ファーストコンタクト
自分で立ち上がった女の子は痛がる様子もなくて、少し安心します。
「怪我はないかな? そこの神殿で休憩してもいいよ」
女の子は10歳くらい。実年齢で行けばミーナちゃんやソニアちゃんくらいか。2人とも特殊な事情で少し成長が早まった人達ですが。
しっかりと私と目を合わせてから、彼女は頷き、濁りのない笑顔をする。
うん、本当に大丈夫そう。
とは言え、無理をしていないか表情などの観察を続けます。問答無用で回復魔法ってのも連れの方々に失礼だろうし。
ころころ笑う可愛い女の子です。今も周囲の仲間に照れ笑いを見せている。
ちょっと痩せているけど健康的な肌。服は普通の村人のもの。丁寧に切り揃えられた髪を飾っている赤いリボンは真新しくて、今日買ってもらったのかな。
しかし、おかしい。さっきの3人はシャールでは見たことのない強さを持つ人達だったから旅人だと思う。
貴族様の一行に村の子供が混ざっている。しかも、従者や小間遣いにしては幼すぎて不適。
行き先案内人の子供が街の見物に同行している? そうだとしても足が遅い子供を旅に連れていく必要がないと思う。迷子とかかなぁ。誘拐って雰囲気でもないしなぁ。
ふむぅ。ん?
私は別の観点で彼らを見ることに成功する。
旅人にして貴族。そこから導かされるのは余裕のある路銀です。つまり、ビッグビジネスチャンス。
「私、その神殿で巫女をしております。お茶くらいは出せますが如何でしょうか」
私は誘う。お茶を出すと言っても無料とは言っていない。有り金全部――いや、この子に悪いですね。有り金半分くらいにおまけしてあげましょう。
大男が代表して私に返答する。
「気持ちは有り難いが、すまない。宿が遠くてな、この子も疲れているだろうから、今日のところは断らさせてほしい」
残念。
でも、「今日のところは」だから、明日以降は来てくれるのかもしれない。
とても期待します。接客2課の売上を伸ばし、カーシャ課長を喜ばせるのです。
「あなたのお名前は?」
私はお客様のお名前を覚えておく為に尋ねる。この子の分は特別にお安くしてあげようかな。
「カレンです」
カレン?
2000年前に聖竜様やフォビとともに大魔王の討伐に向かい、死んだ英雄と同じ名前。
……マイアさんが生きていたんだから、カレンも生きていた?
でも、この子は平凡な村の子供にしか見えない。
「そう、カレンちゃん、何か困ったことがあれば来てね。神様にお願いしましょう」
異国の旅人に聖竜様と言っても分からないだろうから、神様という表現を使いました。
しかし、カレンかぁ。うん、まさかの事態もあるので魔力感知をフルに働かせて観察しましょう。
んー、特に気になる点はないですねぇ。
そんな珍しい名前でもないから偶然かな。伝説の少女に因んでご両親が名付けたんでしょう。
「明日、ティナと行くよ。お祈りするの」
女の子が嬉しいことを言ってくれた。
なお、ティナと言うのが貴族のお姫さんのことだったみたい。
敬称を付けなかったことに凄く違和感。言葉遣いも友人に対するみたいで馴れ馴れしい。
この女の子と貴族の関係性が全く読めません。あるとしたら、女の子も実は貴族で、何らかの事情で村出身と身分を偽っている可能性。
でも、それにしては、この子の立ち振る舞いは洗練されておらず、言っては失礼ですが、むしろ田舎っぽい感じ。
例えばソニアちゃんと初めて出会った時、彼女は逃亡の末に貧しい格好でしたが、小さな頃からの教育のお陰で言葉や食事の仕方、挨拶なんてのは大変に貴族的でした。生活の中で身に付いた習慣や行動様式を隠すのは難しいのです。
まぁ、でも、うふふ。明日は私の営業成績が良くなることが約束されましたね。
とても気の利く子です。思わず、私は頭を撫でる。
むっ!
