営業部での初日
私の新配属先は案内係。正式な部署名は営業部接客2課です。メンバーは課長さんと私を含めて4名。
2課があると言うことは1課もありまして、部内には他に売店課もあります。1課も売店課も私の2課より断然多い人数でした。
本殿裏の空き地で私達は部署ごとに分かれて整列しています。そうしますと、2課は私を先頭に一列で収まるのに、他2つは何列も並んでいるのですから。
今は朝礼の時間でして、前方では部長を中心に各課長がこちらを向いて立っています。私は部長が述べるありがたい言葉を一字一句覚えて、早く1人前の案内係になりたいと思います。
営業部は一般の方と直接やり取りを行う部署です。だから、巫女さんは皆、失礼のないように正装でして、黒い巫女服に身を包み白い布帽子を頭に乗せています。
この布帽子、すっぽり被るではなく、ちょこんと乗せるタイプなんですよね。つまり、サイズが小さいんです。
被魔物駆除殲滅部では戦闘の邪魔になるという理由で殆んど使わなかったので、私には馴染みのない物でした。
だから、ずり落ちてないか心配で、私は頻繁に頭へ手をやって調整します。
「そこォ! 話を聞いているかッ!」
前に立つ課長に怒られた。手に木の棒を持っていて、それでダンッと強く土を叩きます。
うちの課長は細くてきれいな人なんです。なのに、ドスの効いた良い声が出せるんですね。勢いだけならアシュリンさん並みです。
「はい。しっかりと聞いております」
猫をかぶって答える私。
「まずは謝罪だッ! 調子に乗るなッ!」
「はい。すみません。部長様、課長様、皆様、朝礼の邪魔をして大変に申し訳ございません」
何も悪くないのに、私は深々とお辞儀をして謝ります。腰の角度は90度で脳天を課長に見せております。そう習いましたから。
「本日の目標を述べてみろッ!」
「すみません、嘘を吐いてました。お話が長い上に面白くなくて全く聞いていませんでした。だから、分かりません」
お辞儀をしたまま私は丁寧に返答します。
「テメーッ! 舐めてんのかッ!?」
私の差し出した後頭部に向けて木の棒が振り落とされる。でも、これ外れますよね?
さりげなく前進して頭への直撃を狙う。
バシィンッ!
「うわっ……」
「ひゃっ!」
「今日の課長、おかしくない?」
「あのメリナさんよね……?」
激しく私の頭を打った棒は折れ、その破片が隣の人にまで飛んでいきました。周りの部員達がざわざわとします。
でも、私は頭を下げたままです。
「メリナッ! 後で事務所に来いッ!」
「はい、申し訳ありません。上司であるカーシャ課長の命令には絶対服従します!」
「そうだ! 他の奴らもよく聞いておけよッ! 上司の命令は絶対だ! だから、ノルマを果たすまでは休憩は無しだからなッ!」
「「は、はい!」」
「では、解散ッ!」
頭を下げ続ける私を置いて、各課員達はそれぞれの持ち場へと散っていきます。誰も居なくなったことを確認して、私はカーシャ課長の下へと足を運びました。
場所はとても近い。本殿に隣接した石造りの平屋でして、私がそこに来たことを認めると、カーシャ課長が険しい顔と横柄な態度で狭い会議室へと案内しました。
私が扉を閉め、先に入室していたカーシャ課長がゆっくりと振り向きます。
「すみません、メリナ様。痛くありませんでしたか? 本当に恐縮で御座います」
一転して、課長は泣きそうな顔になっていました。
「いや、大丈夫ですよ」
平身低頭のカーシャ課長に私は笑顔で答えます。
「事前の打ち合わせと異なり、力んで狙いを間違えました。痛かったですよね……? お怒りになられてますよね……? 私の命は今日までですよね……? 今は泳がして私を精神的に苦しめているんですよね……?」
「あはは、お気になさらず。頑丈な体で生まれてきましたから」
朝礼での出来事はお芝居です。
「申し訳ありません。大変に申し訳ありません。何卒お許しください。何でもします、何でもします」
課長は私に気を遣ってくれて、懐から出したハンカチで私の顔を優しく拭いたり、肩を揉んだりしてくれます。全く汗は出ていないし、肩凝りもしていないのですが。
接客2課は最近になって出来た部署らしいです。メンバーも色んな部署からの寄せ集め。そんなのだから、部署に纏まりがなく業績も今いち上がらない。カーシャ課長もそれをプレッシャーに感じていたそうなんです。
気合いを入れて朝イチで職場に着いていた私は2番目にやって来たカーシャ課長が青ざめた表情をしているのを心配し、そんな悩みを聞き出しました。
だから、提案したのです。
私に鉄拳制裁することで、ここのボスが誰なのか、そのボスの言うことを聞かなければどうなるのかを知らしめてやりましょう、と。
うふふ、あれだけ派手にしたのです。うまく行ったに違いない。課員の人達はカーシャ課長に恐れを抱いたことでしょう。
私、心機一転、この部署でうまくやって行きたいと願っていまして、そうであれば、上司のお気に入りになるのが必須です。課長の右腕になることを目指します。
「大丈夫ですよ。前の部署の理不尽さに比べたら、全然平気です」
「ハハァ。メリナ様の寛大なお心に感嘆するよりありません。お茶などどうでしょう? 熱いのを淹れさせて頂きます。まずはお座りください」
「それじゃ、お言葉に甘えまして」
カーシャ課長は飛ぶように退出し、そして、すぐに熱々の茶とお菓子を私の前へ差し出してくれました。
お母さんと同じくらいの歳なのに、大変に腰の低い人ですね。
「美味しい。課長は優しいです」
