未知の強者たち
営業事務所の会議室に私はカーシャ課長と2人きりです。先ほどは私を呼び戻すのにどうしたら分からなくて大声を張り上げたのだという、よく分からない弁明とともに謝られました。
今の課長はもう落ち着いています。
「メリナ様、お昼ご飯にしましょうか。賄いを取りに行って参ります」
「課長、ありがとうございます」
魔物駆除殲滅部ではランチは自前で用意だっただけに、大変に有り難く感じてしまう。しかも、課長が部下の分まで取りに行って下さるなんて感激です。
「お待たせしました」
課長が持ってきてくれたのは、丸パンと緑の葉っぱか浮かんだ温かいスープです。
早速に平らげます。
「ごちそうさまでした。少し薄味でしたね」
「お、お口に合わず大変に失礼しました……。うぅ、こんな粗末な物をメリナ様に食べさせた罪を償うため、私の命を捧げます……」
食事に使ったフォークを振り上げ、自分の腹を刺そうとするカーシャ課長を慌てて止めます。
「ひっ! ご、拷問が始まるんですか……。眼を抉ったり、耳を引き千切ったり……」
体をガタガタさせて、とても大袈裟です。
「そんな訳ないでしょ。薄味だけど美味しかったですよ。課長、ありがとうございます」
「あぁ、愚かな私に慰みの言葉なんて畏れ多いです。メリナ様、メリナ様、どうぞお許しください」
んー、カーシャ課長は朝礼の時みたいにキレキッレの方が相手しやすいなぁ。
今なんて、何もしていないのに私が弱い者イジメしているみたいになってしまいました。
「課長、私に対してへりくだるのは止めませんか?」
「メリナ様は神殿的にも国家的にも大変に偉い方ですし、私めなんかが口を聞いて良い方ではありませんので、何卒、何卒……。でも、メリナ様が仰ることですので、なんとか頑張ります」
雨に打たれて震える子犬のようにカーシャ課長は怯えています。昨日、耳にした通り、課長は何らかの死の危険を感じているのでしょう。先ほどのフォークを振り上げる奇行もそのせい。可哀想に。
「課長、ストレスが溜まっているんですね? 誰に殺されそうなのか、はっきりと言いましょう」
「い、いえ。そんな……ストレスだなんて……」
肩をガッと掴み、真剣に目を合わせます。今回は視線を逸らされることはありませんでした。
「正直に仰って下さい」
「ひゃ、ひゃい……。ストレスの原因は……メ、メ、メリナしゃまでしゅ……。あっ……言っちゃった……」
「私?」
問い返したら、カーシャ課長は小さく頷きました。
私は静かに手を下ろし、それからゆっくりと深く椅子に腰掛ける。
どういうことだ? 私がストレスの原因?
思えば、昨日今日と棒で叩かれました。憎まれている?
もしかして嫉妬? 優秀な私が来たことで、課長という重職を奪われると考えてしまったのでしょうか。
いや、カーシャ課長はそんな器の小さな人間ではありません。そして、私は課長程度で収まる淑女ではない。
もう少し話を聞きましょう。
「本当に私?」
「……はい……」
カーシャ課長は覚悟を終えた顔でした。追い詰められた野獣が賭けに出て正面から立ち向かおうと決めた時の雰囲気に似ている。嘘は言っていない。
「私のことをどう思ってます?」
「人を平気で焼いたり、全力で殴ったりできる殺人鬼……。近寄ってはいけない方……」
なるほど。そんなのが部下になるのはキツいですね。でも、それは誤解です。ひょっとしたら、私を新人寮から追放しようと画策していた巫女見習い達が悪辣な噂を流していたのかもしれない。
私が否定したところで、頑なにその話を信じるカーシャ課長の心は晴れないでしょう。ここは別の手段が必要です。
末長くこの部署でお世話になるために。
そんなことを考えていると、カーシャ課長の震え方が尋常でなく大きくなってきました。しかし、私が驚いている内に止まる。
「あー! もう破れかぶれッ! メリナッ!! 仕事しろッ!! メチャクチャ稼いで来いッ!!」
「ど、どうしたんですか?」
「死ぬ前に、せめて鼻を明かしてやるッ!! テメーを押し付けた部長の鼻をなッ!!」
「でも、今日は貴族の人が来なくてですね――」
そう。朝から接客2課が担当する貴族様が本殿に現れないのです。昨日は大漁だったのに。
「あんな強引な商売したらッタリメーだろッ! 悪評が立って来ねーンだよッ!!」
っ!? そうだったのですか……。部長がちょこっと朝礼で言っていた持続性?
「外勤に行ってこいッ!! そこの籠いっぱいにお金が集めるまで帰ってくんじゃネーぞッ!!」
「はい、分かりました!」
理由はどうであれ、課長が少し元気になったから私も嬉しいです。部屋の隅にあった大きな籠を抱えて私は外へと出ます。
神殿を出て街へ行く。
外勤って何だろうと思いつつ、私は人混みを籠を持って歩く。視界の下半分以上を籠が邪魔して動き辛いですが、魔力感知で人を避けていきます。
課長の命令は籠をお金でいっぱいにすることです。でも、まあ、それは言葉の綾で実際にはそこまで望んでいないでしょう。知り合い、うん、そうだ、コリーさんかアシュリンさんにお金を借りるか、頂こう。
シルフォルと出会ったマーケット通りを通り抜けて、高級住宅地に向かうつもりでした。
ん?
私は立ち止まる。
不意に強大な魔力を感じ取ったのです。
凄いです。本気になって覇気を身を纏ったアシュリンさんクラスの強さ、そんなのが3人もいる。しかも全く知らない魔力の質。
世の中は広い。こんな強者がまだ存在するんだ。
どんな人達なのか、私は知りたくて近寄る。
1人は服装から明らかに貴族の娘さん。とても整った顔とスタイルで、往年のアデリーナ様に匹敵する気品も感じました。でも、アデリーナ様と違い、仕草や表情が華やかです。
残り2人は従者かな。
筋肉質の豪快な笑顔の大男と目が合う。剣王よりも一回り大きい。ガルディスみたいな無駄な筋肉もない。恐らく剣士。明らかに強そう。
最後の1人は見慣れない紺一色の上下が分離した服に身を包んだ少女。こちらも整った顔立ちだけど、貴族の娘さんと違って無表情。胸のところに白い生地を貼り付け、見たことのない文様がそこに描かれている。異国の風習なのかもしれないが、私の勘は魔力増幅の仕組みと言っている。
「カレン、こんなにご飯食べたの初めて」
籠で見えないところで子供の喜ぶ声がした。3人の連れなんだと思う。
その子も私が見えていなかったみたいで、私の体に当たって転ぶ。
ケガをさせたかもしれない。私は慌てて籠を地面に置いて少女を確認する。




