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営業部でのお仕事

 魔物駆除殲滅部にいた頃は朝の洗濯と掃除を終えたら、後は基本的に自由時間でした。

 なのに、営業部接客2課は夕方までずっとお仕事です。お客様が来なくても掃除をしないといけません、延々と。

 正直に言いましょう。ここもブラック職場です。私にはもっとクリエイティブな仕事が相応しい。


 聖竜様のお像がある大広間の石床を濡れ雑巾で磨きながら、そう私は考えていました。

 異動先を考えるなんて言いながらこんな部署に放り込むなんて、エルバ部長に嵌められました。今度出会ったら、ほっぺたをグリグリの刑にしてやります。



 接客1課の巫女さん達はたまに来る参拝客の相手をしています。


「これなんてどうですか? さっき説明した聖竜様がお生まれになった際に掴んでいた聖木をイメージしたお土産ですよ」


「高いから買えないなぁ」


「お安くできますよ」


「どれくらい」


「お客さん、カッコいいからこれくらい」


「全然安くないよ」


 聖竜様のお話に絡めてお土産を売るのがお仕事なんですよね。

 私はキュッキュッと石と石の間の汚れを取りながら聞いておりました。



「まぁ、お客様。これ、凄く似合うかも。聖竜様の立派な爪が体験できる付け爪です」


「えー、あんたが付けてみて」


「はい、喜んで。がおー」


「あはは。でも、買わない」


 庶民相手に神殿のお土産品は高いですものねぇ。私も実家のお土産にお菓子を買ったことがありますが、その値段に驚いたことがあります。

 あんまり売れないんですねぇ。少しでも参拝客の言うことを聞いて歓心を得ようと1課の人達は必死です。



 む? あっ、貴族様が来た。色鮮やかな服を着ていたら、大体は貴族様です。

 立ち上がろうとしたら、2課の同僚の人が向かうのが見えたので、また腰を下ろします。

 ふぅ、まだまだ掃除の時間は続きそうですね。



「キャッ」


 突然、接客1課の巫女さんの短い悲鳴が聞こえました。

 とても静かな空間なので、それはよく響き、他の巫女さんの視線もそちらへと向かいます。


「すまねーな。良い尻してたから仕方ねーだろ。何か買ってやるから辛抱しろよ」


 むっ。薄汚い台詞で大体を理解できました。案内をするため無防備に前にいたことを良いことに、巫女さんのお尻をペロリと触ったのでしょう。聖竜様の御前で何たる不埒なヤツなんでしょう。


「すみません。ご退場頂きたく存じます。ここは神聖なる場所。聖竜様のお怒りに触れることになります故」


 1課のベテラン巫女さんが被害者の若い巫女さんに代わって、その粗忽者の相手になります。

 その間に少ない他の参拝客を出口に誘導する巫女さん達。その行動の早さは、日頃の訓練の賜物なのか、こんな事はしばしばあって慣れてしまっているのかのどちらでしょう。


「あん? 俺は王都の貴族様だぞ。金はあるんだ。舐めた口を聞くんじゃねーよ」


 その下品な喋り方だと、貴族だとしても下っ端でしょうに。

 ってか、正気か? ここは女王であるアデリーナ様がお勤めの神殿ですよ。粗相をしたら、本当に死刑になり得るのに。


「なぁ、アデリーナ陛下が病気になったなんて噂が流れているんだけど、どうなんだ? あ? 金をやるから教えろよ。それに、メリナ? 女王の腰巾着が何者かは知らねーが、俺はびびらねーぜ。やれるっつーんなら、今すぐ俺を倒してみろよ」


 ふむ。では殺りましょう。本人が殺って良いって言ったし。



 その時、ガァァン!!と強い打撃音が鳴り響きます。


「んだ!? テメーッ!? ここをどこだと思ってんだッ! アァ!? チョーシに乗ってンじゃネーぞッ!! オラァ!」


 部下の悲鳴に反応して、ここまでやって来たのでしょうか。カーシャ課長です。

 カーシャ課長がチンピラみたいな感じで王都の貴族に迫ります。背丈の違いを気にせず、斜めにした顔で下から相手の目を睨み付けていて、形相も凄い。手にする鉄の棒も相まって、えぇ、凄いチンピラ感。


