観戦
「はい、課長。ランチですよ」
事務所の会議室は、食堂代わりに私とカーシャ課長がお昼を取る部屋となっております。
今日のメニューもパンと汁物です。汁の中の具材が違うとはいえ、毎日同じ味付けの物が出されるのは辛くなってきます。焼いたお肉が食べたい。
「メリナ様、私はこのままで良いのでしょうか……?」
一足先に食べ終えているカーシャ課長が私に相談をしてきました。少し落ち込んだ表情です。ミーナちゃんと話す私を怒鳴ったことを反省しているのでしょう。
「色々ダメだと思いますよ」
正直に伝えてあげました。
「……ですよね……。どうしたら良いのか……。せめて叫ばなければ良いのでしょうか」
「うーん、とりあえず本殿は特に聖域だから、そこで騒ぐのは良くないかな」
「ひっ! それでは、私はメリナ様に殺されますか……?」
「いや、さすがにそんな事はないですよ」
「ですよね……。良かったです。だって、メリナ様も悪名高いアシュリンと2人で本殿を駆け回っていましたものね。うん、あれと比較したら私の騒ぎくらい可愛いですもの」
……見習いの初期の頃ですね。
そっかぁ、カーシャ課長は見ていたか……。久々に思い出しましたよ。
あの暗くて辛くて苦い巫女見習いの修行を知っているヤツを根絶やしにしたい。それくらいに屈辱の日々だった。手始めに課長かなぁ。
『主よ。そろそろ戦闘が始まるのである』
密かに私が殺意を高めている最中に、ガランガドーさんの声が頭の中に響きました。
おっと忘れていました。
ふむ、ティナさん一行の実力を計る好機ですね。できれば獣化が近いカレンちゃんも保護したい。いや、でも、ティナさん達に懐いているのなら、ちゃんと皆に事情を伝えた方が良いか。
カーシャ課長は命拾いをしましたね。
まだ浮かぬ顔をしている課長を一瞥してから、私はガランガドーさんに尋ねます。
その戦闘を私も見たいのですが、何とかなりませんか?
『ククク、その言葉を待っておったぞ、主よ。有能なる我は既に対策済みである』
尊大にして大袈裟な言葉を吐いた彼でしたが、この会議室で魔力の淀みが発生し、そして、そこに映像が浮かぶ。魔法でしょう。
「メリナ様、いったい何が……?」
「安心して下さい。危険はないです」
映ったのは、かなりの上空から見た森? あっ、緑の切れ目に道と馬車が見えました。
『アディの即位後に宣伝のために流された映像を主も覚えていよう。その術式を応用し、臨場感溢れる形で我が戦闘を伝えるのである』
……ほほう、素晴らしい。褒めてやりましょう、ガランガドー。あのぶりゅぶりゅ動画の作成も無駄ではなかったということですね。
『作成自体は無駄ではなかったが、ぶりゅぶりゅは無駄であったのではなかろうか』
ふん、生意気を言いますね。
「カーシャ課長、一緒に見ましょう。ほら、魔物駆除殲滅部に行った時の為の参考になるかもしれませんよ。強い人が今から戦いますから」
「は、はい……。訳が分かりませんが、死の宣告を受けた気分です……」
◆◇◆ ガランガドーの魔法映像
森の小道を箱馬車が走っています。
ズームされてガインさんが御者を務めているのが見えます。横は奇妙な紺色服の少女。
他の人達は屋根付きの荷台に乗っているのでしょう。
映像の視点が動き、また上空から広く捕えた形となる。
箱馬車が進む先は大きく曲がっていて、見通しが悪いことを示します。その先で、盗賊の方々が自分達の馬車を横倒しにして道を封鎖しているのが確認されました。
また、箱馬車がカーブに差し掛かった後、馬車が通り終えた道の両脇から盗賊が5人ほど出て来ました。挟み撃ちという訳ですね。
箱馬車が急カーブを超え、少し進んでから止まる。
御者役をしているガインさんが前方の異変に気付いたのでしょう。次いで、荷台から異常を察したティナさんを先頭に、大男、透明人間少年、カレンちゃんが出てくる。
危ないからカレンちゃんは荷台に乗ったままで良かったと思うけどなぁ。
再ズーム。狙いは横倒しの古い馬車の上に立つ男の顔。
あー、こいつでしたね。私の故郷を襲撃したクズは。そいつが馬車の上で叫びます。
