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接触するメリナ

 朝から巫女長へ、昨日出会った透明人間について話を伝えに行きました。ガインさんに依頼することも進言しています。

 そのため、毎朝恒例の営業部長による長い訓示に遅刻することになります。


「オラァッ!! メリナ、舐めんな、ゴラッ!!」


 カーシャ課長が曲がった鉄の棒を振り回しながら、私をどやしつけます。無視して列に並ぶ。


「昨日の売上トップはメリナさん。前に出て」


 部長は私が来るのを見計らっていたのかもしれない。またもや私は褒められます。

 皆の前で照れる中、それでも、私はカーシャ課長の顔を立てることも忘れません。


「課長のご指導のお陰です。ありがとうございます」


 鉄の棒を握り締める課長に頭を下げました。


「えっ、うん……まぁ……」


 意表を衝かれた課長は少し素の姿を現します。

 棒を持っていない方の手で頭の後ろを掻く姿は少し可愛らしくて、本当は良い人なんだろうと感じました。


「カーシャ課長、流石ね。そのままメリナさんとのタッグをよろしく」


「アァン!? テメー、いつか寝首を掻いてやるからなッ!! こっちはゲロって失うもンもネーンだよッ!」


 棒をビシッと部長に向けて謎の脅迫をする課長。

 さっきの感想は取り消し。完全にゴロツキです。私でもオロ部長にそんなチャレンジングな台詞を吐いたことない。

 しかし、それを微笑みで受け流す部長は肝っ玉が座ってますね。


「カーシャ課長、貴女は欲張りね。私を超えたいというのね。分かったわ。このペン、分かる? 定価は銀貨2枚。私は昔、これを金貨3枚で売った。貴女のお気に入りであるメリナさんはおいくらで売るのか、楽しみにしているわ。勿論、押し売りは禁止。もしも私よりも安ければ、うふふ、メリナさんと貴女は魔物駆除殲滅部に異動」


「「なっ!」」


 私とカーシャ課長は同時に驚愕の声を上げます。

 課長の驚きは分かります。あんな部署には行きたくないでしょうから。素人は死にます。

 私が衝撃を受けたのは、やはりあの部署への異動が脅迫の道具として利用されていると判明したから。


 各自持ち場へと散らばる中、カーシャ課長と私は佇んでいました。


「課長……やってやりましょう。逆に部長を魔物駆除殲滅部に追い出しましょう」


「はい……メリナ様……」



 本殿の入り口通路を少し進んだ先に巫女さん専用の控え室があります。主に営業部の巫女さんが休憩するために設置されています。

 仕事が始まったばかりの今、休憩する人は居なくて、室内には課長と私のみになっています。



「昔、薬師処が開発したペンです。使ってみます?」


 課長から渡されたペンは木製でした。

 お客さんに売るためには商品をよく知らないといけない。カーシャ課長が私にペンの説明をしてくれるとのことです。


「はい。インクはどこですか?」


「要らないんです。固めたのを木で挟んでいて、そのまま書けます」


 へぇ。確かに先っちょが黒いや。

 私は机の上に置いてあった紙に自分の名前を書く。

 おぉ、どういう原理なのか不明ですが、紙に引っ掛からずにペン先が走る。便利です。まずインクが垂れて紙を汚すことがない。


「これは売れるでしょ?」


 私の問いに課長は首を横に振る。


「今は別製品に置き換わってます。それは旧バージョンでして。それの材料が魔物の糞とバレて、売行きが鈍り――」


「ユーモア商品で売れば、ワンチャン?」


「しかも猛毒だったと判明して、完全に終わりました。ペン先を舐めた人が半死になったとか聞いたことがあります……」


 それは売る前に気付きましょうよ。

 開発者はケイトさんな気がしますね。


「あっ、私……それを舐めたら楽になるんですね……」


「ダメダメ! 分かりました。ちゃんと私が高く売りますから!」


「あぁ、メリナ様……。ありがとうございます。売れなければ、メリナ様は元の部署に戻ることになり、営業部の為に私が犠牲になれば良いかなって思ってすみませんでした……」


「私が嫌われてるみたいに言わないで下さい。カーシャ課長の勘違いは甚だしいです」



 カーシャ課長は部屋を出ていく。課長はデスクワークが中心なので事務所に向かうんでしょうね。

 ようやく解放された私は、昨日からあの怪しい連中を監視を続けているはずのガランガドーさんと念話で連絡を取る。



 どうなっていますか?


『街中を徒歩で移動中である。恐らくは神殿に向かっているものと思われるのである』


 っ!? ここに来るのかっ!?

 その他に怪しい動きは!?


『ないのである。宿で魔法を行使しておったが、悪さをしようというものではないと思われる。ルッカも監視しているが、我と同感とのことである』


 良い情報です!

 敵かそうじゃないのか、この私が直々に見極めてやりましょう!!

 そして、ルッカさん。私は何も言ってないのに、ご自分で気付いてるとか優秀ですね。



 やがて彼らが本殿に入ってくる。通り過ぎたところで私は巫女さん専用の待機室からこっそりと出て、彼らの様子を物影から観察する。

 普通の観光客のように見えます。5人で仲良く話をしながら通路を進んでいます。



「ここでお祈りするのか?」

「うむ、そうだな。何を祀っているのかも知りたいが」

「奥まで行きましょう」



 今の会話からすると、やはり王国の人ではないですね。シャールの竜神殿なんて旅行ガイドブックに絶対に書いてありますもん。

 ……逆に言えば、どこから来たらそんな物知らずな発言ができるんでしょう。怪しい……。



 本殿の奥にある大広間に入った彼らを、私は端で拭き掃除をしながら見張る。距離があって会話は聞こえてきませんが、透明人間の少年が聖竜様のお像の立派さに感嘆した姿は認めた。


 ……何だか悪い人達じゃない気がする。


 っ!?