「……えっ……何これ……?」


 王都の貴族の方も少しビビられたようですね。


「ンだ、ゴラァッ!! やるんか、エェッ!」


 鉄の棒で強く壁を叩き付けてから叫ぶカーシャ課長。火花と共に石の欠片が飛び散るのさえ見えました。


「テメーに売るもンはネーんだヨッ! メリナ、やっちまえッ!!」


 呼ばれた私はゆっくり立ち上がり、彼の方へと近付きます。

 カーシャ課長の怒鳴り声を聞いて、却って私は冷静になれました。これは商機です。

 売るものはありませんが、お金は使って貰わないと損です。天才メリナの本領を見せてやりましょう。


「お、お前がメリナか? はん。何だよ。こいつより弱そうじゃねーか」


 無視して私は歩む。

 巫女さん達がこちらに注目しているのが分かります。私流の営業をご覧あそばせ。


「お前を倒して名を上げ――」


 本当は首でやりたかったのですが、背が高くて届きそうになかったので、片手で胸を押しました。難なく壁に衝突する貴族様。

 そのまま離さずに押し込む。男は私の手と壁に挟まれる形になり、息もできず顔を真っ赤にしています。

 暴れる腕が私に当たりそうになったので、パンと弾く。ちょっと力加減を間違えたので、もしかしたら骨が折れたかもしれません。


 男が泡を吐いたので力を緩める。


「聖竜様の下へと向かう臨死体験コース、お買い上げありがとうございましたー。あの世への往復料金は有り金全部になりますー」


 私は倒れた男の懐から財布を取り出して、中身を抜き取って戻す。うむ、胸が動いていました。息を吹き返していますね。


「ありがとう。頼りにしてるわ」


 最初の被害にあった巫女さんが私に礼を言ってくれて、私は笑みで返します。

 でも、倒れている男に恐れを為すどころか、軽く頭を蹴り上げたのは竜の巫女らしい(したた)かさだなぁと思います。



 感心していた私の背後から聞き覚えのある子供の声がしました。


「お前、マジで客を襲うってどうなんだよ」


「エルバ部長、お久しぶりです」


 と言いながら、私はエルバ部長の顔へ手を伸ばす。


「あぁ。あっ、いたっ、痛い! 何をするんだ、メリナ!」


「ご自分の胸にお訊きください。で、どうしたんですか?」


 エルバ部長は頬を擦りながら答えます。


「あぁ、こいつがお前を探していたから連れてきたんだ」


 ん?


「めりゅな、げんき。わちゃしもげんき。みじゅ、のみゅ?」


 邪神! この姿で見るのは久々です!

 そして、水を勧められるのは本当に久方ぶり!


「あっ、ご出産おめでとうございます」


「えへへ」


 邪神のくせに自然な笑顔がかわいい。


「おい……。私も聞いているが、剣王とかいうヤツ、マジでこんな幼いヤツに手を出したのか……。変態過ぎるだろ。メリナ、その変態には近付くなよ」


「じょるはーやしゃしい」


「優しい? いや、マジで鬼畜だろ」


 エルバ部長の反応はご尤もなのですが、私はその驚きと妙な怒りの段階を既に終えていまして、時間が勿体無いので部長にはお帰り頂きたい。


 その時、本日3度目の打撃音が大広間に響きます。


「メリナッ! 無駄口を叩くナッ!! 子供は金を持ってネーから客じゃネーんだヨッ!!」


 酷い発言です。巫女どころか人間失格のレベルです。こうはなりたくない。この低俗な精神性と勢いを考慮すると、課長は魔物駆除殲滅部に相応しいかもしれないと思ってしまいました。


「みじゅ、のみゅ?」


 邪神の手には既にコップが握られており、それを興奮する課長にグイっと差し出す。


「え、うん……。ありがと。あっ、美味しい……。じゃあ……みんな、お疲れ様……」

 

 一気に落ち着いた課長は事務所へと帰っていくのでした



「で、邪神、お前の用は?」


「こりぇ」


 油紙に包まれた何かを私に渡してくれる。重みとひんやりとした感触からお肉だと分かる。差し入れ?


「わちゃしのにきゅ」


「は?」


「協力してあげるのぉ。その肉を誰かに食べさせないぃ。私の眷属にしてぇ、操ってあげるぅ」


 こわっ。声色を急に変えて来たこともあって、背筋がゾゾッとしましたよ。こいつ、自分の肉を持ってきたのかよ。

◯新メリナ日記 12日目

 接客2課の仕事に飽きてきた。

 邪神が眷属を増やしたいというのでカッヘルさんに邪神のお肉を渡した。カッヘルさんは「うまそうだな。何の肉だ?」って言ったので、自分の夕食にしようとしているのが分かりました。

 「邪神の肉です。力は湧くかもしれませんがお口に合うかな」と伝えたら、ちゃんと盗賊どもに届けると言ってくれた。

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