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大剣の童女

 今、思い返せば、私はおかしくなっていました。お酒を積んでいた荷車の重み、それと揺れで瓶が擦れる音が私を狂わせたのです。手の届く範囲にお酒様がいると考えたら、私は我慢することができませんでした。


 ニラさんと双子の信頼と期待を裏切った事実に私は項垂れます。足下には空になった酒瓶が転がっています。


 でも、美味しかったから良しとしようかな。何せ適量だったし。

 シャールの街では魔法が禁止されていますが、壁の外には適用されません。そこから類推すると、お酒も街の外なら適法と考えられます。



 さてさて、気を取り直しまして、頭をリフレッシュさせましょう。


 すると、幾つかの問題が発生していることに気付きます。

 まず、1つはこの荒れに荒れた森はどこなのかということです。木が何本も折れたり、焦げたりしています。


 昨晩の記憶では、ブルノさんからお借りした馬車賃を流用して、街の外へ出るためのお金としました。

 ……よくよく考えたら、私は一切お金を持っていないにも関わらず、料理のお店に入っていましたね。危うく無銭飲食の罪を犯すところでした。結果、オーライです。

 その危険な橋を渡っていた事実には目を瞑りまして思考を先に進めましょう。


 街を出た私は街道を走り、途中で見付けた人気(ひとけ)の少なさそうな森に入ったんですよね。ただ、そこらで記憶が途絶えています。

 だから、街道の方角が分からないなぁ。



 2つ目の問題としては、私はお金を持っていません。つまり、シャールの街に入るためのお金もありません。これに関してはシャールの街壁をぐるりと回って、私の野外ベッドがある北西門に辿り着くという手もあります。あそこなら面識のある門番さんがいますので、彼らにお金を借りることも可能かもしれません。

 でも、シャールの街は大きいので半日以上掛かりそうだなぁ。


 何にしろシャールの街に戻る必要はあります。森の中に住み着いてしまったら、本物の野人って蔑まれそうですから。あと、この悪目立ちする蛍光色の服はここに捨てておきましょう。恥ずかしいですからね。



 幸いにも森の浅い部分に位置していたために、適当に進むだけで街道に戻れました。そして、背の高いシャールのお城が遠くからも目立っていて、街への方角も迷うことはありません。天気も良好。私は機嫌良く街へと歩きます。



 どこかへ向かう馬車の商隊を道の脇にずれて見送ったり、見回りの兵隊さんに会釈をしたり、木の棒を剣代わりに持った若い冒険者風の人達とすれ違ったりと、この道は大変に賑わっておりました。

 


 そんな中、後ろから私は声を掛けられます。


「メリナ姉ちゃん! 絶対、メリナ姉ちゃんだよ、お母さん!!」


 まだ歳が10に満たないであろう幼い声でした。

 私に妹はいません。……悲しくなるので、余り思い出さないようにしているのですが、生まれてすぐに死にました。なので、私を姉と呼ぶのは、村で仲良くしていた近所の男の子くらいです。



 私は笑顔で戸惑いを隠しながら、振り向きます。そこには親子がいました。


「あぁ、メリナ様! 遂に地上でお逢いできました! マイア様のお導きに感謝致します」


 お母さんなのでしょうね。ルッカ姉さんと同じくらいのお歳に見えました。

 マイア様って言うのはよく分かりません。昔話に出てくる、大魔王退治の時の聖竜様のお供と同じ名前です。



 破れはしていませんが、彼女らの服は土汚れが目立っておりました。私の村の人達よりも貧しい感じ。


 それよりも目を引いたのは、彼女らに似つかわしくない武器の存在です。


 幼い子供の方はその背丈よりも遥かに大きい剣を背負っています。どうやって扱うんだろうかと疑問に思いましたし、何たる剛力とも驚きました。幅広い形ですので、斬らずに力一杯に敵を叩き付ける使い方なのでしょうか。

 対して、お母さんは普通の武器ですね。かなり細目の剣を腰に差しています。でも、普通と表現はしましたが、服装は完全に村人でして、腰の剣が凄く違和感を与えます。


 2人とも手には編み籠を持っていて、上に被せた布の合間から採取してきた思われる草が見えました。



「はい、竜の巫女をしていたメリナです。すみません。記憶を失くしていまして、貴女方のことも忘れてしまっております」


「えっ、そうなのですか? 大変なことになられていますね……。マイア様に診て頂いたら、どうでしょうか?」


「マイア様と言いますと?」


「伝説の大魔法使いのマイアさんだよ。いっぱい魔法を使える偉い人で、メリナ姉ちゃんの友達だよ」


 伝説と大魔法使い、この2つの単語から想像されるのは、やはり聖竜様のお供の人です。でも、その人と私が友達?

 有り得ないなぁ。その自称マイアさん、詐欺師確定です。



「記憶を失くしても余り困っていないんですよね、あはは。また機会があれば相談します。ところで、貴女方の事を教えて頂けますか?」


「あっ、はい。私はノエミで、娘がミーナです。二年ほど前、王都へ向かう馬車の中で急変した娘の……命を救って頂きました」


 今まで会った人達と同じく、私は彼女らを救ったことがあるのか。救いまくりですね、私。さすが私。



 2人ともシャールに住み始めてから1月くらいだそうです。それまでは深いダンジョンの中にマイアさんと住んでいたと言います。それは適当に聞き流しました。



「街の中に入れなくて、竜神殿に行けなかったの。ごめんなさい、メリナ姉ちゃん」


「街に入れなかった?」


「街に入るのにお金が要るんだよ」


 ミーナちゃんが言います。それはそうですが、荷物がなければ2人で銅貨10枚ですよね? そんなにも大したことのない額に思います。


 私の疑問を受けて、ノエミさんが補足しました。


「2人で銅貨10枚、剣を持ち入るのに銅貨20枚。出るときも銅貨6枚。そんなお金はありませんでした……」


 悲しそうに言います。


「1日で稼げるお金がだいたい銅貨15枚。宿賃に10枚。朝と夕方のご飯で6枚……。全然貯金できないんです……」


 むしろマイナスですね。


「そうですか。それは大変でしたね。私よりも大変そうです。でも、その剣を売れば大金になるんじゃないですか?」


「そうかもしれませんが、私のも娘のも借り物なんです。それに大事な商売道具でして、これを売ってしまうと稼ぐ手段を失ってしまいます。マイア様にも売ることは止められているんです」


「うん! この剣は大事な剣なの! とても綺麗な人から借りたんだよ」


 でも、赤字生活の方が辛そうです。たぶん、お食事も一食は抜いているんでしょうねぇ。



「とりあえず、シャールの街へ戻りますか?」


「はい。私どもも戻る途中でした。冒険者ギルドに依頼物を届けるところです」


 聞けば親子で冒険者をしているんだそうです。私も2人に同行することにしました。

 

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