 えぇ、聖竜様にお祈りしたっ!

 あの透明人間、凄く敬虔!!

 もう神殿に来て3年目になる私だって、ちょっと恥ずかしくて、ここでは正式なお祈りをしたことがなかったのに!


 ティナさんとカレンちゃんも続いてるよ!

 うわっ、私、恥ずかし!

 あんな真剣に聖竜様へお祈りを捧げる方が悪い人なはずがないじゃない。



 大広間を出て彼らは外へと向かい、私は悟られないように後を付ける。

 途中で男女に分かれたみたいで、男性2人が小さな彫像を見物していた。



「ダン、目的は達成したのか?」

「いたかなかなにかたなかさ」


 ん?


「しかなおたかなさやたかやかろ」

「だじゃはさやなかなにさかたかた」


 完全な異国語だ……。

 いや、精霊語の可能性もあるのか。

 ガランガドーさん、どうですか?


『全く分からぬのである』


 なるほど。では、ガランガドーさんよりも博識っぽい邪神よ、どうですか?


『主よ!』

『私も分からないわぁ』


 精霊語ではないってことですね。

 でも、人の言語だとしても、諸国連邦や帝国では王国と同じ言葉を使っていたし、東の山脈を超えた先はガインさんみたいな訛りだけど、意味は通じる言葉だったはず。

 もっと遠くにルッカさんが語尾に使う言葉の国があるみたいだから、そこの出身者か? だとしたら、聖竜様を奉った神殿だと知らなかったことも理屈として合うか……。



 異国語で会話を続ける彼らに私は近付く。


「昨日はどうもすみませんでした。お越し下さったのですね」


「あぁ、お祈りさせてもらったよ」


 透明人間の方が答える。人懐っこい笑顔です。


「そうですか、スードワット様のお力添えがあるといいですね」


 あの長いお祈りは何かをお願いしたのでしょうからね。

 さて、私は本題に入ろう。敵でないと判明した彼らです。となると、私の懸念はカレンちゃんの獣化だけ。


「ところで、あの女の子は?」


「もう先に進んだかな」


 ふむ、神殿の外で待っていてくれたら良いのだけど。


「地図はないだろうか?」


 あの女の子についての話をもっとして、それから獣化の話題に繋げたかったのに、意図的ではないでしょうが、無言を続けていた筋肉質の大男に邪魔をされた。

 でも、ちゃんと答える。私は商機を発見したのです。


「すみません。たぶん、ここの売店にはないです。でも、ちょっと待っていて下さいね」


 私は駆け足で控え室に戻り、紙とペンを持って来る。


「どこに行かれたいのですか?」


「すまんが、ドラゴンではない神を祀っているところはないか? 小さくても良い、できるだけ古いものが見たい」


 こいつ……聖竜様をドラゴンの仲間程度にしか認識していないな……。

 不愉快。ですが、商機なので我慢。スマイルで対応。

 古い祠は知っている。

 先日の世界最強決定戦の1日目の課題でしたから。


「東にあるキラムの村近くに古い祠が御座います。私が知っている中では最も古いと思います」


 ヤナンカが言っていたから間違いない。


「そこまでの道程をお書き致しますね」


 シャールはスードワット様の絵にして、このペンを使えば細かい絵も描けることをアピール。更に、お客様へのサービスとして、上空から見た光景を思い出しながら分かれ道とかも書いて、キラムの村までの所要時間まで記載。


「このペンはこのスードワット様の神殿の特産品です。お土産にどうですか。他ではお売りしてないですよ」


 商品の良さを説明します。買え。


「そのキラムの村は遠いの?」


 くっ。無視か……。


「ここに書いてありますように二日で到着します」


「あぁ、すまない。俺は文字が読めないんだわ」


「異国の方なら仕方ないですよ。それだけ流暢にしゃべられるだけでも立派なものです」


 不自然。やっぱり怪しい。

 それだけ言葉が喋れてるのに簡単な数字や文字を知らない?

 有り得ないでしょ。


「巫女殿、有り難い地図である。そなたにもスードワットの加護があるように」


 私は平静を保つ。

 聖竜様を呼び捨てにした罪は許してあげましょう。心優しい聖竜様もお許しになるでしょう。だからお金を出すのですよ。


「それでは、そのペンを買いに行きましょう。案内しますよ」


 多少強引でしたが、本殿出口の横にある売店へ連れて行きました。

 売店課も朝礼の話を知っているので、私がペンを見せると、新品のそれを棚下から出してきました。

 金貨30枚って言ったら、大男は値下げ交渉もなく支払ったのです。

 彼らは異国の貴族で良いのでしょうか。従者が主人に聞かず独断で大金を出したのも不思議。


 まぁ、いいや。

 私は手に入れたお金を店員に渡した後、笑顔でそこを去る。カーシャ課長に報告する為です。

 課長、絶対に喜んでくれますね!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流れるように金貨30枚とか・・・メリナ商売上手すぎ [気になる点] ついつい過去作の描写と見比べちゃいますね [一言] メリナ視点だと腹黒で粗忽なように思えますが ナベ視点だとメリナ外面良…
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