止まらない計画
私は本殿の中にある巫女さん専用通路を抜けて、カーシャ課長の待つ事務所へ行くつもりでした。しかし、私は立ち止まる。
忘れていた。カレンちゃんの獣化の件。
私は何たる愚か者。こんな金貨とか魔物駆除殲滅部への異動とかどうでも良いのです。
1人の少女の人生が平穏であり続ける為に、運命を変えてあげないといけなかったのに。
私は踵を返して、再び外へ。
彼らはまだ近くにいました。池の中を覗いているようです。
私は静かに青々とした芝生の上を歩みます。
「あの魚、大きいね。食べられるかな。どんな味かな」
無邪気な声が聞こえました。
その魚は食べることができますが、水草の臭いが強くて美味しくありませんよ。
しかし、それは些細なこと。伝えるべきはそれじゃない。言われた方も困惑です。
私に気付いたティナさんが座っているカレンちゃんの肩を叩いて、こちらを向かせます。
「あっ、昨日のお姉ちゃん!ここにいたの?」
子供は可愛い。私は笑顔で返します。
そして、伝えるべきことを告げます。
「カレンちゃんだったかな? もしも、何か困ったことがあればここに来るんだよ。後ろの建物に大きい像があったでしょ。あそこでお祈りするんだよ」
昨日、大男にも同じことを伝えてはいますが、本人にも知っておいて貰いたかったのです。頭が化け物になった後、カレンちゃんは旅仲間に見捨てられるかもしれない。そうなっても救いがこの神殿にあると覚えていて欲しいのです。布で頭を隠せば、ここまで来れるでしょう。
魔物みたいな姿になっちゃうんだよね、なんて直接には言いませんでした。子供には余りに酷ですから。
「うん、ナベみたいにお祈りするよ」
ナベ? あぁ、透明人間の少年のことかな。
「そう。約束だからね」
カレンちゃんは私に対して大きく頷いてくれました。髪に付けた赤いリボンも元気いっぱいに揺れる。
「では、行こうか。明日は違う町に向かうぞ。この巫女殿に外の地図を貰った」
先ほど私が描いた地図を仲間に見えるように掲げながら大男が告げる。
「あら、ありがとうね。あなたへのお礼はどうしようか?」
貴族の娘、ティナさんが初めて私に話し掛けてきた。ピンと来ました。2度目の商機です。
「そうですねぇ、では、そこで何かお食事して頂けると有り難いです」
私の視界には売店近くの古い木製の円卓が入っていました。あそこで食事を取っている参拝客を何回か見ております。
「じゃあ、そうさせて貰おうかな」
ティナさんの笑顔は眩しい。女の私でもドキリとしてしまった。すごくフレンドリーなのに、上品さが細かい所作に現れています。憧れるって感じが近いのかな。
出会った頃のアデリーナ様の笑顔もドキリとしましたが、あれは心臓に悪い意味でのドキリですので全くの別物ですね。
さてと、今度こそ課長へ報告です。去り際に紺1色の奇妙な服を来た従者の少女と目が合う。まるで私を監視しているかのような眼差しで、私が彼らを警戒したように、私も彼らに怪しいヤツだと思われていたのかもしれません。
謝罪の意を込めてペコリと頭を下げ、本殿の中から事務所へと向かいました。外から回るよりショートカットできるんですよね。
私と課長は部長の机の前に立つ。ペンを高く売り付けたことを報告したのです。
「ウッシャー、ラーッ!!」
カーシャ課長の奇声が響く。私、遅まきながら、この人は大変に危ないかもと思い始めています。
ティナさんの優雅な振る舞いを見て、淑女とは本来どういうものであったのかを私に思い出させくれたのかもしれません。
課長って結構な役職ですよね。年齢的にもカーシャ課長は私のお母さんやクリスラさん達と同世代だと思うんです。
魔物駆除殲滅部に所属していた私が同僚となったことを恐れ、それがストレスになっているという話でしたが、そもそも誤解なんですよね。私、一切、課長を攻撃していないのに。いつでも殺せるけど。
「さすがね、2人とも。こうも軽々と私の課題を解決するなんて」
鼻息荒いカーシャ課長を気にも止めず、部長は冷静に話をする。
「最近の営業部はマンネリ化していたから良くも悪くも刺激になるわね。エルバ部長からメリナさんを紹介してもらって良かったわ。で、カーシャ課長」
「なんじゃゴラァッ!」
いや、その返答はおかしいですって。部長は場を収めようとしておるんだから。
「貴女も成長しているわよ。その調子で頑張りなさい」
本当ですか? 本当に奇声を発することでそんな評価になるのですか?
「……私、本当にこれで良いんですか……?」
あぁ、良かった。本人も自覚してる!
