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狂暴な女

 朝イチの営業部事務所。昨日に引き続いて、カーシャ課長と私だけです。カーシャ課長は朝早いんですね。その熱意に感動します。

 また、部下である私にさえ敬意を払う態度をアシュリンさんも見習うべきだと思いました。あいつは退職済みで手遅れですが。


「課長、何か悩み事があるみたいですね?」


 私の言葉に直立不動だった課長がビクンと体を震わせます。


「悩み? えっ、悩みなんてこれッポチもないのに、えー、メリナ様にはそう見えましたか?」


「ご無理をなさらず。戦略兵器が何とかって叫んでおられたのを耳にしましたので」


「ひっ! 聞こえてたの!? 何卒、何卒、お助けください! 田舎にはまだ両親が健在でして、親より早く死ぬなんて不孝をしたくないのです。何卒ご慈悲を……」


 可哀想に。どこまで追い詰められたら、そんなに必死になってしまうんだろう。課長の目には涙さえ確認されました。


「ご安心ください。私は課長の味方です」


 小刻みに震える細い肩に両手を置いて安心させます。私の思いが伝わるよう真っすぐに課長の目を見ましたが、逸らされました。


「誰に殺されそうなんですか? 遠慮せずに仰って下さい」


「ひぇ、いや、あの……」


 酷く動揺されております。もしや名前を告げることさえ許されていないのだろうか。悪辣な脅しですね。


「分かりました。言い難いのですね。であれば、その何者かに課長が狂暴な女であることとを示しましょう。世の中、力です。強大な暴力を見せれば、もう脅されることもなくなりますよ」


「え……いや……はい! メリナ様、了解です!」



 営業部の朝は朝礼から始まる。

 一番歳上で偉い部長が立つ台を前にして、各課員が整列します。

 課長達は課員と部長の間で課員の方を向いて立っています。これは気を緩めた課員が部長の有難い言葉を聞き捨てることのないよう、見張っているのでしょう。

 つまり、この営業部は軍隊のような縦社会だと私は感じました。


 昨日にも増して今日は緊張感が皆の間に漂っています。なぜなら、カーシャ課長が鉄の棒を持ち、血走った眼でもって私達を見ているからです。態度も苛立っているのが明らかで、片方の爪先がリズミカルに地面を叩いていました。



「昨日の営業成績ですが、断トツでメリナさん。ここ数ヵ月では最高の成績です」


 長い話が終わった途端、部長が突然に私の話題に切り替えます。


「おめでとう。では、メリナさん、一歩前に出て。それから、皆で祝ってあげましょう」


 あれ? えー、恥ずかしいなぁ。

 サプライズに驚きながら、私は前へと出ます。ちゃっとはにかんでしまいますね。


「おめでとー」


 売店課の課長がそう言ってくれました。


「えへへ」


 皆からも温かい拍手を頂きます。

 殺伐とした魔物駆除殲滅部と違って、なんだかぽかぽかした良い部署ですねぇ。カーシャ課長を除いて。



 しかし、その雰囲気を切り裂いたのはカーシャ課長。


「メリナッ! テメー、何様のつもりだッ!!」


 狂暴さをアピールするには絶好のタイミングでした。事情を知っている私でさえ虚を衝かれたのですから、他の方々はどれだけ驚愕したことでしょう。


「喜んでじゃねーぞッ!! そこは調子に乗ってごめんなさいって、謝んだよッ!!」


「えっ……?」

 

 手を口に持っていき信じられないと装う名演技をする私。カーシャ課長は重い鉄の棒の先で地面を突きます。


「口答えすんじゃねェよッ!!」


「はい。すみません!」


 素直に頭を下げる私。腰の角度は直角です。


「アァ!?」


 うむ。狂戦士感が凄い。カーシャ課長はとても多才な人です。


「課長! 申し訳ありませんでした! その振り上げた棒で私の根性を叩き直して下さい! 早く!」


「くたばりやがれェェエ!」


 促す私に応え後頭部へ下ろされた鉄の棒は、その殺意とは裏腹に、なんと勢いの足りないものなのでしょう。

 カーシャ課長はお優しい。私が傷付かないように配慮されたのでしょうか。

 私は少し頭を上げて当たりに行きました。その方が音が響くからです。


 ビィィインと鉄の棒の震える音が響き渡ります。


「グゥッ!!」


 呻き声を上げたのはカーシャ課長でした。打った衝撃で手が痺れたのでしょう。カランカランと音を立てて棒を落としてしまいました。


「え……殺人事件?」

「昨日からおかしいよね……」

「どうしよ……。もう帰りたい……」


 周りがザワザワしている中、私は誤算をしていたことに気付きます。

 カーシャ課長は優し過ぎる。追い討ちとかやってもらって良かったのに。


「や、やっちゃった……?」


 止まったままの私にカーシャ課長が呟きますが、全然平気です。

 私の固さに負けてひん曲がった棒を拾い、足を震わせて立っている課長に渡します。


「あ、え……大丈夫なの……?」


「課長、まだです」


 小さな声で返し、課長の心優しさが過ぎるのを咎めます。

 有能な課長はそれにより自分の愚かさに気付き、我を戻してくれました。


「メリナッ! テメー、これでも死なねーのかッ! おかしいんじゃネーのかッ!!」


「はい! 魔物駆除殲滅部よりも頭がおかしくて危ないカーシャ課長の指導の賜物です」


「何だと、テメーッ!! 上司を貶してんじゃネーつんのッ!!」


 課長はそう叫んで棒を投げる。それが私を逸れて部長の足下に鋭く突き刺さりました。

 辺りは静寂に包まれますが、部長の穏やかな声がそれを破る。


「お見事です、カーシャ課長」


 頭を上げていない私には分かりませんが、恐らく部長は涼しい顔。


「えっ、はい……。そう……ですか……?」


「根刮ぎ刈る営業は持続性に欠ける。そう伝えたかったのですね。私はメリナさんを褒め称えて大人しくして頂こうと思っていましたが、カーシャ課長は真っ正面から教育する方針。私を目掛けた鉄の棒とともに、しかりと思いが伝わってきました。カーシャ課長にしかメリナさんの指導はできませんね。これからも、よ、ろ、し、く。未来永劫、よ、ろ、し、く」


「あ……あ……あ……」


 カーシャ課長は立ち尽くしていて、私を事務所に呼んだことも忘れている様子でした。

 なので、私は営業活動のために本殿へ直行します。



 ところが、今日も頑張るぞと張り切っていたのに、私が担当する貴族階級の方々が見えません。いつも静かな本殿が更にも増して静かです。

 礼拝部による舞の奉納はまだ先のはずなので、下見の家来さん達が暇潰しに来ても良いと思うのだけど……。


 私は不思議に思いながら、展示品に積もった埃を払っていました。

 その私の背後から人影が伸びる。


「メリナさん、事件なの。来て頂けない?」


 巫女長でした。


「事件? でも、仕事中なので……」


「カーシャさんには許可を取ったわ。お願い。メリナさんしか頼る人はいないのよ。私の部屋からお金が盗まれたの」


 巫女長の部屋から? そんな勇気のある人はいませんよ――って、あっ!

 もしかして、巫女長、実は私を容疑者的な扱いで事情聴取とか考えてないですか!?


「わ、私じゃないですよ……?」


「分かってるわ。でも、早く来て頂きたいの。助けて頂きくてね。ね、お願いなのよ」


 巫女長に急かされ、私は仕方なく立ち上がりました。巫女長の必殺技、精神魔法≪告解≫を恐れつつ。

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