ルッカさんの帰還
巫女長の仕事場になる小屋も営業部の事務所と同じように本殿近くにあります。本殿にはご本尊の聖竜様の像があるので、その近くで巫女長がお仕事するのは当然と言えば当然ですが。
さて、木造の小屋の2階に私は案内されます。ここに来るのはアデリーナ様の復活の儀をした以来の2回目です。
「あら、巫女さんも呼ばれたの? ロングタイムノーシーだったわね」
ルッカさんもそこに居ました。相変わらず、上胸が剥き出しの半廉恥な格好をしています。こいつ、巫女服も身に付けず、自分が竜の巫女の一員であることを忘れているのかな。
しかし、ひとまずそれは置いて、今は巫女長の件です。
「盗まれたお金って、どこにあったんですか?」
私は巫女長に訊く。
「ここよ、この出窓のところ。革袋に入れて置いていたの」
2階だから簡単には盗れないけど、お外から見える位置ですね。なんて不用心なんでしょう。
「金貨がいっぱい入っていたんですか?」
窓が破壊されていないか開け閉めしながら、尋ねます。
「そうなのよ。アデリーナさんの体が真っ二つになった日を覚えている? あの時に冒険者ギルドの人の周りに落ちていた金貨なの。メリナさん、覚えているかしら」
あぁ、シルフォルと異空間で戦った時か。錯乱したローリィさんにシルフォルが「報酬は渡さないとね」って出したヤツですね。
あの時、暴れるローリィさんとともに、巫女長がその報償金も収納魔法で回収したんです。
「今まで盗まれるなんて酷いことを私はされたことがないのよ。とてもショックね」
盗み癖のある人でも自分がされる方になるのは抵抗があるんですね。
でも、そもそも、あのお金は巫女長のものではないですよね。なんて私は心の底で呟く。
「あの透明人間の仕業かしら……。ねぇ、メリナさん、どう思うかしら?」
透明人間ってシルフォルのことか?
ローリィさんに連れられて行った市場で、魔力的にも視覚的にも誰もいないように見えて、しかしながら、そこにシルフォルが存在したのです。
「フローレンスさん、どうしてそう思ったの?」
「私の目の前で消えたのよ」
ん? 魔法でもないのか?
巫女長であれば、それくらい見抜くはずなのに、透明人間だなんて突拍子のないアイデアに行き着いたなんて。
「マジカルな現象ではなかったのよね?」
一応、ルッカさんが私の疑問を確認してくれました。
「もちろんよ。そうだったら、どんなに良かったことかしら」
巫女長は珍しく動揺を見せています。
ならば、私の選択は決まった。
ここは追い討ちです。
「じゃあ、透明人間だと思いますよ」
私は肯定してやる。犯人捜しなんて別にどうでも良くて、巫女長が納得すれば終わりです。
だから、シルフォルに罪を擦り付けました。ついでに巫女長の怒りの矛先もそちらに向いたらラッキーです。
「ルッカさんもそう思いますよね?」
「んー……? アイシー。そうね。巫女さんの言う通りじゃないかな。たまにはクレバーじゃない」
ルッカさんの心中は分からないけど、私に合わせてくれた。
「巫女長、私たちは透明人間を探しますので失礼します」
「えぇ、メリナさん、宜しく頼むわ。エイって一捻りしてあげるのよ」
「はい。ご安心を」
どうやら無事に私は解放されたみたいです。意気揚々と巫女長の小屋を出て、余り人が居なくて静かという理由で巫女さん業務領域のベンチにルッカさんと腰掛けます。
「透明人間って何よ、巫女さん?」
「知らないです。適当に答えました」
私は素っ気なく答える。
「もぉ。そんなことだと思ったわ。巫女さんらしい」
言い終えて愉快そうに笑うルッカさん。
何だか昔の本当に友好的だった時みたいな雰囲気を醸し出していますが、私は油断しません。
「でも、巫女さん、生きていたんだね。グレートよ。巫女さんが死んで大魔王が復活するなんて、マイアさんが言うから驚いたんだから」
「マイアさん、ルッカさんにもそんなことを言っていたんですか?」
「うん。大魔王討伐の協力まで求められて、私、アンレストだったんだから」
聞き慣れない外国語がうざいなぁ。
話題を変えよう。
「いつ戻って来たんですか?」
「シャールには昨日よ。今日は空を飛んでいたらフローレンスさんの魔法に狙い打ちにされて、デンジャラスだから降りてきたの」
「マイアさんとヤナンカは?」
「あっちはとっくに解決したわね。突然、知らない人に襲いかかるし、あの2人の本気の速度に追い付くのが大変だったりで、私、ベリータイヤード」