その後は普通に勤務しました。接客2課が担当する貴族様は、今日も来なくて清掃だけで終わってしまいましたが。
仕事で疲れた体を休めることなく、帰り道の途中にある冒険者ギルドへ寄ります。街の外にあるギルドと違い、このギルドはいつも静かです。と言うか冒険者を見たことがない。商売として成り立っているのでしょうか。
「あっ、メリナさん、こんにちは」
入るなり、今日も起きていたローリィさんが挨拶をしてくれました。
「最近ついてるんですよ、私。今日はお金持ちの方を冒険者登録して、お礼にお小遣いをいっぱい貰ったんです。あっ、あげないですよ」
嬉しそう。美味しい話に釣られてシルフォルに殺されそうになった件は、もうお忘れなんでしょうか。
「そうなんですね。ところで、ガインさんはいます?」
「上で仕事してます。どうぞご自由に」
私は階段を昇り、ガインさんの部屋に入ります。ガインさんは色黒で痩せ気味で顔の皺も深いので、見た目としては高齢でも働かないといけないお爺さんみたいです。
だから、小綺麗な部屋は似合わないなぁ。
「どうしたんや、メリナ? 昨日の話やったら、フローレンスからちゃんと受けたで」
「そうなんですか。いや、あの人達が怪しいってのは、私の誤解だったかなと思いまして、もう調査は要らないかなって言いに来たんです」
「そうなんか? でも、ちょっと調べただけで怪しいで。入国記録無しやったわ。無論、王国の金持ちの中にあんなんおらんで」
「帝国との国境砦が破壊されて混乱しているから、記録がないんじゃないですか?」
「バンディール側の西門から入って来とったからそうかもしれんな。でも、帝国の貴族やったら、そう言うで」
「そう言えば、聞いたことのない異国語を喋ってました。だとしたら、帝国の人でもないかも……」
「それ、言語やなくて符号かもなぁ。入壁料も宿賃もふんだんに金貨を使用しとった。魔族系の盗賊かもしれへん思うとるんや」
「魔族? 魔力的には違うと思ったんですけど」
「偽装できるヤツもおるんやわ」
……あの透明人間少年は確かに何らかの偽装をしているっぽいですよね。私の中でガインさんの説が少し補強されました。
「それから、シャールに到着するなり、奴隷を購入したらしいわ。商品にならへん激安のヤツな」
奴隷? あの5人の中にそれらしき人は居なかった。別の場所で留め置いていたのかな。
「奴隷商からの情報やと、女の子の奴隷で、名前はカレン」
「えっ!? カレンちゃん、奴隷だったんだ!?」
「知っとるんかいな? その子、顔の半分が腐り始めていたって聞いとるけど、何が目的なんやろな」
「いや……可愛らしい女の子でしたけど……」
顔には傷一つなかったです。
「ほなら、売り物になーせんヤツを買った後に魔法で治療して、奴隷として再販売するんやろ。すぐに売らんかったのは、元値がバレへんように寝かしてるんや」
……そんな商売があるんですか……。世の中、知らないことばかりです。
でも、奴隷本人にとっても良いことだと思います。形は何であれ怪我や病気を治して貰えるのだから。
「ティナさん、とても上品で良い人に思えたんですが?」
「ティナっちゅーのが連中の頭なんか? 詐欺師ほど人当たりの良い連中はおらんで」
ガインさんは少し間を置いて続ける。
「普通の人間は奴隷を治療してからの再販売なんかせーへんで。そんだけ能力が有ったら魔法医者をやった方が儲かるし感謝されるからや」
なるほど。
「供給が増えて良質奴隷の価値が下がる問題もあるんや。普通の奴隷商からしたら死活問題やし、これから奴隷になる健康体のヤツにも良くない話や。安物奴隷が減ったら、その分、そいつらがやってたきっつい仕事が他の奴隷に回ってくるんやからな」
あっちを立てたら、こっちが立たずみたいな感じですね。万人が幸せになれれば良いのにと思うのは絵空事でしょうか。
「フローレンスの依頼とは別に、冒険者ギルドは調査を続行やわ。直々に俺が接触するから真偽の見定めは安心しーや」
「……はい」
冒険者ギルドの後にカッヘルさんの働く王国軍支所に向かう。場所はコリーさんに教えて貰いました。
そこでも、ティナさん一行は不審な輩という判断でして、暗殺及びシャールからの追い出し計画は続行ということでした。
私は追加で、奴隷として売られる可能性のあるカレンちゃんの保護も頼みました。
◯新メリナ日記 11日目
カレンちゃんを保護したいのにカッヘルさんの依頼した方々には期待できないと私は考えました。
なので、邪神を投入することにします。二つ返事で了解してくれて、あいつも丸くなったなぁと感心。
なお、出産が終わったことを聞いて驚愕。出産祝いをあげないといけない。邪神もお母さんかぁ。私もそろそろ聖竜様のお子さまを身籠らないといけませんね。




