知恵者で曲者の男たち
申し訳なさそうにコリーさんはローテーブルの上に金貨の入った袋を置きます。
「すみません、メリナ様。今はこれだけしか用意できず、その籠いっぱいに満たすのはちょっと無理で御座います」
「いえいえ、助かりました」
貸すのではなく、コリーさんは譲ると言うのです。豪気です。袋の膨らみからして100枚はありますもの。
「助けたくはないが、アデリーナがあんな状況でお前が暴れたら大変だからな。それをくれてやるから大人しくしておけ」
なお、アントンの野郎も同席してやがりまして、私はなるべく視界に入れないように努力しています。
ただ、ヤツの言った「大変」という言葉で思い出します。
さっきの貴族御一行の中に混ざっていた透明人間。そいつがシルフォルによって派遣された新たな敵だった場合、またもや苦戦してしまうかもしれないし、アデリーナ様に続いての犠牲者が出てしまうかもしれない。
「危険人物がシャールを訪れています。カッヘルさんに連絡して監視をお願いします。できれば私のお母さんの協力も求めて欲しいです」
彼らが敵かどうかを見極めたい。でも、営業部の仕事がある私では見張れない。
そこで、軍隊の組織力を使うべきだと私は思い付いたのです。そして、お母さんであれば、あの強者3人とやり合ったとしても何とかしてくれるでしょう。もちろん、その時は私も参戦致します。
対面に座るコリーさんとアントンは互いに顔を見合う。それから向き直って、アントンが口を開く。
「お前がそいつを叩き殺せば良いだろ? お前の持つ貴族特権で殺人の罪を免除してやるから、今すぐに殺してこい」
なんと物騒な発想。こいつに武力を渡してはいけないですね。
「いや、素直で良い子供も連れていてですね、いきなり襲うのもどうかなと」
「メリナ様、その危険人物は何が危険なんですか? 魔族なら殺した方が良いかと思いますが」
「魔族ではないと思います。何か魔力が無くて不気味なんです」
私の返しに再び面前の2人は顔を合わせる。
「分かった。お前はクソ巫女だが、国を救ったのは1度や2度ではない。聞いてやる。カッヘルをお前の宿に寄越すから打ち合わせしろ」
「アントン様、宜しいのですか?」
「おい、コリー。もう夫婦なのだから親しみを込めて俺を呼べて言ってるだろ。しかし、まぁ、そうだな、答えてやろう。クソ巫女が危険だという者に俺達がどうこうできるものではない。知らない方が身の為だ。カッヘルに押し付ける」
「……了解しました」
了解しちゃうんだ、コリーさん。
「それから、クソ巫女よ、冒険者ギルドに走れ。俺達が醜悪な乞食であるお前に恵んでやった金貨を銅貨と交換すれば良い。それで籠は満たされるであろう」
「なっ!? 乞食だと!? 今すぐにこの屋敷を破壊して、お前をホームレスにしてやりますよ!」
「それは居直り強盗の称号を得るぞ。お前には相応しいがな」
クソっ! 人を腹立たせることに関しては一流だな、こいつ。
「アントン様、言葉を少しお慎みください。メリナ様、夫の無礼を申し訳なく思います」
「コリーさんが謝る必要はありませんよ」
「コリーに夫と呼ばれるのは心地好いな。ふむ、喜べ。クソ巫女メリナよ、俺がアドバイスを追加してやる」
「は? こっちはお前のせいで気分最悪なんですけど?」
しかし、アントンの野郎は私を無視して続ける。
「冒険者ギルドのガインにも監視を頼め。あいつも情報収集に長けている。カッヘルとの打ち合わせは不要だ。俺が軍関係を掌握しているカッヘルに依頼しておく。あの男は汚い仕事も実行できるヤツだ。竜神殿関係者はお前に任す。ただし、相手の実力や目的が分かるまでは話を広めるな」