「いえいえ、トンでもないです。メリナ様は次期巫女長とも噂される方ですし、王国一の勇士でも御座いまして、優れた容姿に、類い稀な頭脳までお持ちでして、尊敬するのは当たり前で御座います。メリナ様とお仕事を一緒にできたら良いなぁって、以前より思っていました。本当ですよ、本当」
おぉ……。少しくすぐったいけど、私の事を完全に理解してくれている理想の上司だ……。
「私もカーシャ課長に出会えて喜ばしいです。今までの上司とか同僚とか、フランジェスカ先輩を除いたら酷いのしかいませんでした。特に巫女長とアデリーナ様がクソでした。死ねとか思います」
「まぁ、メリナ様は冗談もお上手で。あはは、はは……」
冗談は言っていませんが、指摘することではありませんね。
さて、この営業部の仕事についても既に聞いております。
本殿の参拝者を対象に案内とお土産物の購入を促す接客1課と2課、それから売店の運営を担う売店課。
2つ目の接客課ができたのは理由があって、2課は貴族を相手にするのを専門とすることを目的に設立されました。貴族様は気難しい人も多く、その対応に時間が取られることが多くて、優秀な人材を集めたのが2課なのでしょう。副神殿長の発案らしいです。
私自身は田舎の村の出ですが、色々成長して今はそこらの貴族よりも気品に満ち溢れていますものね。2課に選ばれた理由がよく分かります。
「そろそろ仕事に行こうかなぁ」
「さすがメリナ様。労働を厭わないお心を見習わせて頂きたいです。あー、でも、メリナ様ってお美しくて理知的なお話し方で御座いますから売店に立ったら、凄く売上が伸びるような確信を抱いてしまいました」
「なるほど。それはそうかもしれませんね。私、街の武器屋さんで店番をしたことがありまして、そこの店長さんに『また頼むぜ』って言われるくらい有能でしたもの」
「そうなんですか!? 天啓、来たっ! じゃあ、売店課に異動します? 私、すぐに推薦書を書きます! うん、すぐ書きます!」
「いや、まぁ、まだ2課で良いかな。本殿の聖竜様像のお近くに居たいし」
「……そうですか……。でも、メリナ様が良ければいつでも書きますからね!」
カーシャ課長は残念そうな顔でした。自分の課だけでなく部全体の利益を考えることのできる優秀な人なんですね。
すみません。私は我が儘を言ってしまったのかもしれません。
「では、メリナ、初陣を飾って参ります」
私は本殿に入ります。
基本、参拝者は疎らでして聖竜様に相応しい静謐な場所。誰も居ない時の聖竜様像の前なんて、天井が高いこともあって音が凍った様に静かで、世界に私と聖竜様だけになった感覚になります。ちょっと興奮できます。
私は雑巾を持ってターゲットが来るのを待ちます。
足音が聞こえる。その音は庶民の木靴ではなく革靴です。やって来ましたね、私の獲物。
床を磨くために四つん這いになっていた体勢から、私はゆっくりと立ち上がり、声を掛けます。
「こんにちは」
「おう」
武官かな? 粗忽そうですが悪い人ではなさそう。そんな第一印象でした。
聞けば、近く開催される予定の礼拝部による舞の奉納をご主人が観覧するとのことで、その下見にシャールに入り、今は休憩時間中の観光だそうです。
「どうですか、お土産?」
「あんまり金がないんだ。ってか、ゆっくり見物したいんだ。あっち行ってくれる?」
「有り金を全部出してくれたら良いですよ」
「強盗かよ……」
「まぁ、強盗って……。人聞きの悪い。寄進みたいなものですので、聖竜様もお喜びになられますよ」
「苦情出しておくな。巫女さんの名前は?」
クッ! 脅しですか!?
私はアデリーナ様の名を騙ろうとしましたが、髪色とか外見の特徴が違い過ぎる。黒髪の巫女さん……くぅ、居ないことは居ないけど、知人じゃない。名前も分からない。
「……メリナです」
正直に打ち明けます。謂われもない苦情のせいでカーシャ課長に迷惑を掛ける事を想像すると、少しばかりこの雑魚に殺意を持ちました。
「……メ、メリナ? あのメリナ様……?」
「どのメリナか分かりませんが、私の本名はメリナデルノノニル何とかです」
本名を最後まで言えないってどうなんだろう。
「ひっ! 買います! 有り金全部で買わせて頂きます! 命だけは助けて!」
おっ。凄い。太っ腹。
私は売店に彼を案内しました。本当に有り金全部で支払って、いっぱい買ってくれたので、固く握手をして別れます。彼、震えていました。
その後、何人かの相手をして、自分の名前を出せば、大体の人が私の願いを聞いてくれることを理解します。
それどころか、買った土産物へのサインを求められることもあって、私は驚きました。
私、もしかして竜神殿のアイドルになっていたのでしょうか。思えば、見習い時代にそんな夢物語に耽ったこともありましたね。うふふ、懐かしい。
今日の売上はとても多かったそうです。その大半が私が担当したお客様。私は神殿のトップセールスウーマンになってしまうかもしれない。自分の有能さが怖い。
◯メリナ新日記 9日目
仕事の終わり、営業部の事務所でカーシャ課長が叫んでいるのが聞こえました。
「あんな戦略兵器を押し付けられた気持ちを考えてみろよッ!」「いつ殺されるか分からねーからコエーつってんのッ!」「絶対、朝は死んだって思ったんだからなッ! 笑うなッ!」「ノリノリじゃねーよッ! ヤケクソだったんだよッ! アイツにそうしろって言われたからだよッ!」「ごちゃごちゃいいから、元の部署に戻せッ! お前が引き取れッ!」「クソッ! ババ引いたッ!」
私は課長のストレスがマックスなのを可哀想に思いました。




