でっしょー。ショーメ先生はよく分かってますね」
「は? 化け物に勝てる化け物なんていないんだから。あんたも知ってんでしょ、魔族紛い」
「しかし、透明人間にはアシュリンクラスの強者が3人、それから哀れな少女1人のお供がいるんです。良い人達でして、その人達のことを考えると、いきなり襲うのもなぁとか思ったり」
「アシュリンって……あいつレベルの人間が3人とかそれこそ一大事じゃん」
「まあまあ、私も手をこまねいていた訳ではありません。冒険者ギルドのガインさん、アデリーナ様の代理のアントン、ガランガドーさん、ルッカさんと言った方々の協力の下、彼らは無害だと判断しましたよ。なお、ガランガドーさんは盗み見を断罪されましたが」
「化け物の判断なんて、逆に不安しかないじゃん」
「魔族と意見が一致するのは些か不満ですが、そうですね」
「ちょっ、2人とも酷っ」
「まぁ、いっか。じゃあ、アディちゃん、締めをお願い」
「はい。えーと、皆、命は大事だよ。メリナお姉様、暗殺なんてメッ」
「あん? ウインクもキモいですよ。お前を殺すぞ。悪態を吐けっつーてんでしょ!」
「ひっ」
◯新メリナ日記 11日目
カレンちゃんを保護したいのにカッヘルさんの依頼した方々には期待できないと私は考えました。
なので、邪神を投入することにします。二つ返事で了解してくれて、あいつも丸くなったなぁと感心。
なお、出産が終わったことを聞いて驚愕。出産祝いをあげないといけない。邪神もお母さんかぁ。私もそろそろ聖竜様のお子さまを身籠らないといけませんね。
「邪神が出産って何よ……?」
「私が知りたい。なお、一年前はショーメ先生にご執心だった剣王が旦那さんです」
「何故か私が敗北したみたいに思えるので止めてください」
「赤ちゃんって可愛いよねぇ。アデリーナも見たいなぁ」
「アデリーナ、お前、この会の趣旨をまだ理解してないんですね。ショーメ先生、お手本を」
「分かりました。ごほん。えー、メリナさん、聖竜様の子供を身籠る望みをまだ持ってるんですか?」
「は!? どういう意味ですか!?」
「えー、意味なんてなくて只の質問なのにぃ。で、聖竜様と恋仲にでもなってるんですか?」
「な、なってないけど! なってないけど絶対になるもん!」
「うわぁ、さっきの課長の件と言い、メリナさんは気づいてないのかしら、聖竜様もメリナさんが苦手だなぁって思ってることに」
「殺す! お前、殺す!!」
「メリナ様、演技です、演技。アデリーナ様ならこう言うだろうなって。はい、雌猫フロンさん、次どうぞ」
「仕方ないわね。んじゃ、はい。邪神でさえ丸くなったというのに、この目の前のバカ娘は私に逆らってばかりで御座いますね」
「お前、演技、うまっ!」
「ったり前よ。続けるわよ。ほら、メリナさん、私を労るために肩でも揉みなさい」
「ぐへへ、容易いご用です」
「何ですか、その笑いは。下心が丸見えで御座いますよ。私の肩を破壊するつもりでしょう」
「いえ、首を締めて骨を断つつもりでした」
「全く減らず口ばかりなんだから。分かりました。巫女長にお金を盗んだのはメリナさんと偽証してやりましょう」
「殺されるから止めてー! って……うまっ! アデリーナ様が目の前にいるかの如くでした!」
「やめなよ、褒めんじゃない。照れるじゃん」
「あ、あの」
「何ですか、アデリーナ?」
「皆が私のことを性格悪いって思ってるって分かりました……。辛い……死にたい……」
◯新メリナ日記 12日目
接客2課の仕事に飽きてきた。
邪神が眷属を増やしたいというのでカッヘルさんに邪神のお肉を渡した。カッヘルさんは「うまそうだな。何の肉だ?」って言ったので、自分の夕食にしようとしているのが分かりました。
「邪神の肉です。力は湧くかもしれませんがお口に合うかな」と伝えたら、ちゃんと盗賊どもに届けると言ってくれた。
「さぁ、アデリーナ、先程のお手本を見習って頑張るのです!」
「え……私、辛くて死にたいって言ったのに……」
「頑張らないと本当に死にますよ。私が女王になったら、アデリーナは暗殺されます」
「うぅ……頑張る……」
「期待してますよ」
「……飽きるの早すぎません? なんたる無能……。お前は生きている価値のない愚者。死ね、死ね、死ね。あぁ? 死ねよ。視界に入るだけでゲロが出るんだよ。死ね。死んでしまえ。死ね、死ね、死ね、死ね、死ね! 死ね!! ……どうですか……?」
「……ドン引きです」
「えぇ、メリナ様に同意。これはドン引きですね」
「頑張ったのは認めてあげるわ」
◯新メリナ日記 13日目
宿に帰ったらルッカさんが訪問してきた。旅する5人は害悪にならないと判断して監視を終えたみたいです。
久々に2人で仲良く食事をしました。ルッカさんには何回も命を狙われたり、彼の息子の息の根を止めたりと色々ありましたが、完全に和解なんでしょうね。
おめでたいのでお酒も頼もうと言ったけど、ルッカさんからもショーメ先生からも止められた。ベセリン爺にさえ、もう解除されたはずの禁酒令を盾に断られた。お酒様、会いたかったです。
「どうしましょうか? こいつ、本当に才能ないです」
「うぅ、メリナお姉様、お慕い申し上げているアデリーナを苛めないで……」
「どうしたものでしょうねぇ」
「分かんないわね。分かってたらもう実行してるけどさ」
「しかし、メリナ様は悪酔いするクセに酒好きとか、メリナ様もどうしようもないですね」
「悪酔いとか誹謗中傷が過ぎる。誰だって多少は羽目を――あっ!」
「うっさいわね。大声出すんじゃないわよ」
「酒! アデリーナ様も酔ったら性格変わってた!」
「ベセリン、用意しなさい」
「畏まりました、フェリス様」
「アデリーナ陛下の分だけですよ」
「承知しております」
「えっ、私のは? ショーメ先生、どうして忠誠の篤いベセリン爺が主人だった私の分を用意しないのですか?」
「忠誠心に富むからでしょう。主人の醜態は見せられないとの想いですよ」
「良い酒じゃん」
「当店の最高級品で御座います。陛下、味わいください」
「お酒……初めて……。飲めるかな……。ゴクッ。……ゴク、ゴクゴクゴクゴク、ブハ」
「お継ぎ致します」
「えぇ。ゴク、ゴクゴクゴクゴク」
「飲むの早くありません?」
「そうね。でも、これは……」
「美味しいで御座いますね。あっ、メリナさん、貴女はダメですよ。貴女は禁酒令。今、発令しました。ベセリン、もっと寄越しなさい」
「っ!?」
「……どうしたので御座いますか? 皆でそんなに私を見詰めて」
「アディちゃん!」
「アデリーナ様! お久しぶりです!!」
「は? 気持ち悪いで御座いますわね。その臭い顔を近付けないように」
「意識がまともな内に、数々のるんるん行為の反省会をしましょう!!」
◯メリナ新日記 14日目
酔いが覚めたらアデリーナ様は元に戻ってしまった。明日からは常に酔っぱらいになっていてもらおう。
なお、ガランガドーさんを見に行った邪神によると、彼はズタズタに切り刻まれた死骸に変わっていたらしい。おめでたい時に不幸なヤツですねぇ。




