ガインの調査報告書
(2023/2/9修正)ティナさん一行の1人、「奇妙な緑服の少女」ですが、服の色を間違えていたので修正しました。紺色でした。
今日も私は四つん這いになって床を磨く。何回も丁寧に擦ると、自分の顔が映るくらいにツルツルになるんです。ちょっと楽しくなってきましたが、それくらいしか楽しみがないとも言えます。
今の私はゴシゴシマシーン。貴族の参拝客は朝から皆無です。
「メリナお姉ちゃん、神殿にいてくれて良かった」
ん? 一心不乱に磨いていて、声を掛けられるまで気付きませんでした。ティナさん達に匹敵する強い魔力で分かります。これはミーナちゃんです。
「どうしたの、ミーナちゃん?」
「これをメリナお姉ちゃんにって。ガインさんからのお手紙だよ。ギルドからミーナを指名で依頼が来たんだ。早く運んでって言うから急いだんだよ。あとで、巫女長様のとこにも行くの」
ミーナちゃんがトレードマークである大剣を背中に担いでいないのは、今言ったように急いだのが理由でした。走るのに重いので家に置いてきたらしい。
聞けば、秘密裏に運ぶため夜明け前に依頼書で指定された村に入り、ガインさんから手紙を受け取って、それからすぐにシャールに戻ってきたようです。頑張り屋さんのミーナちゃんですので、全速力で走ったことでしょう。なのに、疲れた様子を全く見せないのは流石です。
また、ガインさんがティナさん達の旅に同行していることにも驚きました。直々に調査とは言っていましたが、そこまで濃厚に接触するとは思ってなかったから。
さて、このガインさんからの手紙は、恐らくティナさん一行についての調査書でしょう。
「ミーナちゃん、ありがとう」
「うん。まだ依頼は続いているんだ。次は剣で戦うんだよ」
「戦う?」
「うん。強い人達って聞いているから楽しみ」
……ティナさん達を襲うのだろうか。
ミーナちゃんで勝てる? 強者が3人もいるんですよね。うーん、ザリガニモードなら行けそうかなぁ。
ってか、ガインさんは油断できない人です。危険人物だと判断したら消すつもりでミーナちゃんを呼んでいるんでしょ、これ。
「ウォラァ、メリナッ! サボってンじゃネーぞッ!!」
カーシャ課長は昨日の巫女さんのお尻ペロリ事件に配慮してか、たまに私達の仕事場へやって来ては奇声を放つようになっています。
「何、あの人? 弱いのに叫んでる……」
他人を武力の強弱でしか判断できないミーナちゃんが呟きます。それにもドン引きです。
が、私は早くこの手紙の内容を知りたい。
「カーシャ課長、このミーナちゃんは有名な冒険者だからお金持ちですよ。お客様ですよ」
「そうなの……?」
声のトーンが一気に変わった課長。
それにミーナちゃんが続けます。
「うん。最近のミーナはお金持ち。家も買ったもん」
その言葉を聞いた巫女さんがミーナちゃんに近付きます。そして、商売トークが始まるのです。
「メリナさんのお友達? うわぁ、だからかな。賢そう。本とか読む?」
「ミーナ……字が読めない……」
「えー、意外。でも、あれ? ミーナちゃん、かわいいね。絶対に美人になるよ。このヘアアクセサリーとか聖竜様のご加護でもっと綺麗になれるかも。どうかな?」
「えへへ。そう? ミーナ、欲しいかも」
「はい、どうぞ。銀――金貨1枚だけど、買えるかなぁ? 高いかなぁ?」
「うん。買えるよ。ちゃっと待って。はい」
「お買い上げありがとうございました。うわぁ、いっぱい金色のが入ったお財布だねぇ」
その言葉を聞いて1課の人が忙しげに動き始めます。ミーナちゃんの趣味が分からない状況ですので、各々が様々な物品を手にしています。カーシャ課長は別の課ではあるものの、1課の人達をサポートすべく持ち場を交代しました。
皆の意識がミーナちゃんの財力に向かっている隙を見て、私は本殿を出る。
そして、人が寄り付かない魔物駆除殲滅部の裏にある林の中でガインさんの手紙を読むのでした。
◯ガインの報告書
依頼された5人を調査中。
