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打診

 今日も床を拭きながら貴族様の来客を虎視眈々と待っていました。そんな最中、不穏な魔力を感じます。

 逃げ出そうかと思いましたが、相手も私の存在を把握しているでしょうから、今さら動くのも不自然な感じです。冷や汗に耐えつつ、遣り過ごすことに決定します。


 営業部の方々はお仕事柄、人と接するのに慣れていまして、普通の巫女さんなら遠巻きに警戒するところ、にこやかに彼女へ近付いて用件をお訊きでした。そのまま、売店か事務所に行くが良い。

 しかし、私の願いは天に届かず。どうやら老婆の目的は私だったようです。床に四つん這いの私へ歩み始めました。


「まぁ、メリナさん。熱心にお仕事されているのね。感心だわ。でも、少しだけ。少しだけ私の為に手を止めて頂けないかしら」


「はい、巫女長」


 相手は私の中で王国の最終兵器、災厄の化身と呼ばれている巫女長です。大人しく従っておくことが正解なのです。

 私は立ち上がります。


「お外でお話ししましょうね」


「はい」


 巫女長を前にして私は通路を進む。隙だらけに見える後頭部ですが、そう見えるだけ。素直に命を奪いに行ったら返り討ちに合うかもしれない。



「メリナさん、本殿で王都の貴族を殺害なさろうとしたの?」


 ん? あぁ、2日前のお尻ペロリ事件のことか。


「聖域で竜の巫女に対して破廉恥な行いをした上に暴言まで吐いておられましたので、少し懲らしめてやりました。決して殺意は御座いませんでした」


「あらあら、そんな事情だったの。苦情が届いたのよ。暴力的なメリナさんは竜の巫女に相応しくないから、神殿から追放しろって」


 何だと……。


「死をも恐れぬ豪胆なヤツですね。名前を仰って頂けます? 明日までには灰も残さず世界から消してやります」


 私は真剣な眼差しで巫女長を見ます。それに対して巫女長は笑顔で返して言うのです。


「心配する必要はないわ、メリナさん。ちゃんと私が断って差し上げたから。その方、どういう訳か、アデリーナさんも具合が悪いなら王都で静養しては如何だなんて仰るのよ」


 それは別に構わないというか歓迎ですね。

 巫女長は続ける。


「アデリーナさんの件、ロクサーナさんから秘密って言われたから黙っていたのに何処から漏れたのかしら。メリナさん、ご存じない?」


「アデリーナ様は神殿内を自由に動き回っては小鳥とるんるんしていますから、色んな人がその奇行を目撃していますよ。それを漏れるって表現するならダダ漏れ状態です」


「そうなのね……」


 巫女長の顔が少し曇ります。


「何か問題でもありますか?」


「えぇ。アデリーナさんが王として失格だなんてなったら、誰かを次の王様に選ばないといけないわ。それを理由に、また争いが起きたらと思うと心配になって。平和を愛する聖竜様が悲しまれるでしょうに」


 ……巫女長がまともな発言をしている。しかも平和を語っている。精神魔法を連発して、肉体を傷付けられるよりも辛い苦しみを与え続ける巫女長が。

 騙されません。でも、従います。


「さすがは巫女長です。世界平和を心から願う、その御心に感服しました。では、仕事に戻ります」


「メリナさん、もう少し話があるの」


「……何でしょう?」


 一刻も早く持ち場に戻った方が良いと私の勘が訴えていますが、引き留められては仕方ありません。逃亡しては背中から刺されそうです。


「ロクサーナさんと話をしたのだけど、アデリーナさんがこのままだったら、メリナさんが女王になってくれない? うん、もちろん、私もロクサーナさんもちゃんと応援するから」


「……は?」


「大丈夫。メリナさんなら女王様もできるわ。強いし、神経も図太いもの。ほら、大体のことはロクサーナさんと息子さんの伯爵でやるって言ってるから、メリナさんは名前だけで良いのよ」


 ……巫女長の真意は分からない。でも、これ、ロクサーナさんが実質的にこの国を操るってことですよね。

 こないだの会議でアントンが仕切ることに決まったのに、どうしてだ?

 あっ、あれか。アントンに時間稼ぎさせつつ、その間に他の街の貴族達と今後の政治について調整していたのか?


「どうかしら?」


 即答はダメ。よく考えないと、良い様に利用されてしまう気がしまう。

 ここは丁重に保留ですよ。


「存外に高い評価を頂き、とても感激しております。今すぐにお返事させて頂きたいのですが、女王様以外の職にも興味がありますので、改めてお返事させて頂きたいと思っています」


 ……どうだ? 女王様って職なのか分からないけど、凄く丁寧だったわよね。


「まぁ、メリナさんはやっぱりアデリーナ様との友情を取られるのね。うん、お返事は待つわ」


 ふぅ。乗りきった。

 巫女長の背中を見ながら、私は額の汗を拭くのでした。



 ベンチに座って考えましょう。

 さぁ、邪神とガランガドーさん、私にアドバイスですよ。私は女王になるべきでしょうか。女王になったらお金を使い放題ですが、美味しい話には裏がありそうで不安です。


『なったらいいのよぉ。強い者が支配するぅ。それが世界の理よぉ。策を弄する者達も皆殺しぃ。それで終わりぃ。それにぃ、ゾルもソニアもぉ、あなたを支持するわよぉ』


 ふむぅ。確かに私は人望があるので、アデリーナ様よりも適している気がしてきました。


 ガランガドーさんは?