「お前……何様のつもりで私に指示しているんですか?」
「国王代理だ。俺の言葉はアデリーナと同様だと思え。行って良いぞ」
チッ。生意気な野郎の顔面へ拳を振るう。
でも、鼻先までの寸止めです。
「コリーさんに免じて、何度目か分かりませんが今回も命を助けてやりましょう」
「あぁ、愛する嫁であるコリーに感謝しよう」
口の数の減らないヤツめ……。
「その様な態度ならば、2度とお前に豊胸魔法は掛けませんから」
「何っ!? ……それは困るぞ。謝罪が欲しいのか? 許すが良い。機嫌を直せ。黙っていては分からんだろ。俺も言い過ぎ――」
珍しく狼狽えるアントンと、それを冷たい目で取り成すコリーさんとを放置して、私は館を出る。
まさか、あんなに効果のある言葉とは思っていなくて、コリーさんに悪いことをしたと反省しました。
さて、私の次の訪問先は冒険者ギルド。
アントンのクソ野郎の言うことも採用する私はなんと懐の深い淑女なのでしょうか。
寝ているローリィさんを起こし、籠を渡した上で金貨と銅貨の両替を頼む。
嬉々として作業に入る彼女のなおざりな許可を得て、私はカウンター奥の階段を昇る。
ギルド長であるガインさんにティナと名乗る女性の一行に関して情報収集を依頼します。
「メリナが頼み事は珍しいわな。どうしたんや?」
「以前のミーナちゃんみたいな酷い獣化しそうな女の子が居ることと、何かヤバいヤツが仲間にいるんです」
「そうか。で、いくら払えるんやろ?」
くっ。ここは冒険者ギルド。無料で依頼できる訳ではないと言うことか。しかも、これ、私が提示した金額から吊り上げてくる気配を感じます。
両替中の金貨で賄うことはできるでしょうが、それを全部報酬として奪う気なのかもしれない。困りました。
しかし、名案が浮かぶ。
「巫女長から依頼して貰います。なので、お金は巫女長から頂いてくださいね」
「そりゃかなわんわ。無茶な話になりそうやで。メリナからの方が良かったわ」
「欲深い考えを持つからですよ」
「なんや、メリナもそういう機微が分かるようになってんかいな」
図星でしたか。ガインさんも抜け目のない人ですね。
その日の夜、ショーメ先生の知らせを受け食堂で来客と会います。
軍人のカッヘルさんです。今はシャール近郊の王国軍を率いる立場になっている人ですね。出会った頃は、アデリーナ様に土下座とかしていたのに出世していますねぇ。
「用件は聞いている。あんま気が進まねーが、任せてくれ」
「用件って何ですか?」
アントンが依頼すると言っていたヤツですね。
「暗殺だ」
「は?」
カッヘルさんは知らないから仕方ないけど、そもそも、あの強い魔力を持つ3人に勝てる相手を探すのも難しいでしょうに。
返り討ちにされる未来がはっきりと見えます。
「あんたがヤバいってんだから本当にヤバいんだろ。死んでも良い奴らに頼む予定だから気を楽にして欲しい。成功しなくても、旅人なら治安の悪い地域だと思って去るだろう」
あっ、なるほどねぇ。勝てなくても良いんだ。
「それから、こっちの名前は出ないようにしている。その面も安心してくれ」
「分かりました。ちなみに誰に依頼したんですか?」
「ノノン村を襲った盗賊一味だ。あれから牢屋にぶち込んでおいたが、先ほど犯罪者を演じる俺の部下が脱獄させた。あんたが気にする奴らを襲うように仕向ける予定だ」
軍ってのはこういう仕事もするんですね。
いやぁ、とても汚い。薄汚いどころかドス汚い。王国の行く末が心配です。
◯メリナ新日記 10日目
暗殺ならショーメ先生に依頼したら良いのに。
そう思って本人に言ったら「何も悪さをしていない方を襲うのは良くありませんよ」と正論を吐かれた。