「よし! そのまま動くな!! 俺たちが欲しいのは荷だけだ。命まで取らん」
おぉ、ガランガドーさんは音まで拾ってくれています。
「交渉なんて面倒でしょ。来なさいな」
盗賊の言葉に全く耳を貸さず、ティナさんの凛とした声が響く。
「そう言うな。こっちもそっちも血は流したくないだろ?」
「そう? 確かにあなた達の汚い血は見たくないわね」
「貴族様は言うことが厳しいねぇ」
相手の力量を読み間違えている盗賊が嫌らしい笑みをしながら答えました。
なお、ティナさんの仲間である大男は脅す盗賊を無視して、後方の道を確認しに行き、「おーい、こっちもいたぞ」と皆に伝えます。
「聞いての通りだ。もう逃げれんな。大人しくしろよ」
盗賊のボスと思われる男が馬車の上で喋る。それと同時に腕を上げて合図を出す。
地面に異変が起こる。ティナさんの馬車を中心に、かなりの広さで回転しながら光る魔法陣が出現したのです。
大男はその範囲から外れていますが、それ以外のティナさん一行はその魔法陣に乗ってしまっています。
これだけの魔法なら、邪神の仕業でしょう。あの盗賊の人達には無理ですよ。ノノン村で戦ったから分かります。
『ご名答ぉ。私がやっているのぉ』
頭の中に響く邪神の声に合わせて、ガランガドーさんの映像がかなりの速さで動き、遠く離れた位置に浮かぶ男を映す。
『こいつぅ。私の肉をこいつがぁ1人で食べたからぁ。こいつぅだけぇ』
邪神の眷属になった犠牲者が1人で済んだと喜びましょう。
宙に浮いているのは飛行魔法でしょう。
魔法陣が描かれるほどの大魔法を行使する為に、目を瞑ってぶつぶつと詠唱句を呟いています。
『魔力と物理の両面から麻痺させる魔法よぉ。しかも味方には効かないようにぃ制御ぉ。この眷属経由ではぁ、これが限界ぃ』
邪神め、そんな危険な魔法まで使えたのか。ティナさん達、大丈夫かな。
ガインさんが邪神の魔法に驚くのが見えた。でも、他の人達は特別なリアクションをしていない。
離れた大男は後ろの魔法陣にも気付いていないのか、またまた無視。ティナさんと奇妙な服の少女は敵を見据えたまま。透明人間少年とカレンちゃんは何が起きているのか分からず呆然というところかな。魔法の影響かもしれない。ガインさんは、あっ、固まってる。
盗賊の先手は続きます。
動かないカレンちゃんを狙って木陰から盗賊の1人が突進。荒っぽい。失神させて彼女を捕えるつもりなのでしょうか。
透明人間少年が咄嗟に身を捨ててカレンちゃんを庇う。ガインさんが評したように動きは素人そのもの。でも、判断の早さがそれを補う。盗賊の狙いは外されました。
身代わりとなった少年はタックルを浮けて、地面に激しく叩き付けられる。カレンちゃんは無事で、そのまま少年を振り返らずに後方へと逃げ出しました。
カレンちゃんは年の割に足が速い。あと、薄情なのかもしれないけど、自分の命を大切にする割り切りの良さが素晴らしい。
ってか、麻痺させるとか言ってた邪神の魔法が全く効いてないんじゃない?
『うふふ、おかしいわねぇ』
まぁ、良いや。
倒れた少年は盗賊に何回か踏みつけられる。抵抗する気力を失わせる目的でしょう。苦しくて顔を歪ませる少年。目には涙さえ見えました。
「ダン! ナベが刺された!!」
カレンちゃんの声が響く。ふむぅ、幼いのに立派です。状況を伝えることは大切ですし、それが彼女にできる精一杯のことです。
また、私は彼女の目の良さに感心する。タックルを入れた際に盗賊は少年の足を素早く刺していましたものね。あれは中々に気付かないですよ。刺された本人もまだ痛みを把握していないかもです。
「ガハハ、それは大変だな」
少年は玩具。ガインさんの報告書が思い出される、大男の反応でした。或いは余裕の表れか。
「リーダー、もうこいつ殺していい? 足を潰したから運ぶの手間だぜ」
雑な脅迫だし、余所見したのも頂けない。
ほら、その隙を衝いて、少年が自分のナイフを取り出して反撃。
これも、うーん、本当に素人な動作。じれったい。致命傷を狙うべきなのに脛って。攻撃が成功しても逆上されて殺されますよ。
っ!?