『うふふ、ティナ、可愛いなぁ。ぐふふ』


 ……こいつ、本当に無能ですね。

 おい、ガランガドー! お前の気持ち悪い独り言が漏れていますよ!


『なぬっ! 主よ、勝手に我と念話を繋げては恥ずかしいではないか!?』


 知るか。で、お前はどう思いますか?


『山登りするティナも美しかったのである。何本もの木を刈る剣技も命短き者にしては素晴らしい』


 ……アデリーナ様に迫っていた過去を思い出しなさい。お前は反省したと言っていましたよ。


『恋の為に我らは生きるのかもしれぬな』


 聞いてないっ!


『あながち、当たってるかもぉ』


 ちょっ! 邪神まで!


『ククク、まさか邪神よ。貴様と意見が合う日が来るとはな』

『いがみ合っていてもぉ前進しないものぉ』

『ガハハ、お互い丸くなったものよな』

『互いの骨肉を削りあったのにぃ』


 ……私の精霊たちがご主人様を放置して仲良く会話を始めやがった。他所でやって欲しい。


『む? 待つが良い』


 どうしました?


『ティナが大きな胸を反らして何かを投げるようである。見逃せん。むふふ』


 こいつ……。


『主よ、喋って良いぞ。もう投げ終わったので――グワァアアア!!』


 どうしました?


『ヒィィイ! 痛い! ギャーー痛い!! 死ぬーーッ!!』


 邪神、何が起きたか分かりますか?


『見えはしないけどもぉ、きっとぉ、監視がバレていたのよぉ』


 あぁ。

 ティナさんが何かを投げたのは、ガランガドーさんへの攻撃だったんですね。

 自業自得です。

 邪神、悪いけどガランガドーさんを回収してくれる?


『夜になったら向かうわぁ。私の竜の姿はぁ、ちょっと禍々しいのよぉ。誤解をうけちゃうぅ』


 はい。了解です。



 しばらくベンチに座っていましたが、王位に着くべきかどうか、考えは纏まりません。

 そろそろ課長に怒られるなと思って、腰を上げようとした時でした。ルッカさんが上空からふわりと降ってきて、私の隣に座ったのです。


「私を見てたんですか?」


「えぇ。あっ、監視じゃないわよ。見てたのは趣味よ。で、巫女さんが結論を出すのを待っていたの。巫女さんがクィーンって面白いわね」


 巫女長と話をしていたところから知ってるって、おかしいでしょ。あと、監視が趣味ってどうなんですか。


「……面白いですかね?」


「インタレスティングよ。どんな国になるのかしら」


「ルッカさんは私が女王になるべきだと?」


「未来を選ぶのは巫女さんの自由。このままだと王位争いの内戦が起きるかもだし。だけど、巫女さんが女王になったら、いずれアデリーナさんは消されるわよ。彼女を立てようとする人達が出てくるから、その予防。人間ってクレイジーよね」


 ……なるほど。

 ルッカさんの言うことは、よく分かります。私が女王になったら、前女王は邪魔です。

 アントンの代理で急場を凌ぎ、その間にロクサーナさんは信頼できる仲間内で情報共有。状況をコントロールできるようになったと判断して、私が女王に就くことを打診をしてきたという感じですね。

 恐らくアデリーナ様の暗殺も慎重に計画してあって、表立って女王殺しと(そし)られることはないのでしょう。


「でも、アデリーナさん自身もあんなにボケてしまったら、生きていたくないかもしれないわね」


「そうですか?」


「巫女さんだって、今さら子供みたいに振る舞いをしたら恥ずかしいでしょ? プライドの高いアデリーナさんだったら尚更よ」


 っ!?

 あぁ、そうか!?

 私はるんるんしているアデリーナ様を見たかったんじゃない! るんるんしたという自らの醜態に赤面するアデリーナ様を見たかったんだ!


「ルッカさん、ありがとう御座います。私が取るべき道がはっきりしました」


「そう? ……巫女さんは友達思いね。これ以上の恥を負わせたくないってことか」


「いえ、アデリーナ様には元に戻って頂きます」


「そっちだったの。でも、グッド。私も協力するから」


 ルッカさんの笑みは優しい。


「是非お願い――ッ!?」


 なんだ!?

 全ての魔力が一気に引っ張られたような感じがしました。しかし、もう直った? 気のせい?

 でも、さっきの異変に驚いて、木々に止まっていた鳥達が一斉に飛び立つのが見える。


「ま、まさか……?」


 立ち上がったルッカさんを見上げます。


「この強大な魔力は大魔王が復活した……?」


 私の魔力感知では全く分からなくて、飛び去るルッカさんに手を振り、精一杯の応援の気持ちを送りました。がんばれー、ルッカさん。


 その後は何事もなく終業の時間が来まして、私は宿へと向かうのでした。

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