アデリーナ10歳(自称)
緊急会議から数日経ち、私の指導もあってアデリーナ様は少しずつ立ち直っています。
しかし、どうもフランジェスカ先輩に依存しがちなのが目に余り、今日は私の定宿としているグレートレークシティホテルまで一人で来るように命じております。
ということで、アデリーナ様がやって来るまでの時間、私は優雅に遅い朝食を終え、ショーメ先生が淹れてくれたお茶をゆっくり味わっていました。
「うーん、ショーメ先生、アデリーナ様を見に行ってもらえませんか?」
ちょっと約束の時間よりも遅れている。もしかしたら今は頼りない状態ですので、迷子になっているかもしれません。
「ご安心ください。クリスラ様に尾行を頼んでおります。さすがにあの様なアデリーナ様にお独りで街中を歩いてもらうなんて危ないですから」
手筈が良い。先生に昨日に話をしていて良かった。
「ありがとう御座います。でも、先生が自分で行かなかったのですね」
「私は私で問題児の監視ですので」
……誰? えっ、どうして私を見て微笑んでいるの?
「もしかしてですけど、私?」
「ご自覚頂いていて助かります。生前のアデリーナ様より申し付けられておりました」
お前……生前ってブラックでビターなジョークですね。
「アデリーナ様は『マイアの未来視ではメリナさんが死ぬとなっているけれども、私がその運命を変えて見せる。その為に私が死んだか、それと同然の状態になったらメリナさんの世話を頼みます』と私に依頼されておりまして」
ふん、アデリーナ様め、覚悟、覚悟と煩かったのはこの為か。本人が妙な覚悟をしていたのですね。
フロンにまで私を守るように指示とか、そんなことをしているから、こんな目に逢うんですよ。
「でも、ショーメ先生。アデリーナ様は世話って言ったんですよね? 監視じゃないですよ」
「似た様なものですよ」
どこがですか。
「あら、メリナ様? また日記のネタに困っていたんですか?」
目敏く私が机の上に置いていた帳面にショーメ先生が気付きます。
「いいえ。これはアデリーナ様の学びの道具です」
「それをアデリーナ様に読ませて記憶を戻そうと?」
それもある。しかし、期待はしていない。
「私の日記を読んで、大人の振る舞いを学び、彼女の日頃の行いを正して欲しいと考えています」
「正すのはどちらなんでしょうね。念のために私も同席致します」
そう言って、ショーメ先生はメイド服のまま私の横に腰掛ける。
テーブルは4人掛けで正面に2つ空席があるのに、私の真横です。
有り得ない。こいつ、異常者か?
宿の入り口の鐘が乾いた音を鳴らす。受付係としてロビーにいたベセリン爺が丁重に出迎え、その返事の声からアデリーナ様が来訪したと分かりました。
「るんるんるん」
陽気な鼻唄とともにアデリーナ様が食堂に入ってきます。
「バカモンっ! 食堂に小動物を持ち込む者がいるかっ!」
肩に黄色い小鳥を乗せていたため、私は彼女を一喝しました。
「ひゃっ、お姉様! ごめんなさい! 食堂って知らなかったの。小鳥さん、ごめんね。また、遊びましょ」
慌ててアデリーナ様は食堂の戸を上げ、小鳥を放す。
「アデリーナ、座りなさい」
「はい。お姉様」
素直です。ここ数日で、よっぽど私は懐かれたみたいですね。正気に戻ってもこの態度は忘れないで欲しい。
「これを読んで感想を言いなさい」
「はい。えへへ、勉強は得意なんだよ、私」
チッ。またか。
「毎日言っていますが、アデリーナ、お前は見た目も実際も22歳です。その喋り方はキツイ、キモい、厳しいの3拍子が揃っていると肝に銘じなさい」
「もうやだなぁ、お姉様。私がお姉様より歳上な訳ないもん。アデリーナは可憐な10歳だよ」
顔いっぱいに笑顔を広げて、アデリーナ様は答えます。
そう。アデリーナ様の認識ではそうなのです。鏡を見せても自分が子供だと言い張るのです。自分で可憐とか言う10歳なんて存在するはずがないのに。
「間近で会話を聞くとヤバイですね、これ。メリナさんが記憶喪失になっていた頃を思い出します」
そんなはずないでしょと、ショーメ先生が私に囁きましたが無視しまして、私の日記をアデリーナ様に渡します。
じっくりと1ページずつ読むアデリーナ様。
その間、暇なのでショーメ先生に任せて、私はお外を散歩して時間を潰しました。
「お姉様、全部読めました。えへへ。褒めて」
またカチンと来ます。
「調子に乗るんじゃない。以前のお前なら『下らないものを読まされ、貴重な時間を浪費させられました。償いを要求します。そこで割腹しなさい』とか言ったものです」
「言われたいんですか、メリナさん?」
「んな訳ないでしょ」
「以前の私、凄く傲慢だね。それは本当に私だったのかな……?」
「覚えていないとは都合の――ハッ!?」
黒い白薔薇と皆から恐れられたアデリーナ様が、実は本来の人格ではなかった可能性か!? 例えば、情報局長ヤナンカの秘術により、性格がとてつもなく悪くて人望に欠けるキャラクターにされていて、それが黒い白薔薇だったとか!?
となると、あのアデリーナ節がもう二度と聞けなくなります……。
……それは嬉しさ半分で寂しさ半分……。
いえ、正直に言おう。寂しさの方が圧倒的に勝っています……。
「お姉様、この日記風の雑記帳に書いてあることはお姉様のことが多くて、アデリーナはとてもるんるんしちゃった」
「そ、そうですか……」
「うん。愚かしいお姉様の逞しい生命力に感動してるんるんです。アデリーナ、るんるん」
「……愚かしいだとっ!?」
もしかして戻ったのか!?
「えっ、ごめんなさい。どうして賢いお姉様を愚かだなんて言い間違えたんだろ……。うぅ、アデリーナ、おかしい……」
むぅ……。
「特に最近のお姉様の筆跡のところ、好きかな。お姉様がアデリーナの事ばかり見てくれていると分かるんだもん。アデリーナ、るんるんるん」
るんが増えるほど喜んでいるみたいです。どんな法則だ。
上目遣いで私を見てくるこいつが悪い訳ではない。こいつの頭が悪いだけです。クソ。この腹立ちを私はどうしたら良いんですか!
「……お姉様、怒ってる? アデリーナが心にもないことを言ったから……。うぅ、アデリーナのせいでお姉様が悲しんでるなんて……」
いや、でも、黒い白薔薇が作られたものであれば、今のヤナンカが告白しているはず。絶対そう。
もっと言えば、諸国連邦で敵対している時に暴露して、こちらにダメージを与えることもできたはず。
ふぅ、落ち着きなさい、メリナ。この焦りを消すのです。
「いえ、疲れが溜まっているものですから……」
「そうなんだ。でも、お姉様と一緒にいるの楽しいなぁ。るんるんるんるん」
クソォ。こいつもアデリーナ様の格好をしていなければ、可愛らしい子供と思えるのに。
「興味深いので、日記の該当部分を読ませて頂きますね」
私が苦悩している中、ショーメ先生は平気な顔で私の日記を広げて、堂々と音読し始めました。ビックリです。