なのに、崩れ落ちる盗賊の男。
少年の魔法か? 私は目を疑う。
ガランガドーさん、魔力の流れを映像にできませんか?
『了解したのである。後ほど見せようぞ』
はい、お願いします。
「よくやった、ナベ」
奇妙な服の少女が倒れた盗賊の下敷きになったままの少年に向けて続ける。
「後は任せろ」
声色は冷たい。でも、その裏には絶対的な意思を感じた。
ここに至り、盗賊たちも強行策を取る。
「やれ!!」
盗賊のリーダーが短く命令を下し、馬車から飛び降りる。仲間達が剣を見せる。
ティナさんもゆったりと腰の剣を抜いて対応する。武器はコリーさんと同じ細剣。戦闘スタイルは急所を鋭く突く技巧派と思われる。
盗賊には弓使いも2人いて、彼らが放った矢がガインさんを襲う。それを素早く前に出た奇妙な服の少女が手掴みにする。それ自体は難しい技じゃないけど、何だろ、矢の軌道を変えて、自分の手元に誘導している?
連射された矢は全て無効化。それを終えてから、少女は指を鳴らす。
少年の足が輝いた。そして、彼はガインさんの方へと駆け出す。怪我は治ったみたい。
今の輝きは回復魔法が発動した証なのでしょう。でも、その無駄な輝きは何なんでしょうか。
非意図的だとしたら、回復魔法としては二流。光るのに費やす魔力を治癒に向けるべき。反対に、意図的だとしたら回復魔法を掛けたことへのアピール。多少の負傷では倒せないことを示して、盗賊の戦意を削るためかな。
あと、戦闘力が皆無なのに、何故に前線に近付いたのか、少年の考えが分からない。あー、ガインさんを守りに行ったのか。ガインさんの方がよっぽど強いのに。
「さて、お仕置き」
矢を捨てた少女が消える。瞬間移動かな。
2匹の弓使いを蹴りだけで制圧。彼女は魔法使いだと思っていたけど、肉弾戦も行けるのか。
それにしても、なんて技術……。吹き飛ばさずに背骨を折った。力の入れ方が絶妙なのか……。
また少女が指を鳴らす。
盗賊の仲間、邪神の眷属となっていたヤツが目の前に転送され、難なくそれを拳で打ちのめす。
『あらぁ。やられたわぁ』
邪神も敗けを認める。ほとんど機能していなかった魔法陣も消える。遠くの空中に浮かんだ敵を察知する能力からして、やはりかなり強い。
ティナさんが相手をしていた剣使いも既に戦意喪失しています。
「もう殺してくれ!」
細かい刺突で血塗れの男が叫ぶ。
「ダメよ。殺さないから。苦しみだけ与えたいの」
あー。そういう思考の人かぁ。
隣で見ていたカーシャ課長が身震いしました。
映像は、大男の方に切り替わる。
こっちはあっさり。転送魔法を人に対して使用し、土と入れ換えて、腰から下を道に埋めました。それだけで盗賊達は身動きができなくなり、完全制圧に成功しています。
やろうと思えば、体全体を埋めて息の根を止めることもできただろうし、透明人間少年が刺される前に敵全員を排除できたでしょうに。
軽く遊んでやったって感じかな。相当な実力者ですね。
◆◇◆ 映像終了
邪神、大丈夫ですか?
『眷属だからぁ。私が負傷した訳じゃないものぉ』
ふーん。で、どうでした?
『私の魔法が全くぅ効かなかったのは事実ぅ。強いわねぇ。貴女と同じくらいぃ。若しくは上回るのかしらぁ』
うむ。地中深くとか溶岩の中に転送されたら、私も勝ち目がないかもしれないですね。