触って気付く。触ったから気付けたと表現した方が良いか。
この子の両目の奥に、異質な魔力が小さな1点に異様な濃度で集約しながら揺らいでいる。
2年前、デュランから王都へ向かう馬車の中、ミーナちゃんの腕が脱皮の末にザリガニになった時を思い出す。
ある種の獣人は産まれた時は普通でも成長過程で体の一部が獣化するのです。あの時は異質な魔力が腕全体に存在していたけど、他の魔力と混じり合わないのは同じ。
この子も今は普通の人間の形をしているけど、実は獣人なんでしょう……。そして、たぶん頭部が獣に変化するんだと思う。
この可愛らしい子供は人間の体に動物の頭を持つことになり、つまり、魔物に近い外観になってしまうのです。そうなったら普通の生活は期待できない。
なんて残酷な事なんでしょう。止める術は……マイアさんなら可能か……。
しかし、どうやって貴族の人に説明したものか。いきなりそんなことを言われても当惑ですし、不信感さえ与えてしまう。
明日、神殿に来ると言うならその時が良いかな。
悩む。でも、黙っているのも良くない。
とりあえず、ティナって人に会釈して友好的な態度を取っておこう。
絶対に神殿に来てもらう為に。私の営業成績だけでなく、この子の人生の為にも。
ティナさんから軽い返礼のジェスチャーを受ける。
特に会話はないけども、うん、大丈夫。
明日は来てくれそうな雰囲気です。良かった。
「どうもすまんな。急いでいるところ、時間を取らせた」
貴族の中でも特に地位の高い貴族が行う様に、私へ告げるのは従者の役目みたいです。大男の意図は謝罪ではなく、私とカレンちゃんの会話を打ち切ることですね。
現にティナさんとカレンちゃんは先へと歩き始めました。
ってか、やっぱり並んで姉妹のように歩いている。身分を偽っているのは間違いないですね。
うーん、しかし、この従者さんは私を好ましく思っていないのかもしれない。そうだとすると彼が明日の神殿訪問に反対するかもしれなくて、それは皆にとって不幸な事態です。
だから、距離的にカレンちゃんの耳には届かないだろうと確認してから、私は大男の従者へ伝える。
「あの娘から不吉な予感が致します。何か御座いましたら、お迷いなく私どもを訪ねて頂ければと存じます」
神殿に来なかったとしても、カレンちゃんの獣化が進行した時に私を頼ってくれると良いのですが。
「うむ。よく分からんが、その際はそうするぞ」
この大男も悪い人物ではなさそう。少なくとも単なる筋肉バカではなく、他人の言葉を聞いてくれそうな感じがしました。
私は残っていた大男と奇妙な紺色の服の少女、この2人を見送る。そして、驚愕する。
もう1人、ティナさんの従者がいたのです。大男に話し掛けるのを目撃しなければ、全く分かりませんでした。
彼が目立たなかったのは、服装がカレンちゃんと同じく村人の服だっただけではありません。平凡な顔をした少年だっただけではありません。
その従者からは完全に魔力を感じないのです。
アデリーナ様が持っていた魔道具、身に纏った者の魔力を隠蔽する魔法のローブなんてのも世の中に存在しますが、ローブ自体が発する微弱な魔力は感知することができます。魔力は万物に宿るのですから。
でも、その少年は完全に魔力がゼロ。魔力感知的には透き通っています。
巫女長が言っていた透明人間が実際に存在していました。そして、それは私に危機感を与えます。なぜなら、このマーケット通りはシルフォルと遭遇した場所。彼も同じ存在、神ではないのかという疑念が私の脳裏に浮かぶ。
うむぅ、いつもならアデリーナ様に相談するところなのに……。大事な時にるんるんになりやがって。
独りで対処しないといけないか。
ガランガドーさん、居ますか?
『おうよ』
先程の怪しい男を見張りなさい。敵意があるかどうかを見極めたいのです。
『了解した。我に任せるが良い』
おぉ、相手にビビってごねると思いきや素直でした。
『アディに匹敵する魅力を醸し出しておったな、あのティナと言う弱き者は。ヤル気が満ちるのである、ガハハ』
トンでもない発言です。犯罪予備軍の匂いがする。到底、死を運ぶ者と強気の発言をしていたヤツの言葉とは思えない。
追うのは透明人間の方ですよ。
「魔力を感じぬ者は追えぬからな、ガハハ」
こいつ、早々に目的を見失っている気がします。
でも、ありがとうございます。私は外勤とやらの用事があるので、コリーさんにお金を頂いて来ます。