言い終え、「クタクタになったのよ」ってジェスチャーなんでしょうが、大袈裟に手を額に乗せるルッカさんは何だか陽気です。いつもより心が晴れやかな感じ。
「で、巫女さんもどうしたの? 頭の帽子、珍しいじゃない?」
「あっ、私、部署異動で営業部に移ったんです」
「えぇ!? 巫女さんみたいなファイターが営業? そもそも神殿に営業っておかしくない?」
「私のことをファイターなんて表現するヤツが一番おかしい」
「あはは、ソーリーよ」
ルッカさんに釣られて私まで笑ってしまう。何だろう。本当に懐かしい感じだ。王都の酒場で2人で飲んでいた時みたい。
「で、世界最強を探していた依頼人さんと出会えたの?」
「相手はシルフォル。フォビよりも偉い神っぽいです」
今のルッカさんなら大丈夫という予感がして、私は嘘を混ぜずに伝える。
「神様があの方以外にいらっしゃるなんてアンビリーバボー。騙されているんじゃないの?」
「真実かどうかは分からないですが、そのシルフォルにアデリーナ様が半殺しにされました」
「アデリーナさんが……? さっき、フローレンスさんが真っ二つとか言っていた件ね。それは相当にストロングな相手だったのね。でも、巫女さんの回復魔法で今はピンピンなんでしょ?」
私は頭を横に振る。
「いいえ。あれは死んだも同然です。今の彼女は、嬉しくなればるんるん言い、悲しくなれば死にたいと呟く気持ち悪いクズになってしまいました」
「いつも冷静なアデリーナさんがそんな発言をするのはイメージできないわね。オッケー、私が後で診てあげる」
「お願いします。無理ならフロンをふーみゃんに変えてアデリーナ様にお渡しください。それで落ち着くかもしれません」
私の依頼にルッカさんは親指と人差し指で丸を作って了解と示す。うん、今日のルッカさんは本当に爽やかだなぁ。
「巫女さん、私、終活中なんだ」
突然にルッカさんが告げる。彼女の視線は前を向いていて私を見ていませんでした。ただ、目をしっかりと開けていて、決意が現れているように思います。
「終活?」
聞き慣れない言葉に尋ね返しました。
「死に行くための準備中。十分に生きたし、今の状態は気になるけどアデリーナさんという立派な子孫もいるし、あの方も神の座を降りるし。私、もう役目を終えて良いよね?」
「うーん……。ルッカさんがそういうならそうなんだと思いますよ」
よく分からないし。
「あとは頼んだわよ、巫女さん。あの方は後継者に巫女さんを選ぶと思うから。そうすれば魔王候補の件も解決するしね」
「それって、私が神に?」
正気に戻ったアデリーナ様が激怒しそうな案件です。そして、私も別にどうでも――良くはないか。神を倒せるのは神様だけ、と誰かが言っていました。ならば、シルフォルを倒すなら私が神になる必要があるか。
「そう。最近の私はあの方の痕跡を消して回っていたの。巫女さんに真っ白な状態でプレゼントしてあげるわ」
……ん? それも分からん。
「はぁ。まぁ、ルッカさんの悩みが解決してるっぽいんで良しとします」
「あはは。巫女さんらしいリプライね。それじゃ、可愛い孫のアデリーナさんを見てくるわ」
ルッカさんは立ち上がり、そして、座ったままの私に何故か握手を求めてきました。拒否する理由はない。
魔族でかなりの実力者なのに、人間と変わらない女性らしい柔らかい手でした。
「うふふ。巫女さんの手は年相応ね。これで強烈なパンチを放てるのが信じられない」
「同じことを私もルッカさんに対して思いましたよ」
「あはは。似た者同士ね」
ルッカさんと私は笑い合う。
ちょっとだけほのぼのしましたが、そういった雰囲気を切り裂くのが得意な人がやって来ました。
「メリナーッ! テメー、探したぞッ! こんなところで油を売ってんのかッ!? 殺すぞ、テメーッ!!」
中々帰って来ない私を心配してくれたカーシャ課長が探してくれていたのでしょう。曲がった鉄の棒を大きく振り回しながら私を呼んでいました。
「エキセントリックな人ね。誰?」
「接客2課の課長さんで、私の上司です」
「営業の人なの? 大丈夫? それに、あんなに悪く言われても、巫女さんが我慢できているのがサプライズド」
「あはは、カーシャ課長は良い人だし、あんなじゃ私に傷を付けられないし」
「弱すぎてエネミーと認めていない訳ね。納得」
「じゃ、ルッカさん。私は行きますね」
「えぇ。グッバイよ」
顔を真っ赤にしているカーシャ課長の下へと私は急ぐのでした。