あからさまな悪意は彼らから感じない。目的は不明だが旅人であることは間違いない。
貴族風の娘……ティナ。家名は不詳。
半ズボンの大男……ダン。嫁が500人と豪語している。ローリィの血迷い言も躊躇わずに受け入れていた。
紺色の未知の民族服の少女……アンジェ。後述のナベのみアンドーと呼ぶ。呼び名が2つある理由は不明。どちらかは愛称か。馬の世話に慣れており、上流貴族階級出身ではないであろう。
上記3人の関係は対等の友人と思われ、彼らの間で主従関係は確認できない。それぞれが高等魔法を扱い、王国内でも匹敵する力量を持つ者は5人も居ないと思われる。
元奴隷の少女……カレン。シャールで買われた元奴隷。今は解放されている。実際に一行から奴隷としては扱われず、後述のナベよりも優遇されている。奴隷として再販売するつもりで育てているようには見えない。
魔力を持たない少年……ナベ。身のこなし、体力ともに並み以下。しかし、知恵や知能は高い。シャールの街名を知らず、聖竜伝説も知らなかったことから遠国の出身と思われる。ティナ、ダン、アンジェからの扱いは、仲間というよりも玩具に近いように感じる。ナベ本人もそれを受け入れている。
彼らは転送魔法を駆使していることから転移魔法にも優れているものと推察される。
今のところ、遠国から転移魔法で王国まで辿り着いた者達であり、王国への危害はないと結論付けたい。
なお、ナベは最初に述べた3人に誘拐後、何らかの事情で緊張が解けた状態である可能性が高い。次の可能性として、弱々しいナベが彼らのボスであり、高い知能により私を欺いているとも考えられる。後者の可能性の場合、悪意はないとした前言を取り消す必要が出てくるかもしれない。
チャールカの村にて盗賊と思わしき集団に目を付けられる。ティナ一行も気付いているが災難を避ける様子無し。ナベのみが怯えている。これは演技の可能性があるために要注意。偶然かもしれないが、ナベは冒険者同士で行う勇気の誓いを私と交わした。
盗賊の出現がタイミングとして出来すぎているように思えること、ナベが出身や旅の目的について秘密だと明言したことから、彼らは犯罪逃亡者であり、盗賊団は追手の可能性もある。引き続き、調査を行う。
ふむぅ。
素晴らしいですね。頼んで2日で、ここまで詳しく調べてくれたのか。
あと、カッヘルさんが用意した暗殺部隊の存在をガインさんに伝えるのを忘れていましたね。ガインさんが殺されませんように。
それにしても、ガランガドーさんなんて、監視しているはずなのに、一切、連絡寄越さない。あいつ、無能。
『無能ではないっ!』
おぉ、反応が早い。
『主よ。最近、我に対する扱いが酷いのである』
そうですか。で、ガランガドーさん、お前の見解は?
『彼らは大切な話を未知の言語でするのである。怪しいのである。そして、その話をする時のティナの顔が冷たくて、ゾクリとして心地好い』
……お前がアデリーナ様を好んでいた理由が分かりましたよ。お前は被虐趣味のド変態だったんですね。
『ガハハ。冗談である。我の見立てでは、彼らに悪意も敵意もない。ルッカもそう言って帰ってしまったのであるぞ』
ふむぅ。ルッカさんが言うなら信じても良いかもしれない。
『メリナぁ。だとしてもぉ、もぉ、私は準備できちゃったのよぉ。遊んで良いわよねぇ』
邪神か……。お前、やり過ぎたらいけませんよ。彼らが「ここら辺は治安が悪いから他の場所へに行こうかな」って思うくらいに手加減しなさいね。
『うふふ。眷属になったぁ者の力からするとぉ、そうなるわよぉ』
はいはい。適当にお願いします。
でも、透明人間少年の存在は気になりますね。シルフォルみたいに神様の関係だと嫌だし。
……邪神、透明人間少年の化けの皮を剥がしなさい。魔力ゼロなんて有り得ないから、何かの魔法を使わすくらいに追い詰めましょう。ガランガドーさんは透明人間少年の動きを注視なさい。
精霊たちへの指示を終え、ガインさんからの手紙を懐に直し、私はお食事の為に営業部の事務所へと戻ったのでした。




